集う者達
いつもより遅い時間に部屋に戻ると、真っ先に飛びついて来る
ミライとミコノが居ない事に気づいた。
2部屋しかない小さな借宿だ、念の為粗末なキッチンと洗い場が一緒に
なっている隣の部屋を覗くが二人は居ない。
「ミライ・・ミコト・・」名前を呼びながら、部屋の灯り・・ベットとテーブルしかない
狭いリビングに置かれた蝋燭に火を灯す。
魔法で部屋中の灯りを灯しても二人の姿は見えない。
「俺の帰りが遅くなったから・・まさか、不安になって外に出たんじゃ・・」
アギトは自分が居ない時は外に出ないよう、火を扱わないようふたりに
言い聞かせていた。
暗い部屋でアギトの帰りを待つ二人がどれだけ心細い思いをしたのだろうか・・
アギトが部屋を出ようとすると・・
「アギトおじさん!」「おじちゃん!」
「!」
アギトのローブの中から二人が顔をのぞかせる。
「お前達・・、今までどこに・・」
魔力の気配は感じなかったし、二人の気配も全く感じなかった。
なのに二人はこうしてアギトのすぐ側から出てきた。
「・・能力・・か?」
「にんじゃ!」「うん!にんじゃだよ!」
「・・にん・・じゃ・・」
ミライとミコトは顔を見合わせると「せーの」と合図して、またその姿を消した。
アギトは先ほどまで二人がいた場所に手を伸ばすが、その手は空を切るだけだ。
「うしろだ!」「かくごー!」
咄嗟に振り向くと、二人は天井を蹴ってアギトに飛びついた。
「!!」アギトは二人を支えきれず壁に背中を思い切りぶつけてしまった。
「あはは!にんじゃだよ!俺の攻撃みえなかったでしょ!」
「ぴょーんって、跳べるの!おもしろーい!!」
アギトの腕の中ではしゃぐ二人は、何も言わないアギトを見て・・・
怒られると思ったのかその身体から少しだけ離れた。
「おじさん・・?」「怒った?痛かった・・?」
アギトは、この幼い双子が能力に目覚めた時、「保護者」を辞めると決めていた。
それはもう少し、いや大分先の話になると思っていた。
こんなに早く能力が目覚めるとは・・しかも、アギトに必要な「使える」力だ。
「ミライ、ミコト」
アギトはふたりの細い肩に手を乗せて、膝を床につくと
バツが悪そうに視線を泳がせている二人に話しかけた。
「お前達のその力、俺以外の誰にも知られないよう、俺以外の前で使うな。
出来るか?」
「えー・・」
「・・にんじゃ・・楽しいのに・・」
頬を膨らませてふて腐れる二人の肩に置かれた手に力が籠る。
「出来るな?」
「・・はぁい・・」「はーい・・・」
渋々頷く二人にアギトは保護者ではなく、「主」として話を続ける。
「その能力は、これからも成長していくだろう。いや、成長させろ。
そして俺の為だけに使うんだ。
俺の事は今日から「さん」付けで呼ぶ事。・・・いいな」
「・・・・」
「・・なんか・・怖いよ・・おじちゃん・・」
既にぐずり始めている二人を、アギトがあやす事はもう無い。
強く掴まれた服から二人の手の熱を感じるが・・
これはアギトが以前から決めていた事だ。
「お前らには、もう帰る場所も行く場所も無い。俺という知恵者が側に居ないと
何も出来ず、すぐにのたれ死ぬ事だろう。」
ふたりがとうとう涙を零して静かに泣き始めてもアギトは言葉を続けた。
「今まで・・何の為に面倒見て来たと思っている・・。この日の為だ。
