第4話「笑える世界」 ~愚直な男達~

「どうしてそれを先に言わなかったんだ!?それを言えば最初から素直に過去に連れて来たのに!」

アルドは少し怒った顔でそう言った。


「俺はコメディアンなんだ。人を笑わせることはあっても悲しませることはしたくなかったんだ」


「そんな理由で・・・」


「それに、ほら、最初にアルドも言ったじゃないか。過去を大きく変えることは出来ないって。そりゃまた3人で暮らしたいって思ってるよ。だけどそれは無理でも、せめて・・・せめてあの二人にだけは生きて欲しかった。でも、未来から来たって本当の事を言う訳にはいかないから、俺のことを忘れて別の場所で、生きてさえいてくれれば良い。そう思ったんだ」


「そんな周りくどい事をしなくても、これから集落を襲う魔物を退治すれば良いじゃないか!」


「でも、未来が変わってしまうから・・・」

いつになく弱気なライムに対して、アルドは怒鳴った。


「どうしたんだ!かぼすさんとレモンちゃんに生きていて欲しいんだろ!?だったらすぐに魔物を退治するぞ!」

そう言うと、アルドは走り出した。


「あ、あぁ、そうだな。っておい!アルド!出口はそっちじゃないぞ!」

珍しく冷静さを失っていたアルドに、今度はライムがツッコんだ。



アルド達は集落から少し離れたカレク湿原にたどりついた。


「きっと、ここらの魔物達を支配しているボスがいるはずだ!そいつを倒せば、きっと未来は変えられる」


アルドがそう言って二人でしばらく散策していると、岩陰の裏側で魔物が集まって話しをしている。


「皆の者!聞けぃ!今夜、あの集落を襲うぞ!今に見ていろ人間ども!我々が受けた数々の恨みを、今こそ返す時だ!女子供でも容赦するなっ!!」

奥の方で高い岩の上に立ち、数十匹の魔物に向けてそう話をしていたのは、ワニのような鱗とのこぎりのような刀を持ち、一際体格の大きな魔物だった。


「お前達か・・・俺の愛する家族を殺そうとするのは・・・うりゃああ!」


ライムは叫びながら魔物に斬りかかり、手下であろう魔物の急所を確実に捉え、一撃で倒した。


それに気がついた魔物のボスは叫んだ。

「なんだ!?ぐ、人間だっ!かまわん!殺せぇっ!!」


「こっちにもいるぜっ!」

アルドはライムとは反対側へ回り込んでいて、別の岩陰から魔物の手下に斬りかかる。

アルドもまた、魔物の急所を正確に捉え、一撃で倒した。


「ぐっ、こっちにもいたか!奇襲に挟み撃ちとは!人間はいつも卑怯だな!!」


「へっ!お前にだけは言われたくないぜっ!オラオラオラオラぁぁっ!!」


ライムは一騎当千と言われんばかりの勢いで魔物達を倒していく。


アルドも負けじと魔物達を倒し、とうとう、魔物のボス一匹だけになった。


「ぐっ・・・まただ・・・また仲間を殺された・・・許さん・・・許さんぞ!人間ども!!絶対に地獄に落としてやるっ!!喰らえっ!」


大型の魔物は岩の上から大きなのこぎりのような刀を振りかざし、ライムに飛びかかる。しかし、


「いくぜアルド!俺に合わせてくれっ!」

「OK!」

二人は阿吽の呼吸で、見事に必殺技の“エックス切り”を決めた。


