第3話「ヤング・ライム」 ~過去の自分と辛い現実~

二人はプラム兵士長の計らいで、ユニガンの宿屋で休むこととなり、朝一番にまたミグランス城へ来るように言われた。


「ふぁ~あ。おはよう、ライム、もう起きてたのか。やっぱり、あまり眠れなかったのか?」

アルドは大きなあくびをして言った。


「あぁ、おはようさん、アルド。そうだな・・・死んだはずの親父にまた会えたんだからな。夢で母さんも出てきて、なんか幸せそうだったよ。母さんが生きてる姿は全然覚えて無いのにさ、不思議なもんだぜ・・・さーて、遅れたらまた親父に怒られるだろうから、着替えて行こうぜ」


「あぁ、行こうか」


二人はミグランス城の中庭に足早で向かった。


すると、男の子が一人で稽古をしていた。


ライムにはすぐに分かった、過去の自分だ。


するとすぐに子供のライムがこちらに気付き、こちらへ駆け寄ってきて言った。


「おはようございます。プラム兵士長から伺っております。今日から訓練をお願いします」

まさか未来の自分とまでは気がつかないようだった。


「おはよう、あぁ、よろしく頼むよ。それで、プラム兵士長は?」


「プラム兵士長は、急な魔物の討伐依頼があったらしく、明方、複数の兵士を連れて出かけられました」


「そうなのか。じゃあ早速、俺たちも訓練を開始するか」


「よろしくお願いします。そういえば自己紹介がまだでしたね。僕の名前はライムといいます。えーと、なんて呼べば良いですか?」


「あ・・・(やべっ!何も考えて無かった!)えーと、うーん・・・」

ライムは明らかに困った表情を浮かべ、腕を組んで唸った。


「(うわっ!またライムは何も考えてないのか!とりあえず時間を稼ぐしかないな)」


それに気が付いたアルドは慌ててフォローを入れる。

「初めまして、俺の名前はアルド、俺も一緒に手伝いをすることになったんだ。ヨロシクな。早速だが、君の腕前を見せて欲しい。手合わせ願えるかな?」


「はい、いつでも大丈夫ですので、よろしくお願いします」


「(今のうちに名前を考えといてくれよ)」

アルドは大人ライムに目で合図した。


そしてアルドと子供ライムは、剣を構える。


まず小手調べだと言わんばかりに、アルドが剣を軽く振る。

それを子供ライムはギリギリのとこで見事にかわし、アルドの懐まで一気に詰め寄る。

そして剣を振り回す。その勢いは容赦ない。

プラム兵士長が“甘え”を一切教えてないからだろう、とアルドは思った。


だが、闘いに慣れているアルドが一枚上手だった。


子供ライムの剣が何度も空を切り、当たると思えばギリギリのところでアルドが剣で止めた。


そして、子供ライムの疲れが見えてきて、剣の勢いが弱くなった頃、アルドは剣で子供ライムの剣を思い切り叩き落とした。


子供ライムの剣術はかなりキレがあり、無駄も無かったが、体がまだ小さいため力が未熟だった。


プラム兵士長が、まだ子供ライムを戦場へ連れて行かない理由が納得できた。


「(やっぱり、子供のことをしっかり見て、ちゃんと考えていたんだな)」

アルドはプラム兵士長の優しさを感じた。


「はぁはぁ・・・ま、参りました」

子供ライムは悔しそうにそう言った。


「でも驚いたよ!君は強いんだな!(この頃のライムも本当に強かったんだな。話もきちんとしているし、冗談も言わないし)」

アルドは、いつから彼が“あーなってしまう”のか、少し興味が出てきた。


「よーし、次は俺の番だ!自己紹介がまだだったな!俺の名前は“パパイヤ”だ!」

そう言って、いつもの親指で自分を指すポーズをした。


「(うわっ!なんてセンスの無いネーミングなんだ!)」

アルドは子どものライムの強さに驚き、大人のライムの発言に二度驚いた。