俺の計画は・・長く、壮大で・・それには仲間が必要だ。
異世界からの能力者・・、それを束ね、力にし・・、権力者の力を奪い、
国を・・」
「なにいってるか、わかんないよぅ・・!もう・・もう・・にんじゃ、やらないからぁ・・」
「わたしも、もう、にんじゃ、しないから・・おこらないでよぉ、おじちゃん・・こわいよ・・」
「聞け」
「いやだよ!!」「やだぁ!!」
ふたりはアギトに抱き着いて声をあげて泣き始めた。
アギトは一瞬、その体を引き離そうとしたが・・、その手は意思とは逆に二人を
抱きしめていた。
「・・・・お前達には・・まだ、早い話だったな・・。でも、理解してくれ・・
この世界では・・人間は・・子供は・・簡単に死ぬ。
そうならない為にも、子供であっても・・、その能力を上手く使いこなさなければ
・・・駄目なんだよ。お前達の為に言ってるんだ」
アギトは立ち上がろうとするが、二人は強い力でアギトの体に抱き着いたまま
離れずに泣き続けた。
「・・・はぁ・・、そうだな・・、何言ってるのか・・わからないよな・・。
悪かった・・ごめん・・、泣くな・・、
泣かないでくれよ・・・、困ったな・・・
帰りが・・遅くなって悪かった・・。今、飯をつくるから・・」
いつの間にか二人の髪は随分伸びていた。
その髪を指先で梳きながら・・
こんなに長い間一緒に居たのかと・・アギトは初めて実感する。
初めて王国に来た時「この国に勇者の真実を告げてひっくり返すのも面白い」程度
にしか思って居なかったただのゲーム・・「計画」は、この双子が奴隷商人に
ひどい扱いを受けている事を知ってから少し方針が変わった。
下町で、貧乏人の子供の病気を治す度その家の貧しさに驚いた。
貧しい家には子供が多く、ミライやミコトくらいの歳の子供でも朝から晩まで働いている。
病で熱が引いたばかりの子供は、滋養する食料も時間も無く、寒い朝に薄着で外で
働かされていた。
この世界にもし現代の子供が転移させられたら、そんな環境には適応できないだろう。
または・・奴隷にされるか、死ぬまで放浪するか・・・
能力を持っていても、誰かに言われるまま騙されその力を酷使される事だろう。
下町の子供を救おう・・などとは考えて居ない。
せめて、この世界に来て酷い目に遭っている転移者が居れば保護したい、そう考えた。
金は随分溜まったが、拠点を変えないのは下町の情報網を使っているからだ。
しかし、情報はなかなか掴めない。
せめてもう数人「使える」能力者が居れば・・そう、漠然と思っていた時に一番側に
いるミライとミコトの能力が目覚めた。
その「隠密性」「機動力」を鍛えればアギトの右腕としては十分だ。
その年齢さえもう少し上ならば・・・。
「腹減ってないのか・・?・・・なぁ、もういい加減泣き止めよ・・」
ふたりは、まだしゃくりあげながらも、空腹には違いないのだろうやっとアギトを解放した。
感情的に「保護者」と「主」の間を彷徨いながら過ごす事数か月。
また仕事が長引き夜中に家路についたアギトは、偶然、その姿を見る事になった。
よれよれのグレーのパーカーにジーンズ・・履きつぶしたスニーカー姿の少年は
何か怯えるように辺りを見回しながら歩いていた。
目の前のアギトに気づくと「ひぃ!」と声をあげて逃げ出す。
『転移者!』アギトは走ってその後を追うが、少年の脚は早く、あっと言う間に姿が見えなくなる。
