第5話 あるべき未来

「ココハ……………」

 降り立ったのは、エアポート。

 人々が行き交い、案内板には様々な行き先が明示されている。

 アルドと出会った時代にほど近い。

 しかし決定的に違う世界。

 電工掲示板のカレンダーを見て、記憶領域がポップアップを繰り出した。

 曙光都市のエアポートで、アンドロイドの大規模反乱があった日だ。

 笑顔で歩いたり、先を急ぐ人々らに、この先待ち受ける未来は知らない。

「最後の指令は、分かるわね」

「…………そんな」

 わかりたくない。

 いままでは、変えられそうな未来を守るためだった。

 誰かが殺されるのを防ぐために魔物を先回りして倒すとか、そういう具合の。

「見殺しにシロと、言うのデスか!?」

 ワニグマを素手で倒す乙女になるには、エイミは母と別れなければならない。

 きっと、母と育つ幸せを得るべきなのだろうけれど、未来のためには、エイミは別れを経験しなければならない。

「ワタシには、できません」

「しなければ、他の生きるべき誰かが死ぬわ。他ならぬあなたの手で未来が変わってしまうのよ」

 少しでも逃れるために、目線をそらして。

 見つけてしまった。

 幼い彼女を。

 そして蜂起する同胞たちの声を。

「ヤメテ」

 逃げ惑う人々、押し潰されそうなエイミたち。

 目の前で誰かがいなくなるなんて、見たくなんかない。

「アブナイ!」

 リィカは盾となり、二人をかばう。

 母親は目を見開くも、すぐにエイミの手を引き、脱出する希望へと走る。

「ドイテ下さい!」

 親子を追撃しようとする者は、遠慮なく鉄槌を。

 彼女たちは、生きなければ。

 幸せにならなければ。

 強くなった理由を、ならなければならなかった理由を、作らなくていい。

 弱くていい。

 未来を変えられるなら、人一人の幸せをどうして、求めてはいけないのだ。

「イキテ!」

 それが、リィカに優しくしてくれた、エイミへの、贈り物なのだ。

 機械と人が入り交じる。

 できることならあの親子の手を引いて走り抜けたい。なのに、後ろから追いかけて、援護射撃をすることが精一杯。

 事態に気づいたアンドロイドの指揮官が、リィカに刺客を差し向ける。

 そうだ、それでいい。

 命を奪いに行く数が、一つでも減ればいい。

「絶対に、行かせませン、ノデ!」

 最後の交通機関が発車する。

 乗りきれなかった人々が溢れている。

 そのなかに、静かにたたずむ女性が一人。

「お母さん!」

 聞こえた気がした少女の悲鳴。

 この命、尽きるまで。

 万に一つの可能性があるならば。

 殲滅してみせる。

 他ならぬ、未来をつかむために。



「おめでとう、リィカ。あなたは仕事を成し遂げた。アルドもやったわ。これで一人きりの任務も終わる」

 気がついたら、暗闇にたゆたっていた。

「ありがとう。そして、ごめんなさい。あなたに辛い思いをさせて」

 身体が修復されていく。

 けれども心がついていかない。

 このままでは、動けないことは容易に想像できた。

「私はあなたが大好きよ、リィカ。だからこれは私のわがまま」

 リィカのプログラムが書き換えられていく。

「ナニヲ」

「記憶領域を少しいじらせてもらっているわ。あなたに負荷をかけているのがここだから」

「マドカ、最後にこれだけは言わせてクダサイ」

「なにかしら?」

「ワタシを信じてクレ、ありがとうゴザイマス。あなたは、覆水盆に返らずより、こぼれたミルクを嘆かない生き方が似合う」

 なんとなく、予感はあった。

 すでに彼女は人ではないと。

 時間の研究をしていた彼女が犯した罪を、あがなおうとして、膨大な時を過ごしていること。

 リィカの時間に比べるまでもないくらい。

「ばかね、リィカ。どうせ、忘れてしまうのに」

「ワタシが忘れても、アナタガおぼえてくれていたらそれでイインデス」

 なにを、していたのだろう。

 長いようで短い時間。

「いってらっしゃい、リィカ」

 そして光に包まれる。



「大気成分、標準重力並びに恒星の照射角度ヨリ判断スルニ、ココは地球上と推察サレマス」


「っていうか、どうしてリイカがここにいるんだ!?消された未来と一緒にリイカも消えてしまうんじゃ……?」


「どういう事態ナノカ、ワタシにも識別不可能デス。完全にデータが不足してオリマス、ノデ。メモリにも奇妙なゴーストが発生してイルもようデス。ガ、問題アリマセン、ノデ!」

「ゴースト……?まあいいか。ともかくリイカがいてくれた方がオレも心強いし」


 リィカの前には、黒髪の青年がいる。

 これから未来を救うための働きをするのだ。

 あるべき未来を救うために。

 そして、零れたものを、もうこぼさないために。

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それでもこぼれたミルクを嘆く 香枝ゆき @yukan-yuki

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