アギト
男の死因は過労死だった。
夜通しほぼ無休で仕事をする事4日目の朝。
男は朝日の差し込むオフィスで初めて自分の体に異変を感じた。
男は呆然と自分の掌を見る。
視界全てがアルファベットと記号で溢れていた。
「・・デバッグ・・・、デリート・・、再構築・・・」
男の指はそこに無いはずのキーボードを絶えず叩き続け
頭の中には計算式が並ぶ。
そこで男の意識は途絶えた。
次に目を開けた時には、この世界に居た。
シャツにスラックス姿のまま、広い平野に立っていた。
「何だ、ここは。いつの間にこんな所に・・仕事は!今日中に
全てのバグを・・」
男はあたりを見回す。遠くにぽつん・・と家屋があるだけだ。
空は広く晴れ渡り、風が温かくて気持が良い。
「目を覚ませ!俺!いつまでこんな現実逃避してんだよ!」
男は自分の顔を平手で叩いてみるが・・いつまでたっても目は覚めない。
「・・こっちが・・現実・・。は・・、これが有名な・・異世界モノか・・」
いつしか男は冷静さを取り戻し、景色を見ながら建物を目指して歩き出した。
「この平地と気候からして、中世といった所か?建物は・・ブロック・・、いや石だなこれは」
男が建物に手を触れると、ひんやりとした触感の後建物全体に文字が浮かび始める。
「・・・40年前・・に建築された、放牧の民が使う休息所・・、土台・・無し・・、広さ3.1㎡・・狭いな・・
藁の屋根じゃ雨も凌げないだろうに・・、ここは消して・・せめて軽量プラで・・・」
男は何もない空間で指を動かす。
「エラーか・・・。じゃあ・・せめて木組みの屋根に変換・・・」
男が低い屋根を見上げると建物の屋根は木造りのものに変化した。
「部屋の内容・・、ほこり・・ゴミ・・虫はデリート・・・、床を一段高く・・」
小屋の扉を開くと、そこはまるで新築のように綺麗になっていた。
「・・少し・・面白くなってきた・・な・・・・・」
男の指は動き続け、そして同時にこの世界の事も知る。
この世界に存在するもの。しないもの。
自分の能力の把握と、その機能拡張。
男はどれくらいの間その小屋に居ただろうか・・
やがて放牧の民が男を見つけるまで、男は自分の能力を磨き続けた。
「・・これ・・、アンタがやったのかい?」
ただの休憩小屋だった建物は、いつの間にか広く大きく、そして綺麗になって
外観も大きく変わっていた。
「いや、最初みた時は・・どこの豪邸かと思ったが・・、ここ・・は儂の・・仕事小屋
だ・・よなぁ」
放牧の老人は一度外に出て、もう一度中に入り男を見て・・もう一度外に出る。
「あ、・・・その・・・、すみません・・、建物が・・少し痛んでいたようなので・・改築を・・」
「あんた・・大工か?・・そうは・・見えんが・・・」
男は痩せていて、顔色も悪く、髪も伸び放題で目も見えない。
それに老人が見た事もない服を着ていた。
「行く・・あてがなかったので・・使わせてもらいました・・。すみません・・」
「いや・・別に・・構わないよ。ほら、この辺には村がないだろう。旅の人が休憩して
くれれば・・と思って作ったものだからな。・・行くあてが無いのかい?お前さん・・」
「・・・えぇ」
「どこから来たんだ」
「赤坂です」
「アカサカ?聞いた事のない地名だなぁ・・、随分遠いんだろう・・。まぁいい、良かったら
儂の村に来るかい?」
「・・・・え、いいんですか?」
「あぁ、勿論、何もない村だが。ここで過ごすよりはいいだろうし、アンタ腹が減ってるんじゃないか?