「逃がすか!」アギトは息切れしながら転移した。
目の前に再び現れたアギトを見て少年は腰を抜かすほど驚き、実際石畳の道に座り込んでしまった。
「・・・転移者だな・・。名前は?!歳はいくつだ!能力は何だ!言え!」
「ひぃ!し、しょう・・明神ショウタです・・16です!特技は・・体が頑丈な事です!」
「・・・体が・・頑丈?」
「は、はい・・・、ここに・・来るまで・・、ちょっと・・・色んな人に殴られたり、角材で殴られたり、
ナイフで刺されたり、剣で斬り付けられたりしましたが!奇跡的に生きてます・・っ・・。」
「どうしてそんな目に・・」
「わ、わかりません・・、持ち物を・・よこせと言われたのですが・・生憎・・僕、バイトの途中で・・
金も荷物も持ってなくて・・バスの定期券くらいしか・・、あ!バスの定期券・・欲しかったんでしょうか・・
それにしても・・・いきなり殴ってくるなんて・・余程バスに乗りたかったんでしょうね・・。
譲ってあげれば・・よかった・・でしょうか・・。」
溜息をつき膝をかかえて座る少年に、アギトは「立て」と命令する。
「はい」と少年は素直に立ち上がった。
黒の短髪には泥やほこりがついていたが、その澄んだ茶色の瞳は「純粋」で「単純」そうな
彼の性格をよく表しているように見えた。
16歳にしてはアギトより背が高く、体つきもしっかりしている。
そのよれよれのパーカーを見ると、彼の言う通り斬り裂かれた跡が残っていた。
「あのぉ・・ここは・・どこ、でしょうか・・。僕・・、バイトに戻らないと・・、次のバイトもあるし・・」
「話は後だ」
アギトはショウタの腕を掴むと、家まで転移した。
さすがに、真夜中までアギトの帰りを待つことはできなかったのだろう双子は
ベットで眠っていた。
「うわぁ、お子さんいらっしゃるんですね、可愛いですね、双子ちゃんですか?」
ショウタはにこにこと笑顔でアギトに話しかけてくる。
「ここが、どこだ、と聞いたな」
「あ、はい!何かのアトラクションですか??」
「ここは、お前がいた世界とは違う「異世界」だ。異世界転生とか・・一度は聞いた事あるだろ?」
「ありません」
ショウタははっきりきっぱりと答えた。良く通るいい声だった。
「・・・・そうか、とにかく、お前は恐らく現実の、ニホンで一度死んで、こちらの世界に
転移して来たんだ。死んだ時の記憶は持っているか?」
「え?僕、死んだんですか?そんな覚えはありませんが・・」
「死ななければ転移など出来ないだろうが」
「そうなんですか・・、うーん、少し考えてみますね・・。あ、確かに・・、バイトのシフトに入った時
仕事が長引いて・・僕、次の場所に走って向かったんですよね・・・、それで・・・・
角から出て来た車が見えて、あ!ぶつかる!・・と、思ったんですよ。
そうしたらここに居て・・・、あ、本当はもっと向こうの山の方から来たんですけど・・
色んな人から逃げ回ってたらいつの間にかここに・・」
「正面には衛兵が居たはずだが」
「そうですそうです!あ、こっちはマズいなーと思って、裏に回ったんです。そうしたら登りやすそうな
塀があって、登ってきました。」
「・・・・・」
「そこでも兵隊みたいな人がいて・・、追いかけてくるから僕、走って逃げてきたんですよ。
だって、剣とか槍を持ってたんですよ?