「・・・よ、すぐに、会いに、いく・・・」

魔物は倒れながら、小声でそう言った。


「よし!これで全部だな!」

アルドの顔は清々しかった。しかし、ライムは違った。


「・・・今の魔物、人間をかなり恨んでいたな。それに、俺たちがさっき倒した魔物の中に、女や子供もいたぜ・・・」

ライムは目をつむってそう言った。


「・・・でも、それでも・・・これで、かぼすさんとレモンちゃんは生きているんだ!しっかりしろよ!」

アルドはまた怒鳴った。

数々の葛藤を生きてきたアルドは、強かった。


「これで・・・かぼすとレモンは生きているのか・・・そうか、そうだよな・・・アルド、ありがとう。現代へ帰ろうぜ」


「あぁ、でも、もう一度二人に会わなくても良いのか?」


「あぁ、これで良いんだ。きっと二人は俺を忘れて楽しく生きてる。それだけで良いんだ・・・」


それからも二人は黙ったまま合成鬼龍に乗り、現代に向かった。


「(さよなら、かぼす、レモン。ずっと勝手なことばっかりしててゴメンな。さよならだ。もう会うことはないかもしれないが、きっと楽しく過ごすんだぜ。愛しているぜ)」

ライムは目に涙を浮かべて、心の中でかぼすとレモンに別れを告げた。



「現代に着いたぞ。長い旅だったな」

合成鬼龍は低い声で言った。


「あぁ、合成鬼龍、何度も俺のわがままに付き合ってくれて、本当にありがとうな」


「容易いご用だ」


「じゃあ、集落で下ろしてくれ」


「了解した。すぐに着く」


そして、集落の風景を見た全員が驚いた。


なんと、灰と瓦礫の山になっていたのだ。


「えっ!?なんだあれは!?」

アルドは全員の中でも一番驚いた。

ライムと出会ってから何度も驚かされたが、今回が一番驚いた。


「・・・なぁ合成鬼龍、さっきの集落があったのは違う場所なんじゃないか?」

ショックな現実を受け入れられないアルドは念のため聞いたが、答えは分かりきった通りだった。


「そんなことは無い。確かにここだ。だが、あれは一体・・・」


しばらく沈黙が続いた後、静寂を切り裂くようにライムが話した。


「・・・そっか。やっぱり、未来は変えられないんだな」

ライムはそれほど驚きもせずに言った。


「諦めるなよ!かぼすさん達はリンデとかに逃げているかもしれないし!とりあえずミグランス城で調べてみよう!何か分かるはずだ!合成鬼龍!すまないけどすぐに頼むよ!」


「了解した!」

アルドと合成鬼龍はそう叫んだ。



すぐにミグランス城まで移動したアルド達は、門番に集落のことについて尋ねた。


「あの集落ですか・・・実は、少し前に、魔物の集団に襲われて皆殺しにされたようです。魔物達はその後、我々ミグランス兵が退治しましたが」


「そんなバカな!魔物は俺達が退治したんだ!」

アルドはまたもや珍しく大きな声をあげた。


「そ、そうですか、もしかしたら・・・別の兵士から聞いたことだし、かつ、魔物が言っていたらしいので信憑性は高くありませんが、ある魔物が“家族と仲間を殺された恨みだ!”と叫びながら集落の人々を襲っていたようです・・・」