それに顔色も悪い。村で少し休んで行けばいいさ」
「・・あ、ありがとう・・ございます・・・」
男は老人と、老人の家畜と一緒に村に向かう事にした。
『老人・・男・・52歳・・、にしては老けてるな・・、腰も曲がっているし、脚も悪くしている。
妻・・他界・・・、息子夫婦と同居・・、孫が4人・・。まぁまぁ幸せそうだな・・。
他人の俺を迎え入れられるような余裕はあるようだ。』
先をゆく老人の背中には多くの情報が書き込まれている。
それを読み、把握し、改ざんするのが男の能力だ。
『・・ん?息子夫婦や孫には疎まれている・・、か。これは・・、村に長居は出来そうもない。
この国の事を聞いて、さっさと次の場所に移るとするか・・』
「あの、ここはどのあたりなのでしょうか。近くに大きな・・その村以上の拠点はありますか?」
「ん?ここは、サウスザーク地方だよ。近く・・とは言え馬で何日かかかるが・・クラド王国がある。」
「クラド・・王国・・ですか?」
「アンタそんな事も知らないのかい?「勇者」の王国だよ。」
「勇者・・」
「あぁ・・何でも、国に危機が訪れると国には勇者が現れ、その元凶である魔王を打ち滅ぼしてくれる。
そして、国は平和になる・・と。昔から語り継がれているがね・・。」
「魔王と・・勇者・・ですか・・。」
「最近新しい勇者が生まれて魔王城に向かったという噂があったよ。毎年の噂だがね・・・」
「国は・・危機に瀕しているのですか?」
「さぁねぇ・・儂らのような村の住人にはわからんよ・・」
「・・・特に・・村人には影響がない・・・と」
「大きな声では言えんがね・・、大雨や風、病気は、魔王を滅ぼしても止む事はないからね・・
最近じゃ王国でも飢饉が起きたって話だよ。村に逃げ出してくる者も少なくない」
「・・・・」
「王国に行くのは良いが・・仕事を探すなら慎重にな・・。兵役に取られないよう気をつけな。
アンタの体じゃあ、まず持たないだろうからね」
「・・はは・・、そうします・・・。」
男は薄々と国の正体を知り始める。
この国には「魔王」も「勇者」も居るが、ファンタジーではなく、現実の世界だ。
しかも男が元居た世界のように、見た目は華やかだが、少し視線を反らせば貧困と隣り合わせ
という混沌とした現実世界。
男の口許に自然と笑みが浮かぶ。
「あの・・」
「ん?」
久しぶりに歩き続けて足の裏が痛む。
そもそもこの靴で、この舗装されていない道を歩くのは困難だ。
「水と・・少しの食料で良いので分けて頂けないでしょうか・・。その、金を持っていないので・・。
あと・・服を・・、もし・・頂ければ・・」
「そんなの気にしなくても、水も食料もやるさ。服も息子のをやるよ・・その服・・歩きにくそうだもんな」
「・・ああ、ええ・・・。それで・・・その・・、お礼なんですが」
「礼なんていらないよ。まずはアンタ、少し休みな」
「いいえ、そういう訳には・・、あの・・、あなたは腰と足を悪くされてますよね」
「・・・え?まぁ・・腰はな・・、こう毎日山道を歩く仕事だと仕方ない。儂のオヤジも爺さんもそれが原因で
死んでいるし・・・儂もそろそろ・・」
「あなたはまだ若いので、と言いますか。そのうち平均寿命も延びますので・・気に病まないで下さい。
100歳まで生きる覚悟を持って下さい」
「100歳!はーっはっは!!人間はそんなには生きられんよ。100歳なんて魔物の歳だよ。儂はもう十分・・」
「今から、貴方の腰と肩を・・20代・・いいえ、10代の頃まで戻します」
「・・は?」
老人は足を止めて、後ろからやっとついてきている男を見た。
痩せた男は、額に汗を滲ませながら自分に優しい嘘を言っているのだと思った。
「そうかい、そうしてもらえるとありがたい・・、もし本当に儂の体を治してくれたら、馬を一頭やろう。」
「・・本当ですか?」
「ああ、旅には必要だ・・」
