十の幕 壇上にて-4 大将戦のその横で
投影体の出現に警戒したが、土俵の四方での警戒は結局杞憂に終わった。
東側で確認された投影体は同盟からの指揮官に瞬く間に討ち果たされ、
境界に出現した投影体さえも、少々の苦戦こそあれ無事撃退されたらしい。
(混沌の揺らぎも私には感じられない程に弱まっている)
一方で、強い聖印によってかだんだんと境界の側の混沌濃度が低下している。
そんな事を考えていると、聖印の光での符号が打ち上げられた。
(土俵に警戒せよ、か。どちらかといえば、仮説の検証のためだろう)
(だがどうやら同盟の君主は境界で待機するようだ、そうなると……)
仮説がもし正しければ、土俵が実際に危険であることは間違いない。
私は握った棍を離さないままに、指示通り観戦席の一角に向かった。
土俵の東には人間らしい姿に化けた妖が、西には角を生やした人間が立つ。
「ひが〜し〜、らいでん〜、らいでん〜」
「に〜し〜、ちょはっか〜い〜、ちょはっか〜い〜」
闘技の決着は、既にこちら側の勝ち越しが決まっていた。
しかし、我らが指揮官の申し出で五戦目を行うことにしたらしい。
西に立つ彼は、自らをかつて魔境で呼ばれた怪物の名で呼ばせていた。
「今回の任務の本質を考えれば、ここで河童に華を持たせるために八百長するのもアリだと思うが、さて、我等が隊長殿はどうするかな?」
先に観覧席に陣取っていた同輩から声をかけられた。
彼女はすっかり観戦気分だ、とはいえ、荒事が起きるまでが彼女の戦場だ。
それを咎める無粋をする気もない。
「賭けでもする気か?」
「いや。少なくとも、わたしときみでは、その賭けは成立しないだろう?」
「同感だ」
一方でからかうような調子を作って声をかけても、賭けは成立しなかった。
どうやら、この戦いでどちらが勝つかについては語るまでもないようだ。
私達はともに、如何に辿り着くかを見つめていた。
・・・
この闘技は、双方の同意によって開始される。
しかも驚くことに、この一戦は始めから双方の意気が一致していた。
人間らしからぬ角を備えた我らが隊長は、勢いそのままに体を投げ出す。
応じる妖は、二つ腕を正面に押し出し猛牛の如きその勢いを押しとめる。
双方自身の衝撃に揺らいだかと思えば、双方機先を制すべく腕を差しあう。
意図する戦型が異なるためか、双方掴んだかと思えば緩め、再び締めあう。
そうしたやりとりの中、次第に妖が押し込む形となり、隊長は際に立つ。
けれど、それで決着とはならない。
境界を定める藁を乗り越えて押し出しきれず、一時踏み込んだ妖の頭が沈む。
押しきれなかったその機を見逃さず、隊長は相手を場外に放った。
「ちょはっか〜い〜」
決着を見届けた審判の声が聞こえるや否や、観客が健闘の拍手を送る。
人の形を解き、妖は隊長に満足げに声をかけていた。
「さぁ、猪八戒多虚よ、一思いにこの土俵を破壊してくれ」
「いや、それは俺の仕事じゃない。もっと適任な奴がいる」
彼は
「この魔境の浄化に最初から最後まで尽力してくれた奴がな」
無論、それは私ではない。
・・・
呼び出された従騎士によって、魔境の核は打ち砕かれた。
闘技の場である土塊を切ることに困惑していたが、彼は無事にやり遂げた。
二つの空間を束ねた一つの魔境が消失し、暗黒大陸の風が吹き抜ける。
「さぁ凱旋しよう、勝ったのだからな」
従騎士たちは皆疲れ切っていた、それでもわたしの言葉にわらってみせた。
単に格闘の疲れだけではないだろう、敵地にいた重圧も圧し掛かっていた。
それでも、彼らは、従騎士たちはやり遂げた。
(そう、この子たちがいればわたしは……)
知略も腕力も十全に発揮された戦いが終わった。
帰路で緊張の解けた私は曖昧に思索する、果たして己の立つべき場は何処と。
幸運にも疲れ切った誰もが言葉をこぼすことはなく、ひとりわたしは考えた。
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