九の幕 壇上にて-2 迸る稲光、戦場を照らす混沌核

遠征隊は、まずアヤカシの一群たるカッパの説得に赴いた。

確認された中では最も大きな集団であるとともに、少なくとも言語を解するためだ。

また同様の水怪が様々に投影されるらしく、それらの習俗についての知識もある。


一方、その多くが矮躯なれど格闘技の一種を修めている今回の群れは脅威だった。

向こうが数で勝ることも相まって、私達はいざという時に備える必要がある。

そこで、説得に加わらないことにした者達は数人ごとに空き家に潜んでいた。


(あまり、声を立てるものでもないな)


中には見知った者もいるが、皆ただ交渉に向かったもの達を見ていた。

同じことを考えているのだろう、気づかれないようにと皆沈黙していた。


(あるいはもっと、交渉の内容を聞いておけばよかったか?)


交渉戦略についての話し合いは聞き流していたが、懐柔と扇動が主らしい。

そのために彼らは調理場を使い、冷製の食品などをあつらえていた。


(従騎士の一部には異性装をしていたものもいたが、あれも戦略の一環か)


あちらに見えぬように、こちらからも向こうの様子ははっきりと見えない。

そのせいか、どうにも思考があらぬ方向へ向きがちになっていたそのとき。


(む、何か聞こえる……突入の合図では、ないな)


「よし! 分かった! 手を貸してやろう!」

「もともと、あの憑神共は気に入らなかったからな!」

「人間や狸の手助けをするのは不本意じゃが、これも相撲のためじゃ!」


次々と、人ならざるアヤカシたちが人の言葉で鳴いていた。

どうやら、一時の支援は勝ち得たらしい。


(交渉を進めた従騎士たちは首尾よく済ませたらしいな)

(一方で、人間の手助けは不本意と本音を曝け出していることは幸運に思うべきか)

(緩み過ぎることもなく、互いに利用しあえるだけで十分であるし、な)


安堵とともに思索にふけっているうちに、だんだんと足音が聞こえてきた。

目をやれば、説得に赴いた従騎士たちを先頭にアヤカシが合流しようとしていた。


(とはいえ、やはりこの数は相応に脅威であるか)

(念のため、従騎士は固まっていた方がよいだろうな)


潜んでいたものは皆同様に考えたのだろう。

アヤカシと従騎士の間に挟まるようにして合流して隊列を組む。

そうして一塊となった私達は、次なる目的地である「置いてけ堀」へ向かった。


・・・・・・


カッパと私達の間には何事もなく、目的地と思しき町の一角の堀端に辿り着いた。


「邪魔はあーしが抑えるからー、存分にやっちゃってねー!」

「ふん、どうなっても知らぬぞ」


先頭に立った協会の従騎士と、それに繋ぎ止められた異界の妖獣が言葉を交わす。

そして、妖獣の力によって先ほどまで何もなかった空間を別な場所に繋げ始めた。


(さて、アヤカシカイだったか。これから赴くのは)


妖獣はこの魔境と同じ世界の存在だが、遠征の初めから浄化に協力しているという。

そして、アヤカシカイはこの妖獣の本拠たる地であるという。


(あるいは堂々帰還のそのままに刃を向けるのかもしれないが……)


今、妖獣が従騎士に繋がれているのはアトラタンに行使できる力に欠けるからだ。

だがそれが自らを誇示したときの記録を思えば、決して油断してはならないだろう。

こうして、明らかに物理的につながらない世界を繋ぐ力を本来もつのだから。


(それならば、わざわざ従騎士に混沌核のありかを示すこともないか)


得物を握りなおそうとしたそのとき、ふと感覚を覚えた。


「ごめんね、もれた!」


その言葉に確信を抱き、私は彼女の前に歩み出る。


「微力でも、助けがあればいいのだったな」

「任せるよ!」


不明なるものくろきこんとんが、顕かなるものしろきこうぼうに変じた。

その獣は、蛇のごとき尾と猛獣の爪を備え、しかし獅子をも思わせる体躯であった。

纏う光と鼓動のように発する轟々たる音は、まるで生きた雷を思わせる。


「その子は雷獣よ! その爪に気をつけて!」


同様に、混沌の収束する感覚が視界の外にも感じ取れる。

放っておけば、あるいは複数姿を現すのかもしれない。

同輩ファニルの声も後ろで響いた、そちらに向かったのだろう。


「一つでも多く打ちのめす、なら……」


身を翻し、傷を負わぬままに数発当てて支援するための構えをやめた。

正中線に合わせてまっすぐと、目線の先に棍の端をもたげ両手で握りなおす。

この柔腕でも確実に、仕留めてみせるために。


後ろから、協会の従騎士よりも重い足音とともに誰かが来る。

携えていたのは聖印の剣、それは先に言葉を交わした教会の従騎士だった。

何をなすべきかを、彼とはすでに語らっていた。


「さて、やろうか」

「あぁ」


私は利き腕の側から横薙ぎに、それの右足を狙う。

彼は振りなれた腕からまっすぐに、その左足へ振り下ろす。

だが雷獣は一瞬身をかがめたかと思うと、真後ろに飛んでこの仕掛けを振り切った。


重心の落ちた私が見上げるようにしてそれを捉えなおしたとき、

すでにそれは跳躍し、私を引き裂かんと飛び込んできていた。


(お、重い……、見た目よりも重量があるのか……)


咄嗟に両端を握りこんでその爪を受けるも、受けきれずに体勢を崩す。

打ち込まれた鋲に爪が掠り、不快な金属の音ともにはぜた木材の焦げた香りが漂う。


(ちっ、棍ごと割られるか?)


その懸念より先に、私の体が宙に浮く。

振り切った前腕だけを跳ね上げる動作それだけで、突き飛ばされてしまったらしい。


(っく。だが、爪に感じた不快さを振り払うためだ。これに殺意はない)


二本の足で地を踏みしめなおすことは容易で、倒れ込むこともなかった。

その間に、雷獣は教会の従騎士へ狙いを改めていた。


(あれがこちらを気にかけていないなら、改めさせてやらねばな)


声をあげながら両手で振り上げて雷獣に迫る。

奇襲など企てるだけ無駄だろう、いることはとっくに悟られている。

ただ、私はあれにとり歯牙にかけられていないだけだ。

それでも、爪に通った不快さを生んだものが近づけば無視はできまい。

そう思って、遮二無二雷獣に迫れば、それはそのたびに距離を取る。


(ちぃっ。どうにも、噛み合わないな)


私が牽制を狙うには、それの力はあまりに強く、容易にさばかれてしまう。

さりとて協会の従騎士が牽制に回ろうにも、私の棍では不快なだけでしかなかった。

それでも、協会の従騎士にだけは近づかせることなく時間を稼ぐことができていた。

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