「では」
男が指先を動かす。
老人は少し笑って歩き出した。
「終わりました」
「・・ん・・?どれどれ・・・」
老人は体の変化にすぐに気づいた。
いつも見ている低い景色が高く見える。自然と腰に手をやるとそこには痛みや疲労感は無く
まっすぐに伸びた背中を摩る。
そして、一度崖から落ちて怪我をした足も、力強く大地を踏みしめていた。
「どうですか・・?さすがに・・細胞の活性化は・・・もう、難しかったので・・、今はこれくらいしか・・」
「アンタ・・・治癒師だったのか?」
「ちゆ・・し・・、いいえ俺はプログラマーで・・」
「プログラマー?魔術師の事か??おお、凄いな!体が・・軽い!本当に10代に戻ったようだ!」
老人は体を動かし、脚を叩き、そして男に抱き着いた。
「アンタは本当に凄い治癒師だ!!村に来て・・どうか、他の奴も診てやってくれんか!!」
「・・あ、いえ・・俺は・・」
「頼む!!村には儂と同じ・・働きたくても体がどうにもならん奴らが沢山いるんだ!俺の親友もそうだ。
働けないから肩身が狭くて・・、毎日「死にたい」と言っている!どうか!頼む!いやお願いします!」
「・・・」
「勿論金は払う!旅に必要なだけ用意する!だから」
「・・・・・えぇ、まぁ・・・、その・・、あまり・・この事は口外して欲しくなくて・・・ですね」
「そ、そうなのか。誰にも言わんから!頼む!」
結局、男は老人の頼みを断れず・・村に向かう事にした。
村の入り口で老人は
「すまんが村の裏手で待っていてくれ。水と食料はすぐに持って行くから。
あと、夜になったら診てほしい奴を連れて行く。それままでどうか・・村にいてくれ」
そう言って、何度も振り返りながら村に入って行った。
「人間の治癒の実験だったから・・、あの人には悪い事をしたし・・・な。
ここで旅の支度が整うなら・・それもアリだ。それに」
男の指は無意識にキーボードを叩き続ける。
「暇つぶしに・・なるかな・・・・」
老人は約束通りすぐに水や食料と服を持って来てくれた。
男は村の裏手、木の影に腰を下し夜を待つ間、服を着替え、水を一口飲んだ。
そして干し肉をひと口齧ると、そのまま目を閉じる。
村では子供の声が響いていた。
「こら!アンジュ!待ちなさい!!」
「やーだーぁー!捕まえてみてよ!母さん!!」
「待ちなさい!!この子はもう!!」
「キャハハ!!」
『うるせーなー・・、子供の声は耳障りだ・・・』
「あれ?あそこに誰かいるよ?」
「またそんな事言って!母さんを驚かせようとしても無駄なんだから!」
「本当よ・・・、なんか・・少し怖いわ・・」
「な、何よ・・この子はもう・・、ほら、何も怖いものなんか無いから、早く家のお手伝い
しなさい!」
「それは、やーだー!!!あはははは!!!」
「アンジュ!!」
『・・元気で何より・・、だな。もっと殺伐とした村だと思ったが・・、それぞれ家庭の事情は違うと・・
そういう事か・・。ま、平和が何より・・だ。俺も自分の力をどこまで改変できるか試したいしな・・
あと・・タバコ・・吸いてぇなぁ・・』
男は少しだけ眠りに入り・・・陽がかげる頃目を開けた。
景色は相変わらず・・なだらかに・・どこまでも続く平野。
風は少し冷たくて心地いい。
「クライアント・・・いやサンプルはまだかな・・、と言うか・・この国の通貨も知っておかないとな・・。
この村でぼったくられるのは構わないが、他の村で同じ目に遭うのはごめんだしな・・
稼げるなら稼げるだけ・・」
「そうよねぇ・・・、おかね・・、大切だものねぇ・・・・・」
「!!!」
いつの間にか男の側には老婆が一人「よっこらせ」と掛け声をかけて男の前に座り込んだ。
『こいつも・・まだ50代か・・・、まるで80代に見えるな・・。ええと・・過去の飢饉により摂食障害・・
