九の幕 壇上にて-3 辿り着いた混沌核と、決闘の布告

「完成じゃ!」


混沌から現れた稲光を纏う存在―雷獣と交戦し、互いに痛打を与えられないままに。

幾度か雷獣とうちあっていたところで、背後から妖狸の声が上がった。

その声とともに、眼前の光景が濁り始める。

妖狸と協会の従騎士の手で進められた、異界との接続が成就したようだ。

二つの世界を繋いだためか、目に映る色彩は焦点の合わない景色のように霞む。

それと同時に、対峙していた雷獣や周囲に感じた気配も輪郭がぼやけはじめた。


(あれが扉か)


くすんだ景色の中ではっきりと、輪郭の明らかな景色をもつある一点。

おそらくは、それが異界へとつながる場所なのだろう。

放っておくことに居心地の悪さも感じたが、目的地を目指し雷獣を無視し先に進む。

雷獣もまるでこちらが見えていないかのようで、足止めすることはなかった。


・・・・・・


歩みを進めたその先は、くすんだ色合いに支配されていた。

建物や、めぐらされた堀はそれまでいた場所とさほど違いはない。

けれど、見上げても空には一切が見られず、その色合いも紫がかっている。

一方で、灯篭から漏れたような光があちこちからうっすらと私達を照らしていた。


「ここが、アヤカシの世界……?」


教会の従騎士が呟いたように、変化の少なさに多少困惑していた。

けれど、まるで磨き上げた金属鏡越しのような似ているがくぐもった世界。

それがアヤカシカイに対する私の印象だった。


「あれだよ! 僕が前に感じ取った『魔境の混沌核』は!」


警戒しつつ歩いていた私達にも届くほどの声が本隊から声が響いた。

おそらく、先にこの魔境を探索した時にここを訪れた従騎士だろう。

見やれば、ひときわ明るい光で照らされた盛り土と、いくつかの麦わら細工。

なんらかの意図をもって隔離しようというのだろうか、けれど理解はできなかった。


「怖気づいて逃げ出したかと思うたが、ようやく来おったか」


盛り土の脇に据えられた階段から、一匹のカッパが姿を現した。

こちらの側ではないとなると、報告書にあった敵対的な存在であろう。

協会の従騎士が歩み出て、カッパといくらかの言葉を交わす。

会話には魂の取引といった語彙が含まれていたが、私には要領を得なかった。

そうしていると此方の”協力者”が何やら歩み出て、保証人となると言い出した。

おそらくはなんらかの取引とその期限を延ばすことこちら側が申し出たのだろう。

それでもどうにか取引は成立したらしく、カッパが私達に向けて声を発した。


「分かった。ならば連れて来るが良い。この、おもしろきこともなき太平の世を揺るがすような、屈強なる五人の力士達をな!」


・・・・・・


カルタキアへの帰途、私は従騎士らとの会話を通しようやく事態を飲み込んだ。

どうやら我々は彼の盛り土の上で決闘の一種を行うことになったらしい。

かつ、その作法は彼らの世界で行われるものに従うこととなったようだ。


「ようやくこれで一段落、だね」

「そうだな。まだ解決したとは言い難いが……」


混沌核の捕捉に安堵した者もいれば、新たな問題に頭を悩ませるものもいた。

後者の素振りを見せる教会の従騎士に、私は近づいて声をかけた。


「でも調査任務としては上出来ね」


しかし、悩む彼は返答を返さない。

とはいえ、これは今悩んだところで解消できるものではないだろう。

決闘の作法を理解し、それに合わせた戦略を練るのは歩きながらでは困難だ。

そんな彼の気を和らげられないか考えていると、私はふと先日の会話を思い出した。


「これならいつか誘ってくれた店、行けそうじゃない」


従騎士が互いに意見を交わし、耳をそばだてる中で告げたこの言葉。

この場でそれを聞かされた彼がどんな顔をしたかは、名誉のため記録しないでおく。

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