十の幕 壇上にて-3 現われたのは妖に非ずして
「全ては、テラーのために……」
(テラー……?)
( 確か、そんな名前の秘密結社の魔境が以前に投影されていたような……)
言い切れたかも定かではない言葉を残し、投影体は私に討たれ混沌に還った。
現れた混沌核も魔境の自然律を押しのけられるとは思えないほどに小さい。
理由を探ろうと思索に落ち込もうとしていた私の視界に、強い光が差した。
(東側も同様に混沌核が現れたのか、だが)
(騎士級の君主がいるのだから、そちらは任せて大丈夫だろう)
(まだこの辺りの混沌の揺らぎも収まっていない。おそらく次の……)
魔境の変異律を乗り越え投影体が現れることができる状態にあるならば。
おそらく一体では済まない、そう考え混沌濃度の変化に意識を向ける。
すると、今度は土俵から南西の辺りで光が捻じ曲がる光景が飛び込んできた。
(まずい、今度は少し距離がある……、収束までに間に合うか……?)
急ぎそちらに駆け出すが、曲げられた光でできた暗闇は人型の輪郭を象り、
先ほどの投影体に似た装束の人型として収束した。
同様に土俵へ走り出そうとしたが、その脇腹に一本のナイフが突き刺さる。
「いかせないよー!」
投擲したのは、最初に信号をあげた
投影体は投擲した敵に気づき、彼女に向きなおり襲い掛かろうとした。
だが彼女に手が届くより早く私に背後を取られ、それはあっけなく消滅した。
「全ては、テラーの……」
「テラー? テラーって」
どうやら彼らの呟いた名には彼女にも覚えがあるらしい。
少し俯いて脳裏を探るそぶりを見せたが、
「たしか、だんちょーどのたちが前に浄化したっていう、あの」
得心がいったようで、彼女の顔がほころんだ。
とはいえ、原因を考えこんで私のように足取りを重くされても困る。
そう思い、周囲への警戒を解かずに彼女へ言葉をかけた。
「増援、感謝する。隠神刑部は?」
隠神刑部、協力者の一体である
実体を消して彼女に同行していたはずだが、その気配は消えていた。
そこで問いかけてみると、彼女は東側を指し示した。
「あっちのほーの様子を、見に行ってもらってる」
「なるほど。しかし、あの狸の手綱は取れているか? 」
比較的警戒した様子は薄い、ある程度の信頼関係を築いているようだ。
とはいえ、やはり私は懸念してしまう。
「必要なら、こちらは私に任せて、キミもそちらへ向かっても構わない」
「だいじょーぶ。むしろ、感覚はきょーゆーできてるから」
わざわざ言う必要もないことだろう、我ながらそう思う。
しかしその甲斐あってか、こちらが納得していないと察し彼女は続けた。
「離れてた方が、警備役としてはこーりつがいいんだよねー」
ならば仕方ない、そう返そうとするよりも早くに、聞きなれた声がした。
「おや、もう投影体は片付いたのかい?」
北を回っていた同輩もわざわざ反対側まで増援に来てくれたらしい。
こちらは協力者も同行している、彼女の護衛も兼ねているのだから当然だが。
「ああ、二体現れたが、どちらも小物だった」
「ほう、今度はどんな妖怪だったんだい?」
「それが、妖怪ではなく、おそらくはかつて投影された魔境の存在だ」
「ふーむ、既に浄化した魔境の投影体が再投影、か……」
「考えるのは任せた。慣れているだろう?」
かつての私ならともかく、持ち合わせている知識もまばらだ。
ならば頭脳労働は彼女に任せるに限る。
「とりあえず、出現のタイミングからして考えられる可能性としては、あの土俵上の『恐山』が触媒になっているというセンか……」
「それ、あーしも思った。なんか、秘密基地の魔境で『変身』したっていう人達の姿と似てるような気がする。実際に見た訳じゃないけど、なんか『ベルト』で変身したって言ってたし」
「本当に、それだけが原因なのかしら?」
私を除く二人の従騎士が意見を交わし始めると、協力者が口をはさんできた。
曰く、異界の存在が現われたのは私達に縁があるからではないかという。
しばし否定の材料をあげた二人だったが、はたと気づいたような声を上げた。
「あの魔境の混沌核って、たしか、だんちょーどのの刀で壊したって言ってたような……」
「……なるほど、あの刀が原因か。だとしたら、その刀を土俵から遠ざければ、取組を邪魔されずに済むかもしれない」
そうして二人が仮説をまとめようとしたところで、再び聖印の光が輝いた。
「あれは……、シオンくんの聖印か。とりあえず、私は今すぐそちらに向かおう。お白さんは、また北側の警備に戻ってくれたまえ。アルエットは変わらずこの辺り一帯の警戒を頼む。その上で、ハウメアちゃんは、ユーグくんに話を伝えて、彼にもあの聖印の辺りに向かうように促してくれないか?」
「分かったわ」
「承知した」
「りょーかいだよー」
同輩の指示を受け、他を受け持っていた者たちが散っていく。
私は任された通りに、ここに立ち続けることにした。
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