十の幕 壇上にて-2 先鋒戦のその裏で

魔境内の異界―妖界―へ私達は何事もなく到達した。

正確には、先に敵対した妖怪が再び現れてはいた。

だがそれらは他に何をするでもなく、ただ私達を招き寄せるばかりだった。


(向こうにとって、我の側の住まいに引き込めるならよい、ということか?)


疑念こそあれ、もとよりそれらの懸念を飲み込んだうえでの取り引きだ。

そう納得させながら妖界に入った私の目に、闘技に湧く数多の妖達が映る。

盛り土で作られた闘技場、土俵と呼ばれるそれを囲む内には"協力者"もいた。


(人質をかってでた以上、協力者であることを疑うべきではない)

(が、異界の住人というのに浄化に賛同するというのはやはり理解しがたい)

(それに、随分とくつろいだ様子だな……)


そんな私の邪推をよそに、参加者達を交え闘技の規則を改めて詰め始めた。

とはいえ、参加しない私はそれらへの興味は薄い。

そこで、私は同輩フォーテリアらと警邏の方針を確かめることにした。


只人では対処しがたい妖怪に伍するのは、"協力者"を入れても六人。

しかも、指揮をする同輩は明晰な頭脳の一方で体術の類がかなり心もとない。

それを補うため、協力者は彼女の護衛も兼ねて行動を共にする。


(信じるしかないか。少なくとも、一人きりにさせるよりはましだ)

(それに、内心が計れないという意味では私以外疑わしいのは同じか)


警戒するは土俵を囲う四方、そして退路たる二つの世界の境界。

この五か所を分担しつつ、同輩の提案したに気を配る。

もちろんこれでは、明らかに土俵を囲う妖怪の総数には全く及ばない。


(しかし、土俵に立っている者達の中には踏覇者マローダーがいる)

(一対多に優れる彼女たちが得物を握る時間さえ稼げればよいのだ)

(とにかく、やれる限りをやるしかないだろうさ)


土俵の西側、観覧する妖どもの後ろ手に回ると、闘技の様子は見えない。

それどころか、他の四か所を担う者達の髪すらも見えはしない。

けれど、自分の役割を果たすべく、提げていた棍をわたしは撫でた。


・・・・・・


闘技の開始に伴う儀式と同じころ、北側の空に聖印からの光が点滅した。


(思ったより早いが、悪巧みはどうやら機能したらしいな、さて……)

(こちらか!)


彼女が提案した悪巧みとは、聖印クレストの放つ光を用いた信号である。

薄暮の如き暗さのこの世界なら、規模の小さい聖印であっても見落とし難い。

そこで、回数と長さで脅威の場所を伝達することにしたのだ。


(しかし、南側からか)

(やはり、彼女ハウメアの方が霊感に優れることは間違いないようだな……)


霊感に頼らず異常を探るべく、異界の自然律の攪乱がないか辺りを見回す。

すると、異常が目に飛び込むよりも早く土俵の後方に違和感が生じた。

それは妖怪たちの高揚とは異なる空気の淀み―混沌収束の感覚―だった。


(結局霊感の方が早いか。まずは増援を、それから……距離を詰めねばな)


意識を上方に向け、聖印で混沌核の出現を伝える信号を送る。

一方で提げた棍を引き抜き、その足で収束した地点に向かう。

しかし、現れたのは明らかにこの魔境にそぐわない風体の人型だった。


(別の世界の投影体? だとすれば、全くの偶発的な収束の産物……?)


声をかけ確かめる暇もなく、現れた黒装束の投影体は走り出した。

土俵に向かうそれの目は闘技に関心があるようには全く見えない。

敵意を放っていることは明らかだった。


「行かせはしない!」


駆け足で追いつき、両腕で棍を握り勢いよく振りぬく。

すると、低いうめき声とともにそれはあまりにも容易に吹き飛ばされた。

まるで訓練を受けていないただの人間のように。


「全ては、テラーのために……」


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