骨粗鬆症か・・・、病名はよく聞くけど・・骨組織を改変なんか出来るのだろうか・・。とにかく・・、
その歴史を改変・・でもそれじゃあこの人の記憶を消す事になる・・・』
男は指を動かし始める。
『いや・・、ソースを読んで・・ここに・・プログラムを挟んで・・、いや、「突然病を克服し元気になる」・・とか。
そういう記述は・・エラー、ですよねぇ・・、全書き換え・・・うぅ・・、頭が痛いぜ・・。もっとソースを読み込んで・・・
体組織の・・記述を探す・・。あった!・・・うぇ・・長ぇ・・・・。しかもバグだらけだ・・・
バグ・・を正常に・・』
「この世界の通貨は金貨が一番高価なもので・・、次が銀、次は銅・・・。
金なら銀50枚、銅なら150枚相当。銀は銅で250枚相当ね。」
「さすが、元・教師。教え方がわかりやすくて助かります」
「ええ?あなた・・私が教師だったのを知っているの?」
「・・いや、その・・教師のような口ぶりだったので」
「うふふ・・そうねぇ・・、遠い・・昔の事でねぇ・・、懐かしいわぁ・・」
話を続けるその間にも男の指は大地をキーボード代わりに叩き続ける。
『バグを消す・・バグを消す・・、再構築・・・、変換・・、バグは・・殺す!』
「どうしてここに」
「・・ええ・・・、ここに、どんな病気をも治してくださる治癒師がいらっしゃると聞いてね・・
どのような方なのかと・・、ほら・・私、もうすぐ死んでしまうから・・・・・。
そういう・・素敵な殿方は一度見ておきたいと思ってねぇ・・」
「・・体を治しに来たのでは」
「そうではないのよぅ・・。私はもう、死を受け入れているわ・・。あの人も、一人娘も死んでしまった・・。
私は、この杖がないと歩けなくなって・・もう、今ではそれも辛くなって・・、そろそろ天使様がお迎えに来るのかと
そう・・・思っているのよ」
「天使が居れば、神が存在しますが・・、神はあなたを病から助けない。それでも」
「そういう・・ものなのよ?人の心は。最期には安らぎを求めてしまうものなの」
「・・・俺の世界には神などいなかった。あるのは企業ノルマだけ。俺は死ぬほど限界まで・・・
毎日毎日キーボードを叩き続けた・・・」
「そうなの・・辛い毎日を送っていたのねぇ・・」
「いえ・・、そうでもないですよ。限界を超えそうになると、人間の脳は体を守る為にドーパミンという物質を吐き出す。
それによって、多幸感を得るんですよね・・・・。おかしいですよね・・どれだけ脳が体を守ろうとしても・・
人間は・・俺は・・限界まで、死ぬまで、働かないといけないと、そうしないと、社会人ではないと・・・・・
思い込んで・・、手を、止める事が・・出来ないんですよ。」
「・・そう・・・」
「もう少しで・・あなたのバグは全て消えますよ・・、もう・・少し・・、もうすこ・・・し・・・・で・・・、すべて・・ころ・・す・・」
「治癒師さま・・いけないわ!大変!」
老婆の慌てる声がして、男は自分が地面に倒れている事に初めて気付いた。
男が次に目を覚ましたのは、硬いベッドの上。
天上は低く、暗い部屋の中だった。
「デバッグ!!」そう叫んだ自分の声で飛び起きる。
「まぁまぁ治癒師様・・、大丈夫ですか??」
ここはあの老婆の家らしい。
「俺、どれくらい寝てましたか?」
「えぇ、2日程・・、余程疲れてらしたのねぇ・・」
「2日?!!納期は!」
「・・・えぇ、もう、大丈夫よ・・それに、見て下さいな、治癒師様」
老婆は杖も持たず、軽やかなステップを踏み、男の前で最後に大きく回転してみせて
恭しく礼をした。
「体が・・、歩けなくなっていた私の体が・・、動くようになりましたよ。
これもすべて・・治癒師様のおかげですわねぇ・・」
「・・・・」
「他の誰より一番乗りで体を治して頂いて・・、他の人に怒られてしまったの。
でも治癒師様・・、こんな・・神の奇跡のような力は簡単に使うものではないわ?