「ではパパイヤさん、早速お願いしますっ!」


今度は子供ライムが先行して飛びかかる。

先ほどの闘いで体力を消耗しているから、早期決着を望んだのかもしれない。

もしそうだとすれば、かなり闘いのセンスがある。あるいはこれも父親から叩き込まれているのかもしれない。


ライムはまだ剣をかまえておらず、お気に入りのポーズ中だったので驚いた。


「うわっ!まてよ!」

そう言いながら襲いかかってくる子供ライムの剣を、なんと両手でとらえた。

そして右足を突き出して前蹴りを入れる。


「うわっ!」

そう言って子供ライムは剣を持ったまま蹴り飛ばされた。


「く、くっそう、また、負けるもんか・・・」

子供ライムはその場にしゃがみ込んだと思えば、歯を食いしばり、再び大人ライムに飛びかかる。


そして、先ほどしゃがみ込んだ時に掴んでいた地面の砂を、大人ライムの目に投げつけた。


「さすがだな、勝つためには“砂を投げるのは卑怯”など言っていられないもんな」

アルドは子供ライムの闘い方に、改めて感心する。


「だけど、これは昨日のライムがプラム兵士長と闘った時に使った戦法だし、自分の闘い方だから、先が読めるだろうな」


アルドが思った通りのはずだった、しかし、


「ぐっ!」

なんと大人ライムが目をつむって怯んでいる。


すかさず子供ライムが剣を突き出し、最後の力を振り絞り、真っ直ぐ突撃する。


「うぅ・・・」

剣先が大人ライムに少しだけ突き刺ささったが、またが両手で剣を止めていたのだ。

手は血まみれになっていた。


そして、血まみれとなった両手で剣を抜き取り、子供ライムを掴んで乱暴にぶん投げた。


アルドには、まるで“昨日のプラム兵士長との闘い”がデジャヴのように思い出せた。


「大丈夫か!?ライム!あと・・・えっと、パパイヤ!」

アルドはパパイヤという偽名を慌てて思い出した。

変な名前だったから逆に良かった。


「参りました。あと少しだったのに・・・」

子供ライムはまた悔しそうな顔をした。


「そうだな。正直、俺の方が参ったよ。本当にお前は強いな。イテテ。そういえばお前の好きな言葉はなんだ?」


大人ライムは自分のダボダボのズボンの裾をちぎって、複数の傷口を巻きながら聞いた。


彼の服装がボロボロなのは、こういう理由があり、だから彼はその服が気に入っているのかもしれないなと、アルドは思った。


「ありがとうございます。好きな言葉ですか?えっと・・・“勝てば官軍“です」

子供ライムは少し戸惑いながら答えた。


「なるほど、“勝った方が正義”って意味だよな。でもそれは“お前の親父”の好きな言葉だろ、聞いているのは“お前の”好きな言葉だ」


「え?僕の好きな言葉?えーと・・・」

子供ライムは初めて聞かれたこの質問にさらに戸惑った。


「じゃあ、こんなのはどうだ?いつも友達を笑わしているだろ。だから“笑う門には福来たる”だ。笑ってりゃ良いことあるって意味。まぁ、これから違う言葉を好きになれば良いさ、だってお前の人生だからな」


「“笑う門には福来たる”ですか、良いですね。覚えておきます」


「あぁ。そういえば、何か迷いがあるようだが、本当に強くなりたいのか?」


「えっ?あっ・・・うん、じゃなくて、はい、強くなりたいです」

質問攻めに、子供ライムはたどたどしく答える。


「そうか、じゃあこれから毎日、友達と遊んで来い。それで、友達を思いっきり笑わせてこい」


「えっ?良いの?」

子供ライムはまた驚いた。

驚いたのは今日だけで何度目だろう。


「やっと子どもらしくなったな。それで良いんだ。その代わり、友達を1日1回は腹をかかえて笑わすこと!そして、その友達を守るために、剣の稽古もがんばるんだぞ!お前ならきっと俺のように強くて面白い人になれる!」