怖いじゃないですか。僕、怖いとか痛いの苦手なんで。」
「お前の話は理解した。俺の言った事は理解できたか?」
「あ、はい。死んだんですね僕。そうですか。でも、よかったです」
「良かった?」
「ええ、僕、孤児院育ちで、18になったら院を出ないといけなくて・・。
それで金を貯めてたんですよね。そろそろ独り立ちをと考えてもいたので・・
少し早いけど、院を出たと思って、今度はこちらの世界で働く事にします!」
ぐっと拳を握るリョウタの瞳に嘘や強がりは見えない。
「お前は・・随分適応能力が高い様だ」
「はい!小さいころから親戚をたらいまわしにされて来たので!環境の変化
には慣れてます!」
「・・そうか・・」
「はい!」
「体も丈夫だし・・、いい仕事先を紹介してやるが・・」
「本当ですか?ありがとうございます!」
「その前に、この世界の事・・政治や通貨、文化、文字を覚えないとな」
「勉強ですか・・、少し苦手です。」
「俺が教えてやる、すぐに理解出来るさ」
アギトは席を立って窓際に置いてあったペン立てから羽のついたペンを取る。
「え、いきなりですか?」
「ああ」
そして、その尖ったペン先をリョウタの右手の甲に思いきり突き刺した。
「ひぃ!」
リョウタは情けない声をあげたが・・「痛い」とは言わず、その手の甲からは血も出ない。
それどころかペン先は少しづつ押し戻されて。
後には傷ひとつ残らないリョウタの右手があるだけだ。
「どうしたんですか?俺の手が紙に見えましたか?この部屋暗いですもんね!」
「痛みも感じないのか」
「痛いの、苦手なんで!」
くす、と笑うリョウタは特にアギトをからかっている訳ではないらしい。
所謂「天然」なのだろう・・。
そして素直な彼の、素直な腹は、きゅーっと情けない声を上げる。
「・・腹がへっているのか」
「ええ、まぁ・・その・・、あんまり食べないようにしていたもので・・・、
次のバイトで賄いが出る予定だったんですよー。ちょっと惜しい事をしました!」
「向こうの部屋に・・一応食材がある。喰えそうなものがあれば喰っていいぞ」
「そうなんですね!頂きます!」
リョウタは素早く隣の部屋に移動した。
「リンゴは喰うなよ、それは子供らのだから」
「はーい」
暫くすると・・良い香りが漂ってきた。
リョウタは調理ができるらしい・・。
この部屋では初めてかもしれない美味しそうな香りにつられてミライが目を覚ます。
と、同時にオムレツとソーセージ、サラダをひと皿に盛りつけて部屋に戻って来たリョウタと
目が合う。
「・・・だれ?」
「こんばんわ、お邪魔してます。僕はリョウタ、リョウって呼んで下さい」
「・・・りょう・・にいちゃん?・・、何それ・・美味そう・・」
「オムレツだよ?食べる?」
「うん!」
「おいミライ、卵料理は・・」
「・・・」
オムレツが余程美味しいのか、喜んでそれを食べるミライを、憮然とした表情で見ているのは
ミコト・・。
「わたしも・・オムレツ・・食べたい・・」
「あ、じゃあ、作るよ。待ってて」
「リョウタ、ミコトはタマゴアレルギーなんだ、だから」
「わたしも・・おむれつ・・食べたい・・」
「あ、アレルギーですか。わかりました。じゃあ何か他に」
「小麦も蕎麦もカニもエビも駄目だ。ナッツやバナナもな」
「ええ、わかりました」
リョウタは部屋に消えた。
アギトは最高にふて腐れて今にも泣き出しそうなミコトをあやしにかかる。
「オムレツうめー」と思わず素直な感想を口にするミライの頭を軽く小突いて
ミコトを抱き上げた。
「わたじも・・おむれつ・・うぇ・・たべたい・・ぃ・・、ミライばっかり、いつも、卵食べて
ずるいぃい・・・」
「仕方ないだろ、成長に大事な栄養分なんだから、ミライには食べさせないと」
「だってぇ・・」
「ミコトにはソーセージあげるよ・・、泣くなよな・・・」
ミライがソーセージをフォークで突き刺して、ミコトに渡そうとする。