自分のお体を大切にしないと・・」
「2日も休んだなら十分です。次のクライアントを診ます」
男はベッドからおきあがろうとするが、うまくいかない。
「もう少しお休みになって下さい。おやすみ・・・」
「・・寝るのは・・嫌だ・・。効率が・・さが・・・る・・」
「では、歌を歌ってさしげましょう・・」
「・・・これが、俺の力の限界・・・か・・・」
男は老婆の皺枯れた声で歌う子守歌に誘われるように眠りについた。
『活動限界時間が存在する、力の使い過ぎは疲労感を伴う、しかし体組織の再構築も可能。
デメリット・・メリット・・、どちらを優先する・・。
メリットを取り・・デメリットをデリート・・いや、再構築・・増幅・・、力の源は・・魔力・・
「魔王」が居るんだ・・、魔力、と言うものも存在するだろう。
魔力の構成・・、難しいな・・。何故だ・・・、ん?人間ではエラー??馬鹿かよ・・
俺の体だろ、俺のプログラミングに従え!
エラー・・これも・・エラーか!くそが・・、書き換えろ・・自分の体を・・、書き換えろ・・
多少のバグは初期設定では仕方ない、後にパッチをあてればいい。
書き換えろ・・、俺の言う通りにしろ!俺の体!!!』
男は目を開ける。
老婆は子守唄を唄っていた。
「・・ありがとう・・もう、大丈夫ですから」
男は体を起こし「村の外に居ます、他の方を呼んで下さい」と告げ心配そうに見送る老婆に
会釈して家を出た。
「アンタ!本当に大丈夫か!!」
最初に会った老人が男を心配そうに見て肩を叩く。
「儂が・・無理を言ったばかりに・・」
「いえ、大丈夫ですよ。お待たせしてすみません。あなたのご親友の方は・・」
「ほら」と老人に言われて、おずおずと姿を見せたのは、老人と同じように腰の曲がった男だった。
「腰骨が曲がってしまうのは、同じ格好で長時間の仕事をしているからです。
それくらいなら少しの矯正で治せますから、ご安心を」
男が負う通り、老人の親友の腰はあっと言う間に伸びて、二人は驚いたように顔を見合わせて
抱き合って喜んだ。
「次の方は?」
「・・いいのかい?アンタ・・、そんなに力を使っては・・」
「大丈夫ですよ、あなたが俺にしてくれたように、俺はあなたの知り合いに出来るだけの事をします」
「・・・治癒師様・・」
「はは・・、出来る事をしているだけですので・・、でもこの事は・・」
「口外しないよう、だろ!わかってるさ!」
老人はそれから数人の、歳の近い者達を連れてきて・・
男はその全員を治してしまうと、村を出る事を老人に告げた。
「ああ、そうだな・・、本当にありがとう・・、皆、若返ったようだ。
村を作ったあの日みたいにね・・、あ、水と食料と・・馬、あと少ないが・・」
老人はすまなそうに男に革袋を手渡した。
「金だ」
「ありがとうございます。・・でも、これ頂いても・・よろしいのですか?」
「いいに決まってんだろ!アンタ!人が良すぎだ!・・・騙されないよう。気をつけるんだぞ!」
「・・あ、はは・・、えぇ・・。気をつけます・・。が・・その、ひとつだけ・・」
「ん?何だ」
「俺は持てるだけの力であなた方の体を治しましたが。それは完全なものではなく・・、
もしかしたら・・元に戻る可能性も」
「それでいい」
「え?」
「それでいいんだよ。儂らは・・いい夢を見ている。それで構わないんだ」
「・・・不完全な・・仕事・・となりますが」
「何も儂らは若返らせてほしかった訳じゃない。年齢は重ねるもので、巻き戻すものではない。
皆もう・・何年も生きて色んな事を経験している。それくらい、わかっている。」
「・・・・」
「アンタこそ・・これからの人間だ。良い旅を。良い女と出会って早く結婚しろ。子供はいいぞ。
本当にな・・、アンタの生きがいになるだろうよ」
「・・はは・・、そうです・・かね・・」
「ほれ!早く行きな!」
「はい!・・・ありがとうございます。」
男は馬を引いて歩き出す。