門番は言いにくそうにそう言った。


「そ・・・そんな・・・じゃあ俺たちがやったことが・・・」

アルドは肩を深く落とした。


「・・・アルド、気にするな、別にお前が悪い訳じゃないんだ。きっと、これは運命で決められていたんだ・・・」

ライムはそう言って、大きく深呼吸して話を続けた。


「アルド、これが最後のお願いだ。あの集落へもう一度行って、二人の墓に手を合わせてくれないか?きっと二人も喜ぶよ」

震えそうな声に気付かれまいと、ライムは小さく言った。


「・・・あぁ」

アルドも小さく返事をして、二人は今度は合成鬼龍には頼らずに、無言で集落までとぼとぼ歩いて、荒れ果てた集落へ向かった。


「この辺りだな」

ライムは迷わずに“かぼす達が住んでいた”家の跡地を見つけた。


そして適当な石を見つけて、剣で“愛するかぼす”、“愛するレモン”と二人の名前を彫ってやり、手を合わす。


「(かぼす、レモン、本当に、ゴメンな。俺は、ただただダメなやつだったな)」

涙をこらえてライムは目をつむる。


アルドも静かに手を合わす。すると墓の近くの瓦礫に、何かを見つけた。


「ん?なんだ、これ、瓦礫の下に・・・手紙か?」

くしゃくしゃになっていた手紙にはこう書かれていた。


「愛するあなたへ

あの日、あなたは急に帰って来たと思ったら、不思議なことを言っていたね。いつも急なんだもの。あの日あなたが言った事を、レモンと一緒に思い出して、何度も何度も反芻して、理解するまですごーく時間がかかったわ。きっと、あの時のあなたは本当の未来のあなたなのよね。でも、レモンが言う通り、あなたは未来でも有名なコメディアンではないはずよ。だって、あの日のあなたは全然面白くなかったもの。でも、私たちは分かっているつもりよ。あなたはずっと“人を笑わせることはあっても、悲しませることはしない”って言ってたものね。私もそんな夢を追いかけ続けるあなたが大好きだったわ。あなたに会えて、レモンが生まれて、その後あなたがいなくなってからも、ずっと幸せでしたよ。そしてこれからも、ずっと愛しています。かぼすより」


「うぅ・・・ゴメンな・・・かぼす、レモン・・・本当に、ゴメンな・・・」

ライムは手紙を読んで、ずっと我慢していた涙が溢れ出し、泣きながら震えている。


アルドは何も言わず、ライムの隣でただ黙って目をつむっていた。



そのまま辺りは暗くなった。


アルドはずっとライムの側にいた。


「・・・ふぅ、みっともない姿を見せちまったな、アルド。短い旅だったが、本当に世話になった。感謝している。ありがとう」


「あぁ、でも、こんな結果になって申し訳ないよ・・・」


「いやいや、前にも言ったが、アルドは何も悪くないよ。悪いのは魔物だ。でも、また恨みを持って魔物を殺せば、仕返しに大切な人が殺されるかもしれない。それをすれば親父やさっきまでの俺と一緒だ。俺はそんな“殺し殺され”の負の連鎖を断ち切るためにも、やっぱり“笑える世界”を目指してコメディアンを続けるぜ」

泣き顔でくしゃくしゃになったかと思えば、今度はキリっとした顔立ちになった。


きっと、ライムの心の中で、何か大きなことが“確信”に変わったのだろう。


この短い旅を通じて、ずっとライムのことを近くで見ていたアルドには、それが分かった。


「そっか。俺も応援するよ。あっ、そういえば、最初、現代でレモンに会ったんだ・・・お父さんのこと助けて下さいって。あれは一体・・・」


「え?あぁ、そう言えばそんな事を言ってたな。もしかしたらレモンのやつ、幽霊になって俺を助けようとして来てくれたのかもな・・・」

ライムはそう言って微笑んだ。


「あぁ、そうかもしれないな」

アルドは確かにそうかもしれないと、うなずいた。


「って、ジョーダンだよ!幽霊なんている訳ねーじゃねーかよ!さーて、そろそろ俺は行くぜ。だけどよ、アルド、約束するぜ!次に会う時は絶対に面白いコメディアンになってるぜ!」

またライムはお気に入りの親指で自分を指さすポーズをする。


「ははっ(笑)あまり期待は出来ないけど、ずっと待ってるよ。きっと、ライムの言う”笑える世界”に近づいていることを願うよ」


「任せときなっアルド!もし、困ったことや笑いたくなればいつでも言えよ!全力で助けてやるぜ!いつだって、俺とお前は仲間だ!じゃあな!」

そう言ってライムは颯爽と走り出した。


「っておい!どこに行くんだ!・・・って、もう好きな所へ行って良いのか。はははっ(笑)」

アルドはつい、ツッコみをしてしまう自分に笑ってしまった。


「・・・“笑える世界”か。真っ直ぐなライムらしい言葉だよな。本当に。俺もそんな世界になって欲しいと思うよ。さて、俺は俺の旅を続けようか」


二人は別々の道を歩き出し、それぞれの夢に向かって進み出した。



~終わり~

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