第7幕 陰陽寮の夏休み―5



 ロビーに集合した生徒達は目的も告げられないままで弓削に連れられ、砂浜へと向かっている。勿論遊泳も禁止されている状態なので、他の観光客は全くと言える程いない様だ。そうして歩く事10分ほどで、その場所へと辿り着いた。


 真夏の日差しが照り付ける、広大な砂の平地に幾度となく押し寄せる波と、潮の香り。もしも遊びに来ているのならば、今すぐ制服など脱ぎ捨てて、水の中に飛び込みたい衝動も沸いただろうが、きっと訓練の為にこの場所に連れられたのだろう事は嫌でも分かっていた。


「これで泳げたら気持ち良いだろうなぁ……」


 海を眺め、流れる汗を拭いながら虎鉄はぐっと我慢する。

 それに何も言わなくても、見鬼の才が教えてくれていた。この砂浜には、妖の気配が残っている――――



「――――ふん、落ちこぼれ風情が。遊びに来ているつもりなら、早くここではない何処かへでも行ってくれないかな?」



 そうしていると、いつの間にか虎鉄の背後で仁王立ちをしていた宇佐美が、銀色のグラスをぎらぎらと輝かせながら、涼し気な声色で嫌味を放っていた。

 虎鉄は苦笑いをしながら振り向き、その言葉に返す。


「……いやあー、悪い! 暑がりなもんでな! 宇佐美には関係ない事だから、放っといてくれよ!」


「は、関係あるさ。君のその憎たらしい顔が視界に入るだけで目障りなのさ! この卑怯者が!」


 久々に始まった、宇佐美の小言。あの日のまじない勝負の事を言っているのだろうと気付き、虎鉄はニヤリとしながらそれに返す。


「お前、もしかして、あの勝負引きずってんのかよ? 俺が負けたんだから良いじゃねえか?」


「言ってくれるじゃないか御門! 僕はあの勝負で確かに勝ったが、僕自身が定めたハンデ上では負けているんだ。つまり、引き分けだ、引き分け! よくも不意打ちで、恥をかかせてくれた物だ……!」


「不意打ちってお前……俺は最初から言ってたじゃねえか。ってよ。てか律儀だなあお前……勝ってんだから良いじゃねえか……」


「ぼ、僕の気が収まらないんだ! ふん! あの日の勝負は所詮遊びさ。わざと手を抜いてやったのさ! 今回の合宿で君の無能さを、ことごとく僕が知らしめさせてあげようじゃないか!」


 わざわざ言い放つ必要の無い事を虎鉄に向かい、眼鏡に手を掛けながら堂々と宣言する宇佐美。虎鉄は呆れると同時に、暑さからか、小言が久々だったからか。若干いらつきを覚え始めていた。

 そうしてまたも、幼稚な口喧嘩へと発展していく。


「言ってくれるじゃねえか、宇佐美……!」


「はは、どうした? またまじない勝負でもするつもりかい? やめておけよ、僕が本気を出したなら、君に勝ち目などないんだからね?」


「ああ良いぜ、勝負でもなんでもやってやるよ! 俺だってあの時、本気なんかこれっぽっちも出してなかったからなー! あー今やれば余裕だわー!」


「強がるなよ御門! 所詮君は、名門を穢すだけの恥さらしだ! 君と僕の間には埋められない溝、いや超えられない壁があるのさ!」


「おい宇佐美、言い直す意味あんのかよ今の!?」


「そ、それ程に大きな差だと言う事だ!!」


「またやってるよ……や、やめなよ二人とも……!」



「凜には関係ないだろ! 少し黙って……」

「倉橋さんは関係ない! これは御門との……」



 そうしている最中、凜が制止する声が後ろから掛かったので、二人して振り向きながらそれを遮る。

 しかしそこに立っていたのは凜ではなかった。青筋を浮かせながらこちらを睨みつける弓削が、威圧感を隠すことも無く立っていた。


「……へえー。仲いいじゃねえかお前ら? アタシら置いて、一体いつまで話してるつもりだ。あ?」


 弓削の後ろでは見慣れた口論に呆れながら苦笑いをする、クラスの生徒達が憐みの目でこちらを見ている。虎鉄は冷汗を流しながらなんとか言葉を発した。


「はは……いやー……す、すみません……?」


「……よーし決めた、そんなに仲良くしてえなら、またそうさせてやるよ? 良かったなー、お前ら」


 そして怒気を含めた言葉を発しながらこちらに歩み寄り、虎鉄と宇佐美の腕を掴んで無理矢理肩を組まされる格好にさせられた。


「よーし今からお前らペアだ。今日一日は仲良くしろや?」


「は、はぁ!?」


 突然放たれた言葉に、虎鉄は思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。宇佐美も必死の表情で抗議を示していたが、最早声も出ていない。

 そんな二人に見向きもせずに弓削は生徒達に振り返りながら、ここに来た目的をようやく伝えた。


「んじゃお前らも二人組作れ。今からペアで、この周辺の妖探索をしてもらうから」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

死ねない狐は闇夜に舞う ―妖憑きの落ちこぼれ陰陽師― 夏村シュウ @kamura_shu

現在ギフトを贈ることはできません

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