「うん!分かったよパパイヤさん!ありがとう!」

子供ライムの笑顔を初めて見て、アルドも安心した。


「ついでに聞いてくれ!お前に捧げる俺の渾身のラップを!ビビるんじゃあねぇぞ!」


そう言ってライムは大きく息を吸った。


YO!お前は勇敢な 兵士

覚えた闘い方の 定義

でも一旦自分の気持ちを 整理

してみりゃ分かんだろ Let it be


毎日ひたすら 戦う

だけど分かんなくなって 魔が差す

ウソのお前が 囁く

そんな言葉はdon’t wanna know


運命に向かってただ 抗う!

大事なのは自分自身を 表す!

戦うよりも人を 笑わす!!

それで良いんだお前は 必ず!!!


ライムはやり切った顔で、目を細めて子供の自分を見つめていた。


「・・・パチパチパチ。よく分かりませんが、スゴいですね」

子供のライムは気を使うことができる子どもだった。


「(これじゃどっちが大人か分からないな(笑))」

アルドは心の中で笑った。


「そうだろ!お前には才能があるんだよ!“人を楽しませる”才能が!じゃあ友達のとこに行ってこい!必ず笑わせてこいよ!」


「はい!ありがとうございます!行ってきます!」

子供ライムは勢い良く走り出した。


「っておい!友達の家はそっちじゃないだろ!」

勢いよく走り去っていく子供ライムに、大人のライムが慌てて呼び止めようとする。


「ハハハッ(笑)しっかりしているように見えたけど、子供の頃からやっぱりおっちょこちょいだったんだな(笑)」

アルドはライムのことをまた少しだけ好きになった。


その後、アルドはずっと気になっていたことを聞いた。


「そういえば、さっきの闘いで、砂をわざと受けたのは、何か狙いがあったのか?」


「まぁ、あの戦法は親父から教わってるし、それを避けたり、完璧にボコボコにしてしまうと、親父の信用と自分の自信が無くなっちまうだろ?それじゃあダメなんだ、“誰かを守れる強さ有っての笑い有り”なんだよ」


「そうか。それで納得したよ。まったく、プラム兵士長といいライムといい、親子そっくりだな、もっと素直になれば良いのに(笑)」

アルドは少し笑いながらそう言った。


「なーに、不器用に生きていくのも良いもんだぜ。でも、ありがとうな、アルド。本当に。これで二回目の感謝だ」

アルドは、ライムの安心した顔を見て、一緒に嬉しくなった。


「それにしても、何が“パパイヤ”だよ(笑)変な名前をつけたなぁ(笑)」


「そうか?急いで考えた割には良い名前だろ。ずっと“パパ”が“イヤ”だったからな!なんつって!キャッハッハ(笑)」


「・・・なんだそりゃ・・・ぷっ(笑)ハハハっ(笑)」

アルドも腹をかかえて笑う。



「(ふふふっ・・・。あいつは妻に似た目をしていたな。そのせいか、昨日は久しぶりに妻の夢を見た。妻は何が面白いのか分からないが、とにかく笑っていたな。もし、ライムが大人になったら、あのような面白い少年になるのかもしれないな。楽しみだ)」


いつの間にか戦場から帰ってきたプラム兵士長は、アルド達を遠目で見つつ、小さく微笑んだ。


「さて、これでもうあいつは大丈夫だろう。アルド、またお願いがあるんだ。少し会いたい人がいるんだ」


「良いよ。最後まで付き合うよ」

お人好しのアルドだが、今回は自らそう思えた。


「これから少し先の未来で、俺の妻のかぼすと娘のレモンに会う」


「OK。じゃあ合成鬼龍まで戻ろう」


再び合成鬼龍に乗り、少し未来へ出発する。


「じゃあな、昔の俺。それに、親父。元気でやれよ」

ライムの顔は満足気であったが、一方で目が笑っていなかった。


再び合成鬼龍で移動する間に、ライムが話を始めた。

「ミグランスでの兵士を辞めて旅人になった俺は、腹を空かせていて、港町リンデにたどり着いたんだ。そして妻になった“かぼす”と出会ったんだ。そりゃあもう運命の人だと思ったね。それから娘のレモンが生まれた。あの頃が一番幸せだったぜ」

