九の幕 壇上にて-1 水の都の百鬼夜行

あれから、聖印は結んだ形を保ち、聖印の形態は安定していた。

おそらくは、微弱ながらも聖罰者としての力が確立されたようだ。

一方で、私が増援に出ることなく、氷竜討伐の遠征は無事に終わったらしい。

従騎士たちの刃は、指揮官たちのそれとともに竜に届いたのだ。


(果たして私が参加していれば……いや、今更だな)


後悔というにはあまりにも淡い感情をよそに、私は次にすることを考えた。

結果、自身の力を確認するためにも私はやはり街外へ出るべきと結論付けた。

ただし、この目的のためには隊長とは異なる戦域を志願する必要がある。

これまで通りをただ繰り返すばかりでは、あまり効果的ではないからだ。


そこで、どこへ行くか考えながら過ごしていた時、協会の従騎士の一人と出会った。

彼女と雑談を交わす中、南東の魔境が話題に上がった。

曰く、これまで当該の魔境の調査に赴いた従騎士はあまり多くなかったという。

そのため他の魔境に比べ征伐が遅れていると、彼女は懸念していたのだ。


参加者が少なかった理由は、意思疎通のできる存在がいたからかもしれないという。

だが、それを以てこの魔境が脅威ではないと断ずることはできない。

確認された投影体が街への脅威でなくても、魔境の拡大そのものが危険だからだ。

我々の世界の常識が塗りつぶされれば、街は立ちいかない。


そこで同様に彼女の話を聞いていた同輩ファニルと共に、件の魔境に向かうことにした。

彼女の流儀―隊長と同じ踏覇者だ―は調査に不向きであるが、あえての志願らしい。

最低限の物資を用意するに留め、魔境の内部に私達足早に歩みを進めた。

魔境の中に遠征部隊と協力者の拠点があり、集合場所として指定されていたからだ。


(このように魔境の内部に拠点を設けても、核に辿り着く糸口に届いていないのか)

(あるいは、協力者を街に引き入れたくない、という事なのか)


協力者といっても、暗黒大陸の邪紋使いの類ではない。

今回の魔境と異なる自然律に属す投影体、そして魔境内の浄化を拒まない者達だ。

ただ、後者の中には遠征に来た従騎士に取り憑いたというものもいる。

それらを警戒してのことなのかもしれないと、私は内心で警戒していた。


・・・・・・


教会の従騎士が語ってくれた通り、魔境の内部は比較的穏やかだった。

その一番の理由は、街であるにもかかわらずその内部に人間がいないためだ。

雑然と並ぶ建物も主を失い、どこか隙間風が吹き込むような寂しさを備えていた。

そうして立ち並ぶ木造の建物の一角に、見慣れた格好の者たちが集まっていた。


「よぉ! 来たぜ、ハウメア!」

「時間がかかっていると聞かせてもらった」


「二人とも、来てくれてありがとー。がんばろーねー」


「できることがあれば、私を存分に使ってくれ」


協会の従騎士を見つけ、私達が声をかけると彼女は活発な声で応じた。

彼女の手を取り握手する同輩を見つつ、私は必要であれば指示に従うと告げる。


(何ができるかも判然としないままで差配する側に回る気にはなれないからな)

(もっともそれでは使いにくいとは思うが……何も言わなければ考慮もするまい)


予断はおくびにも出さず、私は彼女を含め集まった従騎士たちと方針を確認した。

一番の問題は魔境に存在する者共―アヤカシ―を如何に扱うかというものだ。


すでに共闘の意思を示した個体は、協会の従騎士が手綱を握ると意思を示した。

一方で、同様の手法を試みて他の個体を取り扱おうとする従騎士はいなかった。

他方、アヤカシの一部を説得するという形で共闘を狙う提案があった。


(繋がりを用いて共闘を望むものは多くなかろうと話していたが、説得か)


教会の従騎士の一人に目をやる、彼は説得を試みようとする従騎士と話していた。

彼には遠征前に魔境についての説明を乞うため話していたことがあった。

会話ぶりを見るに、どうやら彼は説得が不可能ではないと見立てているらしい。


(自身をして友好的な関係は築けなかったそうだが、他者に望むべくはある、か)


ならば自分になら?と私は自問する。

けれどやはり、それに関わる気にはなれなかった。


(やはり、見知らぬものを思うままにできるとは思わないな)


アヤカシの関心を引くべく差し入れるものなど細部を詰めるさまを眺めつつも、

私はただ、提げた棍棒を撫でて出立を待つのだった。


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