「卵が付いたフォークで刺したら卵を口にするのと同じだろうが・・」
「・・だって・・」
「お腹空いたよぉ・・何か食べたいよー!」
アギトの薄い体に頭突きを繰り返すミコト・・・
「痛っ・・痛いよ、なんでミコトはいつも頭突きを・・・お前のっ・・頭もっ・・
痛い・・だろうに・・」
「うぅうう~!!」
頭突きされる度揺れるアギトの体からは体力が奪われ、とうとうベットに腰を降ろした。
夜に目が覚めた時にグズられると毎回この洗礼が待っている。
アギトは目を閉じてミコトが落ち着くのを待つしかない。
ミライは腹が膨れて再び眠くなったのか、椅子の上で盛大に揺れ始めるから
その身体も支えなければならない・・。
「おまたせしました」
リョウタが戻って来て、ミコトに皿を見せる。
「うさぎ!」
ソーセージを細かく刻んで調理したのか、ハンバーグのようになったそれは
ウサギの顔形をしていた。そのまわりにはウサギの形に切られたリンゴ。
マッシュポテトには星の形をした人参も添えられている。
「かわいい!」
ミコトはアギトをはねのけると、椅子によじ登って「かわいいね!」とリョウタを見上げた。
「気に入ってもらえてうれしいな。どうぞ、召し上がれ。この家の具材だけどね!」
「わーい!いただきまーす!」
もうすぐ夜明けだ・・。
アギトは窓の外・・ミコトに頭突きを喰らった箇所にヒールをかけながら遠くを眺めていた。
「あなたも・・ええと・・」
「俺はアギトだ」
「アギトさん。アギトさんも飯食べますか?」
「俺はいい。それよりあいつらの分まで飯を作らせて悪かったな・・。気を使わせて」
「いいえ、女の子はやっぱり見た目を変えるてあげると、喜んで食べてくれますよね。
あ、僕は飯作りながら食べたんで、もう平気です。勉強!しましょう!」
「休まなくていいのか?」
「あ、寝ても大丈夫ですか?それなら・・」
リョウタは躊躇う事なく、床に座るので「待て待て、さすがに床で寝るのは・・」
アギトは慌てるが、この家にはベッドはひとつしかなく、そのひとつのベッドでは双子が
気持ちよさそうに眠っている。
「僕は別に、どこでも寝れるんで!お気になさらず!おやすみなさい!」
おやすみなさい・・と言った途端、リョウタは眠ってしまった・・。
「肉体的にも精神的にもタフな奴だな・・、こいつは使えそうだ・・」
アギトは部屋が明るくなるまでの少しの間、目を閉じて眠った。
リョウタが部屋に来る事で、アギトの負担は少し減った。
子供慣れしているのかリョウタは双子の面倒をよく見てくれるし、料理も作れる。
少し通貨の事を教えただけで、市場で買い物も出来るようになった。
これでアギトは幼い双子を家に残して出かける事に罪悪感を感じる事もなく
仕事や情報取集、権力者への根回しに奔走できるようになった。
家に帰るとリョウタに勉強を教える。
そんな毎日に少し変化が訪れた。
「なんでアギトおじさんは、リョウにばっかり教えるんだよ!」
「そうだよ!最近リョウとばっかりおしゃべりしてる!」
「俺たちにも、もじ、やけいさんを、教えてくれるって言ってたのに!」
「ぜんぜんおしえてくれなかった!」
アギトは横目で双子を見て、今やすっかり年下に「リョウ」呼ばわりされている
リョウタの勉強に戻る。
「お前達に何も教えてやれなかったのは・・、貴重な紙を破いたりラクガキしたり、
インクを床にぶちまけたり、ペンで遊んだりと、勉学に集中しなかったからだ。
もう俺は教えるのを諦めたんだ。
それにしてもリョウは覚えが早いな・・、これだけ文字が書ければもう大丈夫だろう。」
「そうですか?ありがとうございます!買い物してると文字も覚えられますからね!」
「なかなか気転も利く・・、これで兵舎に潜り込んでも問題はないな。
田舎から来たと言えば、軍事学校で他の勉強も教えて貰えるはずだ。
俺も魔法学の講師として、たまに軍事学校に行くから、その時に情報交換をしよう」