そう言いながらも、ライムの顔にやはり笑顔は無かった。


その表情を見ていたアルドは、少し不安を覚えた。


「その後、かぼすの先祖の墓があるっていう近くの集落に引っ越したんだ。合成鬼龍、集落は場所が分かりにくいから、港町リンデで下ろしてくれ」


「了解した」


「Thanks」

ライムは短くお礼を言った。



アルド達は“港町リンデ”に着いた。


ここは、この大陸で唯一の大きな港が有り、別の大陸である”ガルレア大陸“にも行けるのはここしかない。

さらに、港から釣りをすることで、“リンデカマス”、“サンダーサザエ”、“フグリン”、“ヒサカタブリ”など様々な魚介類が釣れる。

これらをレシピに、宿屋では“漁師のリスベル”と呼ばれる料理が有名で、シンプルな塩味と魚介の相性がバツグンのようだ。


そんな港町リンデをそそくさと通り過ぎて、集落へ向かう。


「あの家だ・・・行こうぜ・・・」

緊張しているライムを初めて見たアルドは、さらに不安を覚えた。


「やぁ、ただいま。俺だ・・・」

ライムは扉を開けて静かにそう言った。


「えぇっ!?お帰りなさいあなた!どこに行ってたのよ!ずっと心配したんだから!」


「ゴメンな。実は俺は、この時代の俺じゃないんだ。少し未来から来た」


「えっ?何を言っているの?ねぇ、もうどこにも行ったりしないで!」

かぼすは戸惑いながらも叫ぶ。


「うるせー!もう俺のことは放っとけって言ってんだろ!」

急に大声を出したライムに、アルドも驚いた。


「おいライム!一体どうしたんだよ!」


「(アルド、訳は後で話すから、先に合成鬼龍で待っててくれ)」

ライムは小声でアルドに言い聞かせ、仕方なくアルドは家を出る。


「ねぇあなた、どうして?」

かぼすは目に涙を浮かべて言う。


「未来じゃ俺は“有名なコメディアンになってるんだ”。だけど、お前たちがいるから、道半ばで諦めてしまうんだ!だから、俺のことはさっさと忘れてリンデに帰るんだ!」


「うぅ・・・」

かぼすは泣き始めてしまった。


「・・・じゃあな・・・」

ライムはそう言って家を後にしようとした瞬間、


「ウソだねー」

すぐ後ろで小さな少女が言った。


「えっ?」

ライムは驚いて振り向いた。


「お父さんが面白さで有名になれる訳無いじゃーん(笑)。それに、未来から来たって言ってるけど、全然変わって無いし。キャハハッ(笑)。相変わらず面白く無い冗談を言うのは止めて、とっとと家に帰ってきなよー」

小さな少女は所々笑いながら冷酷に告げた。


「レ、レモン!?う、うるさーい!と、とにかく、俺の事は忘れて、母さんと集落に帰れよ!良いな!絶対だぞ!」

ライムは顔を真っ赤にしながらそう言い放って、勢いよく家を飛び出した。


アルドは合成鬼龍には戻らずに、近くに待ってくれていた。


「顔が赤いが大丈夫か?それより、ちゃんと説明してくれよ。さっきのこと」

お人好しのアルドも、今回ばかりはさすがに怒った表情で問い詰めた。


「実はな・・・」

ライムはしばらく黙った後、今まで見せたことの無い神妙な顔つきで話を始める。


「俺が旅に出た後、あの集落は魔物に襲われて、かぼすもレモンも殺されてしまうんだ」

「なっ、なんだって!?」

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