誓い 流儀覚醒 この心の欲すもの

出立する遠征隊を遠くから見送り、わたしは街の中にいた。

何をしようという気もない、建設の進む演芸場に行く気もない。

ぼんやりと、漫然と、ただ、空を見ていた。

流れていく雲にさえ、置いて行かれている心地がしていた。


・・・・・・


(結局、思いつかなかったな……)


翼持つ氷の竜、それが魔境の核である。

その事実を見つけ出して、しかしわたしの心は浮かばなかった。

手の届かぬ場所に在る、かつての翼なき竜以上の怪物。

あの時でさえ、さしたることはできなかった。

だから、何もできることはないという諦めがあった。


見届けたい、そう思う気持ちはある。

けれど、無為に死にたくはないと、つい願ってしまう。

しかしこうして、何もしないことを選んでさえも後悔が残る。


糸の切れた傀儡のように、ただ在るだけの無意味なもの。

自分が、そんなものになり果てているような心地。

行き場のない焦燥が自分を急き立てても、何処にも目的地いきばはない。


空を見上げたのも理由はない。

俯きがちな視線を改めてみれば、何か変わるわけでもない。

ただ、ただ、ただ、漫然と時間だけが流れる。


(……何か、食べなきゃね)


ふいに浮かんだ空腹感に、せめてもの意味を見出せないかと市場に歩みを向ける。

空腹を満たしても、満たされないことは分かっていても。


・・・・・・


此処にきた時よりも、街はにぎわっていた。

港のそば、卸した食物を扱うのみならず舶来の品を用いる店が増えてきた。

これも、従騎士たちの試みが功を奏した結果か。


(そういえば彼の教えてくれた店も、繁盛しているようね)


客が自力で肉を焼く店、興味半分でついて行ったあの店もそれなりに賑わっている。

一回で飽きられるものかと思ったものだが、様々な肉を食せるのは貴重なのだろう。

玄人の商人に限らない者の思い付きが、こうして成功につながっている、


(何を、考えているのかしらわたしは)


ぼんやりとまとまらない何かが頭の中に広がる気がしたが、けれど言葉にできない。

言葉にできないままでは、それを思考につなげることもできず。


(まぁ、食べている間に考えがつながるかもしれないし……)


適当な店を見つけて入り、外れそうにないどこにでもあるものを頼んで給仕を待つ。

そうして少しばかり遅い朝食を終えても、結局考えはまとまらなかった。


・・・・・・


市場から港に行き、ふと、船からの景色を見たくなった。

乗ってきた船は回航し、もうここにはいない。

だから代わりに、なぜか人のいなくなっていた船に忍び込む。


”考えるべきは何かを残してもいいと思える道なんじゃないか?”


ふと、とある夜に聞かされた言葉が浮かぶ。


(考えるべきもの……か)


わたしに、此処に残したいものはない。

いずれ来る別れに、確かな傷跡などつけたくもない。

だというのに思い出すのは何故だろう。


「わたしは、わたしの軌跡あゆみを忘れたくない」


ふと、口をついた言葉。

突拍子もなく浮かんだ思い付き。

しかしそれは、わたしの掌にこれまで感じたことのない熱を与えた。


薄れた光が、確かな形を持つ。


それは、忘れていた父の、母の掲げた形に似ていて。

そして、わたしはその形の意味を理解する。

揺らがなかった私の願いは、ずっと胸の内にあったのだ。


混沌を排し、歪みを戒めよ。

それは聖罰者の印、自然を歪める、邪な魔法をも破る術。


(聖印は、持ち主の心を映す……か)


傷を癒し、衰えた力を取り戻す印ではなく。

足跡を基に導を示す、未来を指し示す印でもなく。

これからも歩むであろう戦場に、命を繋ぐための印でもなく。


その意味に気づいていたわたしは、それでも何も語らずその場を後にした。

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