『結婚・・子供・・かぁ・・俺には一生縁遠い話だな・・・フフ・・・』
そして男は王国を目指して歩きだした。
結局馬に乗る事は出来なかったので、申し訳ないと思いつつ途中で立ち寄った村で売り払った。
長い旅の途中で何度か怪我人や病人を助け、謝礼を貰い、王国に着く頃には手持ちの金も重くなっていた。
王国は・・男の予想通り・・・。
資料で良く見たような世界だった。
上流階級、貴族と呼ばれる者が頂点に立ち、何も持たない者達からすべてを奪い去る国。
国に入り、華やかな中央広場を抜けるとすぐにスラム街が姿を現す。
男は満足げに微笑む。
「取りあえずは住処か。探してみよう」
男が「名医アギト」としてスラム街に名を広めるのは1年ほど先の話だ。
男の本名は「秋人」なのだが、街の住人には「アギト」と聞こえるらしい・・・。
アギトは聞くからに中二病らしい名前に最初は戸惑ったが、今では自らその名を口にしている。
そして更に2年が過ぎ、アギトはすっかり町医者として名を馳せていた。
貧乏人の患者ばかり診ているので稼ぎは少ないが、金を使わないアギトにはそれも良しと
言えた。
そんな彼が足しげく通うのが「魔法術学院」の図書館だった。
この場所に足を踏み入れる事が出来るのはスラム街の人間では難しいが、学院長の息子の
病気を治した時に手にれたコネで入り浸る事が出来る。
『無料で本を閲覧・・なんて当たり前だと思っていたが、この時代、本は貴重なものらしいな・・
この規模で・・図書館とは・・笑わせる・・』
図書館の本は全て解読し、理解した。
アギトは理解力が飛びぬけて高い訳ではないが、それでも読破できる程の蔵書しかなかった事が悔やまれる。
『すなわち・・魔法とは・・魔力を糧に文言を通して作られる力。
人間には魔力量が少なく、魔力量を増やすには年月と経験が必要。
俺の魔力量は経験値を5倍にして・・年月を10/1にコストカット・・これが限界だったな。
そこそこ、魔力量も溜まってきた。今までは暖炉の薪を炎魔法で燃やすくらいしか
使っていないが・・いざという時には・・ん?』
アギトの前を馬車が通り過ぎる。
馬二頭に御者が二人、荷物には布がかけられていたが、風で翻って中身が見え隠れしている。
人間の手足。
中身は人間・・奴隷だ。
『あれが奴隷か。』
アギトはふと考える。
自分がこの世界に転移してきた時。
着の身着のまま、この世界では「異端」とも呼べる姿で、知らない土地に立っていた。
出会ったのがあの気さくな老人ではなく・・奴隷商人であったなら・・。
そんな人間に攫われ、売り飛ばされてもおかしくはない。
いや、それ以前に。
この世界に転移して来たのは自分だけなのだろうかと・・アギトは考える。
『何故今までそんな事にも気づかなかった、可能性は全て拾い上げなければ、
完璧なものにはならない』
アギトの心は逸る。
もはや以前の職業病とも言えた。
アギトは馬車の行った先を歩き出した。
「奴隷売買」と言うからには、バックには大きな組織があって、購入者の出入りも困難だ、
・・・そう思っていたアギトの考えは簡単に覆される。
「奴隷市場」は比較的オープンな場で、初めて訪れたアギトも誰にも何も咎められる事もなく
「商品」を見る事が出来た。ほとんどが子供、そして女。
アギトは一通りそれを見て回り、溜息と共に市場を後にしようとした、その時。
「これはこれは・・、下町の神ではありませんか!今日はどのような商品をお求めで」
大柄で褐色の肌をした男が声をかけてきた。
「・・下町の・・神?俺の事か?」
「ええ、何でも、王国の治癒師が匙を投げた患者でもたちまち治癒させてしまう・・という・・。
しかも代価はいつまでも待って下さると、もう街では評判ですよ!
ご本人が存じ上げないとは・・、これもまた神のような方の考えですね」
ニコリと褐色の男は笑った。
「で?そのような神が、奴隷を・・?はたまた・・慰み者をお探しですか?