「・・え?俺・・軍人・・になるんですか?」
「そうだ、そのタフさを十分に生かして、兵士になり、俺に王国側の情報を流して欲しい。
お前は素直で正直すぎるのが最大の欠点だ。誰に何を聞かれても、転移して来たなどとは言わず。
その能力も隠し通すんだぞ?いいな?」
「で、できます・・かねぇ。僕・・その、そういうの、あんまり、向いてないというか」
「やれ、命令だ。そして何かあっても俺の名を口にするんじゃないぞ。
何かあったら全力で逃げろ。お前なら大丈夫だろう」
「・・は、はぁ・・」
初めて王国側に優秀なスパイを送りこめた・・・
アギトは一抹の不安を覚えながらもリョウタなら出来ると確信も持っていた。
そんなアギトを睨む双眸がふたつ・・
「お、俺だって!おじ・・アギト・・さん、の、みぎうで、だぞ!」
「わたしも!できるよ!にんじゃなんだから!おじ・・アギト・・さんの、かんぶ、だから!」
リョウタの前に胸を反らして誇らしげに立つ双子は、椅子に座ったリョウタより随分小さく
頼りない。
「それに俺、ひそかにべんきょうしてたし、じゅく、いってたし!」
「わたし、すうじよめるし!おつかいだってできるんだからね!」
「あはは、ふたりとも凄いね。偉いね。」
「ふふん、リョウになんかまけないぞ、俺は、もう、おとなだ!」
「わたしだって、もうおとなだし!おとなのおんななんだから!!」
「そうなんだ。僕も、もっと頑張らないとね、ね、アギトさん」
アギトは・・・こちらに背を向けて肩を細かく震わせていた・・・。
こんなに愉快な事は何年ぶりだろうか・・
小さな「幹部」たちは、リョウタに張り合おうと意識を高めてくれたらしい。
こんな相乗効果があるとは・・・
これからも出来るだけリョウタを褒める事にしようと、そう思うと同時に
ドヤ顔の双子を思い出しては笑いが漏れる。
『幹部とか、右腕とか・・どこで覚えたんだか・・・。そうあって欲しいとは思うけどな・・。
ふふ・・。あの顔・・、どこに何の自信を持って・・そんなに堂々と言い張れるんだ?
知らないって強いなぁ・・』
「何笑ってんだよ!アギ・・トさん!!」
「わらわないでよ!しつれいだよ!」
「・・う、うん・・・・・、すま・・・ん。」
アギトは二人の頭を撫でてやる。
そうするといつもの2人に戻って甘えてくるのがまた可笑しくてたまらない。
「いいですよね!こういうの!!」
そこに突然両手を広げたリョウタが参加する。
その両手は双子とアギトまで抱きしめると「いいですよね・・こういうの・・」と繰り返した。
「なーんか・・、家族って感じで・・・」
「いたい!はなれろよ!リョウ!」
「いたいよ!おじ・・あぎとさんに、くっつけないでしょ!ばかリョウ!」
「う、腕が折れる、離せ・・リョウタ・・・」
「あっはは!すみません!」
楽しそうなリョウタの声は狭い部屋に暫く響いていた。
そんなリョウタも王国兵士にスパイとして潜り込むため、家を出て行き。
意識を高めた双子も少しは成長し・・
今ではアギトと同じ、白い魔法術師のローブと同じ紋様が入った小さなローブを纏い
外に出かけられるようにもなった。
紫の髪は目立つので、フードは外さないようアギトから言われている。
髪を短くしようとした時、ミライは素直に従ったが、ミコトは泣いて嫌がったので
アギトは出来る限り彼女が喜ぶような髪型を毎朝セットしてやっている。
最初こそぎこちなく、アギトのローブを掴んで歩いていた二人も今やアギトの後ろを
ついて歩けるようになった。
そして
「アギトさん」
「何だ」
「この先の角で、アギトさんの話してるひとがいる」
「人数は」
「3人」
「内容は」
「・・・・・・・・」
「暗殺か」
二人はアギトの後ろから出て、その両脇に進み出た。
「お前達はそいつらが居る場所を過ぎたら気配を消せ。」
「うん」「わかった」
ふたりは走り出す。
そしてアギトは通りの隅で足を止め目を閉じる。
