第4話 リィカ

私は正しくなくていい。

命令違反でもいい。

もう人形ではいられない。

牙をむくわけではないから、反旗を翻すわけではないから。

だから、許して。

志半ばでおりることを、どうか、許して。声の主。


曙光都市は、その姿を取り戻しつつあった。

少なくとも、アルドが事を成しえたら、復活する算段はついている。

だけどもう、疲れてしまった。

ここまできたら、もう私でなくてもいい。

最低限のメンテナンスだけ行われている機体。

自分で幾度となく調整して、あまたの戦闘で傷を負い、治らない損傷も負い。

私を壊すことを決められるのは私だけだ。

けれども、壊せない。

自己破壊はプロテクトが欠けられ、すべてのアンドロイドは行えない。

であるならば。

私は私を作った人を壊す、もしくは。

「……マドカ・クロノス、デスネ」

少女はびくりと振り向いた。

「だ、れ……?」

知らなくていい。

「オネガイデス、ワタシヲ」

作らないでほしい。ああでもそうなれば、今までの苦労が水の泡だ。

なれば。


コワシテ、クダサイ。


音声になったのかどうかわからないまま。

意識は遠のいた。


「あ、よかった、気がついた!」

目を開けると、あどけない少女の姿がある。

顔をほころばせ、ただの機械に、再起動した、調子がもどった、ではなく。

気がついた、と人間を介抱していたようにいう。

優しさが、重すぎた。

一人っきりで戦い続けたリイカには。

「あ…………」

表情筋などないため、悲しいかおなどできない。

けれど、いつもよりも、なぜだか違う音質で発声がなされた。

「泣きそうな、顔してる」

「あなたが、優しいカラです」

こんな優しさを知ってしまったら、もう戻れないではないか。

孤独なんて、耐えられるわけがない。

「え、そんな。私なんて、ただの機械オタクで変わり者って言われてるのよ?見たことないタイプだから、きっとあなたは個人がつくったアンドロイドだと思う。いまにも壊れそうだったから、応急処置したけれど、それだっておせっかいっていわれそうだしね。あ、でもあなたを作った人に、あなたからも説明してくれたら嬉しいな。緊急事態だったから、私にできる範囲で」

マドカ・クロノス。

リィカの創造主。

この人にならば、壊す資格があると考えた。

けれど違った。

彼女は壊さない。

作り、直し、生み出す者だ。

であるならば、どうして壊せと言えようか。

「ワタシの名前は、リィカです」

「リィカ……うん、いい名前ね!」

「あなたはいずれ偉大な科学者になります。そのときが来たら、どうかワタシを作ってください」

「………え?」

「ワタシは貴女と、貴方の守りたいものを、守りたいのデス」

優しいから、優しさだけでは生きていけないから。

拳を振るうのは、アンドロイドで十分だ。

何の感情も持たないはずの。

ーーーー身体が引っ張られる。

声の主に、単独行動をしていることがばれたのだろう。

「サヨナラ、マドカ・クロノス。また会いましょう」

「あ、ねえ!待って!一体どういうことなの…………えっ?」

消える。消える。

消える。

マドカ・クロノスの前から。

リィカはあるべき場所へと帰る。


「…………気が済みましたか?」

声の主は真っ暗闇の中で問いかける。

久しぶりに頭がクリアになった。

この状態で、やっとわかった。

「マドカ・クロノス。これもあなたの思惑通りデスか?」

「……………」

「アナタはなんらかの理由で、意識はあるものの、現在実体を持っていない。ダカラワタシをこの果てしない旅に赴かせた。そして、メンテナンスをも自分で行わせ、どうにもならないところを、過去のアナタが修理するようにした。未来を守るために」

「想像にお任せするわ、リィカ。あなたに任せたい最後の仕事があるの」


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