いいえ、何も仰らずとも・・、我々の仕事は信用第一ですので・・。
神の性癖など街に知れ渡る訳もありません」
「・・・・性癖って。もう俺には性欲なんかないさ。毎日仕事仕事・・仕事が恋人で。
奴隷市場は初めて見たので寄ってみただけだ。それでは」
「神よ」
「その神はやめて欲しい・・」
「とっておきの商品が2点ございます」
「・・だから」
「どちらも子供ですが・・・、不思議な髪色をした、見た事もない服を着ていた子供、ふたりです」
「・・・」
「不吉な髪色をしておりまして・・、売り物には出していないのですが・・、その子供が着ていた服、
だけでもご覧になってはどうですか?」
アギトは頷く。
褐色の男は男をテントの中に案内した。
テントの中には悪臭が立ち込めていた。
大小さまざまな檻の中に何かが蠢いている。
「こんな臭い場所にいるのが使える奴隷な訳ないだろう。売れないのも当然だ」
「まぁまぁ・・こちらには獣種も居りますので、その辺はご勘弁を」
「獣?モンスターの類か?モンスターを王国に持ち込むのは」
「えぇえぇ、なので、表には出せないのですよ。モンスターと言ってもまだ幼獣です。
中には珍しがってご購入される方もいらっしゃるのですよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「どうぞ、王国にはご内密に願います」
「・・で、その服、と言うのは」
「こちらです」
褐色の男が合図をすると、鎖に繋がれた子供が服を持ってくる。
アギトには見覚えがある・・蛍光オレンジのパーカーと、ピンク色のダウン。
防寒具だろうグレーの肌着。
戦隊ものの写真が印刷された靴、ピンクのスニーカー。
「どれもこれも不可思議なものでして、色もその・・奇抜で、呪いのかかった商品だと」
「これを着ていた子供はどこだ!」
「こちらへ」
男が案内する先へアギトは走り出した。
小さな・・小さな檻の中。
二人の子供は衣服をすべてはぎ取られたまま、鉄の首輪をつけられ、お互いを庇うように
抱き合いながら蹲っていた。
「千寿・・未来、尊。男女の・・双子。・・・5歳?!・・・だと!
貴様!子供をこんな所に閉じ込めやがって!!!」
アギトは檻の成分をすべてデリートした。
その瞬間、紫の髪がアギトの目に写る。
そして同じように紫の瞳をした双子が、アギトを見た。
「おやおや・・檻が・・。まぁ、お気に入り頂けたのなら・・・、お買い上げ頂けますかな」
「金貨1枚だ、それ以上は出さない」
「えぇえぇ、まぁ商売人としては惜しいですが、今後の事を考えますと・・はい。今回はそちらで」
「今度」
「ん?」
「今度、子供をこんな目に合わせたら・・・お前を分解してやる」
「あぁ、恐ろしい。では、「同じような」ものが入荷しましたら、ご連絡いたしますね」
アギトは双子を抱いて檻があった場所から降ろすと、彼らが着ていたであろう服を革袋に仕舞い
「おい!何か羽織るものを持って来い!」と褐色の男に叫んだ。
自分が、こんな大声が出せる事に、自分自身が驚いていた。
『くそ・・こんな不衛生な場所にどれくらい閉じ込められていたんだ。
蚤、虱・・擦過傷多数に・・褥瘡・・・。乾燥による皮膚の痒症・・・。心的外傷・・・』
男から受け取った粗末な布に二人を包むと、アギトはふたりを抱いて外に出た。
『こんなもの全てデリートだ、残しておく価値もない。書き換え・・・・、1年?あの檻の中で・・
1年も・・過ごしていたのか・・。4歳の時から・・?そんなの有り得ないだろ・・。
それに・・』
アギトは腕に抱く、二人のその軽さに忌々しさを感じていた。
「・・・・パパ・・?」
「え?」
「パパ・・?どこ・・、目が・・・見えない・・・」
本来ならふっくらとした腕であっただろう幼い小さな腕には
骨が浮き出て、その手は必死に「父親」を探している。
「・・俺は・・アギト・・。お前らの・・父親じゃない・・けど。必ず助ける。」
「・・・ママ・・・」
「ママ・・どこ・・」
