十の幕 壇上にて-1 闘技に至る朝

幾度かの夜を経て、再びとなる遠征の朝が来た。

けれど目覚めた時、わたしは決して本調子ではなかった。


(夢にまで景色が浮かぶとはな……)


わたしは休息の日々の中、自分と荷駄らの言葉をまとめて地図を作っていた。

魔境の、さらその中にある異界、まして滞在した時間は長くもない。

しかも最前面で言葉を交わした従騎士とは言葉を交わす暇も得られなかった。


(投げ出してしまえばよかったか?だがまぁ、遅刻の言い訳にはなるか)


空の青さは闇の滲ませる濃紺を脱し、水平線の上には陽光がちらついている。

わたしより目覚めの遅い同輩も、既に部屋を出ていた。

もっとも、まだ置いていかれるほどではないだろう。


(魔境の中で一夜を過ごすからと、荷物をまとめていたのは悪くなかった)

(叶うなら、提げた棍を使わずに済むといいが)

(……いや、今はとにかく追いつかなくてはな)


肩幅ほどもない荷物を背負い、棍を提げてわたしは街を出る人々に加わった。



・・・


魔境の核は人ならざる者に守られ、尋常の方法では浄化は難しい。

そんな中で勝ち取った提案、問答無用よりは手間の少ない五番勝負。

それは異界の闘技で戦い、勝ち越したならば浄化を受け入れるというもの。


わたしは闘技には加わらず、謀略があれば打ち砕くべく見回る側に立った。

味方を信頼していたからか、言葉が通じても魔境の住人を信じないせいか。

あるいはわたしが勝つ未来が見えないか、自分でも理由は分かっていない。


・・・・・・


魔境に到着し、妖界に入る前に一夜を過ごした。

こちら側はまだ、拠点カルタキアと同じ青い空と燦燦たる陽の光がある場所だ。

しかし人間はいない、けれどそれゆえに、向こう側よりはまだ安心できる。

わたしたちは主のいない建物を使い、ほんの少し浅い眠りの夜を過ごした。

あるいは出立より調子の整った状態で、わたしは集合地点に赴いた。


「ごめんなさい、少し遅れましたが……」


集合地点としていた宿についてみれば、既に多くの従騎士がそこにいた。

特に、向こう側で闘技に出ると口にしていたものは全員が。

おそらくは、闘技規則の確認をしていたのだろう。


「前回見た限りの『妖界』の内側を図示してみました」


そう言って、私は持ってきた地図を広げる。

同じく闘技に参加しない同輩フォーテリアがまず近づき、思案を巡らせていた。


「……ふむ。思ったより広そうだね、これは」


地図は広げても両腕の丈に満たない大きさだが、描かれた特徴となる構造どひょうなるものは小さい。


「この会場全体が薄暗い環境下で、しかもどこに何が出現するか分からない」


そういいながら、彼女は地図から頭をあげてこちらを見る。


「となると、問題になるのは警備担当者同士での情報共有の方法か」

「ここまでの調査が長引いた分、こっちは早々に片付けられたらいいのだけど」


相槌とともに答えながら、私は彼女からの目線を切り地図から少し離れた。

鋼球走破団どうそしきの私達だけで話をするべきではない、と思ったからだ。

それ察してか、何人かの従騎士は地図の側に寄ってきた。


一方、指揮を執る気もない私としては、身内に話しかけて躱したい。

そこで、先に闘技に出ると言っていた同輩ファニルに声をかけた。


「土俵に上がることにしたのね」

「あぁ。出来ればこないだ倒し損なった龍神と決着を付けたかったが、また出て来るかどうかも分からないらしいからな」

「そうね。もし仮にまた出て来たとしても、それはこっちでどうにかするから、あなたはあなたの土俵で頑張って」


彼女は意気にはやるが、そこに慢心はないと私は安堵していた。

そして、闘技に出る見慣れた顔はもう二人。

我々を率いるタウロスあのおとこと、少し遅れて到着した剣士ヘルヘイム、私は剣士に声をかけた。


「あなたの活躍も、期待しているわ」

「はい! 」


彼女は暁の牙うえの都合で大陸側で依頼をこなしていたうちの一人だ。

大陸最大の傭兵団とはいえ、君主ロードの力を持つ者の数は少ない。

そこからカルタキアに引き抜かれたのだ、任務はさらに過酷になる。

けれど、遠征に出る前と変わらない快活さで彼女は答えてくれた。


「ヘルは先鋒として、皆さんに勢いをつけるような白星を上げてみせます!」

どうやら五番勝負の一番手を任されたらしく、随分と喜んでいる。

欠かさないでいたであろう研鑽を、隊長かれに見せられるからだろうか。


(さて、二人に声をかけておいて放っておくというのも……)

二人の同輩に声をかけた以上、あの男にも何か言うべきか。


「……こーいう事、出来る?」


思案していたところ、不意に地図の側から同輩フォーテリアの声が漏れた。

叶うかは彼女の悪巧み次第だが、少なくとも警邏の主導権を譲れる。

そう思いあの男に言葉をかけず、彼女の提案に耳を傾けることにした。


・・・


「出来そうね」

「……うん、流石。フォローする。いつでも合わせるよ」


提案を聞いた私を含む三人の従騎士が同様に呟くと、彼女は笑顔を浮かべた。

久々に、彼女らしい戦い方をする盤面が整えられたからだろうか。


(さて、鬼が出るか蛇が出るか。だが、もしすべてうまくいけば……)


五番勝負に上がるうち、従騎士は四人、同所属がそのうち二人。

勝ってしまえば、約定通りに人ならざる者らが振舞えば。

そもそも何も起こりはしないと、再びそんな考えが頭をもたげる。


(いや、彼らが全て片付ければいいなどと考えるのはな)


そう思う理由は、やはりわからないままだった。

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