『通りの角、3人の人間・・・、これか・・、街の大通りをすぎたすぐ後ならバレやしないと
思っているのか・・、まぁそれだけ事を大げさにしてもバックが大きいから安心している、
とそういう事か。』
アギトの能力も進化を続け、今では指定された場所のものを英数字や記号にして
読み取る事が出来る。
『ローダース公・・、なかなかの大物が出て来たな。
俺の名前も、やっと知れ渡って来た、と言う事か。
前金で金貨10枚・・・双子も生け捕りに出来れば更に10枚か・・・安いな・・
俺たちの命は・・』
通りの角で双子を攫おうと待ち構えていた男の一人が盛大に通りに躍り出る。
掴んだと思った子供の腕が急に消えてなくなったのだ。
そして・・
「おや、どうしました?そんなに慌てて飛び出して来ては危ないですよ?」
わざと声をかけてやると、男たちはアギトに狙いを変える。
見た目、非力そのものの魔術師ひとり、例え男であれ3人にかかれば裏路地に
連れ込んで命を奪うのは容易い・・と男たちは考えていた。
「デリート」
アギトが呟き、空のキーボードを操作する。
男たちの記憶からは殺人や誘拐を依頼された以後の記憶がすっぽりと消え失た。
何故こんなところに、いつからこの場所に居たのか・・
3人は標的を前に暫く呆けたような顔でお互いを見る。
「誘拐や殺人なんて悪い事ですよ。
しかも、神に仕える私相手にそんな恐ろしい事を・・」
3人は作戦の内容は忘れてしまったが、標的であるアギトにもう一度襲い掛かる。
「天罰が、下りますよ?」
バシンと何かが弾ける音がして、男たちは声も上げられずにその場に縫い付けられた
ように動けなくなる。
「アギト様!!」「大丈夫ですか?お怪我は!」
いいタイミングで現れた兵士は、ミライとミコトが連れて来た兵士たちだ。
「お弟子さんたちが、アギト様が襲われていると」
「ええ、危ない所でしたが・・もう大丈夫です。どうか彼らから私を襲う理由を
聞きだしてください・・何しろ・・」
アギトが両手を少し開くと、その後ろから双子が姿を現す。
「弟子がまだ幼いもので。このままでは安心して街を歩く事もできません」
「了解致しました!この者達はすぐに審議にかけますので!」
「どうか、お気をつけて」
兵士たちが3人の男たちに鉄の輪をかけ鎖につないで連行していく。
「いいタイミングだったな。俺が命令しなくても、やる事はわかってきたようだ」
「へへ」「うん!」
「今はまだそれでいい、耳を澄まし、情報を得て俺の手足になれ」
「はい!」
「うん!」
アギトはすぐに子供の顔に戻る二人の頬をかるく撫でてやる。
くすぐったそうに身をよじって甘えてくる二人は、まだ戦闘員の頭数には入れられない。
しかし・・
『ものは使いようだ・・ミライ、ミコトの能力、俺の命令、俺の力を合わせれば・・・、しかし』
「お前達、だいぶ走っただろう、疲れていないか?」
「全然平気だ!」「だいじょうぶ!」
「そうか、力の使い過ぎには注意するんだぞ?」
「はーい」「うん!」
二人の限界をまだ掴めないアギトは、練習も兼ねてこの通りを毎日歩いているのだが・・
時折こうして「保護者」の心配が口に出てしまう。
「外に出るのはこれくらいにしよう、後は部屋で引き続き情報収集だ」
「おう!」「はい!」
この練習を暫く続けて行くうちに、二人とも少し背が伸び、「暗殺」の意味も理解できるように
なった。
今まで誰かがアギトの事を話していても、その内容が理解できずにいた二人は
色んな意味でこの世界や、アギトを取り巻く環境を知るようになる。
「まもらないとな、俺たちで」
「うん・・アギトさんは、わたしたちが、まもる」
暗い部屋で、幼い声が誓う言葉をアギトは緩む口元を隠しながら目を閉じた。
コンビ名は「魔王と勇者」 四拾 六 @yosoji
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