『ママはさすがに俺には無理だろ・・それに・・、こいつらはもう・・親には会えない。
あぁ・・どこまでデリートすれば・・、親の記憶か・・・・、それは・・。
それは今はどうでもいい!とにかくこいつらの体をなんとかしないと・・』
アギトは家まで二人を抱いて、出来るだけ走った。
『体の傷はヒールで・・、網膜が焼き切れている訳じゃないから・・視力はしばらくすれば治るだろう。
蚤や虱・・はデリートして・・・。後はフロに入れて、飯を食わせて・・乾燥した肌には油を塗って・・
あぁ・・もう・・!どうしてこう子供は体が弱い!』
この時代では風呂で体を清潔にする、という文化は乏しいらしく、体を洗いたい時は部屋で湯を沸かし
大きなタライに湯を張って体を洗うくらいしか出来ない。
アギトは体力が無い。
腕力も乏しい。
そんな彼がタライに湯を張り、二人の体を洗い、濁った水を外に捨て、そしてまたタライに湯を張り
二人の体を洗う作業は夜中までかかった。
「す、少し・・は・・綺麗になった・・な。元の・・肌色だ、多分・・。つ、次は・・飯・・だな・・。
飯か・・何かあったか・・。えぇと・・粥がいいが・・・・・・麦は・・無いな・・。玉子も・・無いな・・。
リンゴ・・くらいか・・。今、皮を剥くからな・・・、少し・・待ってろ・・・・」
ミライとミコトは大きな布に包まれたまま、アギトの後ろ姿を見ていた。
そのうち・・ミライが腕をかきむしり始める。
「おいおいやめろ!痛いだろうが!」
「かゆい・・、かゆい!!」
「そうだな・・油・・。油を塗らないと・・」
「かゆーい!!」
「わかったから!」
アギトはヒールでミライが血がにじむほど掻き毟った腕を治し、獣油を探す。
「これだ、これ!乾燥肌にはこれが効く。腕か?」
「首も・・」
「そうか・・・首な・・、後はまぁ、全身だよな・・、えと、ミコトは痒くないのか?」
「・・うん」
「そうか、でも一応塗っておこうな。尻とか足もだよな・・あぁ・・もう・・、お前らの体のほとんどは
水分で出来てるっていうのに・・。何故乾燥する・・」
「かんそうはだ、だから」
「はいはい、わかってるよ・・ミライはよく喋るなぁ・・、こういう時は女の子のミコトが良くしゃべると
思うんだけど・・」
「・・・・」
「ミコトはアレルギーが多いよ、こむぎ、たまご、そば、えび、かに、ぴーなつ
が食べられない。食べたら咳が出てかゆくて止まらなくなる」
「アナフィラキシーはデリートしよう・・、この世界で食べられるもの・・肉か魚か果物か・・」
「ばななも食べれれない」
「・・ラテックスフルーツ症候群・・かぁ・・、あー・・そうか。気をつけないとな。でも産まれつきのものは
デリート出来ないんだよなぁ・・・・」
「・・・ごめ・・ん・・なさい・・」
ミコトがつぶやく。
「ママも・・困ってた。皆も・・困ってた・・・」
「理由がわかればどうって事ない。気をつければいいんだからな、それにミコトはまだ子供だ。
何でも少しづつ食べていけばアレルギーも克服出来る。実際大人になってアレルギーがなくなった
って奴は多いからな」
アギトはふたりに獣油を塗ると、その体には大きすぎるローブで包んだ。
「着る服がないから、今日はそれで我慢してくれ。布団代わりにもなるだろう、あ、あとリンゴ
ほら、喰え」
「・・・・」「・・・」
「摩り下ろした方がいいか・・胃にも負担がないだろう、分解」
二人の目の前で更に乗ったリンゴは細切れになった。
「わぁ・・・」「・・・」
「えーっと・・スプーンは・・あったあった。」
てっきり食べ物にがっつくと思っていた二人は、アギトから大き目のスプーンを受け取ると
静かにスプーンでリンゴを食べ始めた。「美味しい」も「不味い」も口にしない。
最初はそれこそ食べ物にがっついてもいただろう、しかしミコトには食べられないものも多い。
それを見てあの男に何かされたのかもしれない。
二人にとって食事とは、もう、そういうものになってしまったのだろう。
アギトは二人を眺めながらやっと椅子に腰かけた。
久しぶりに「疲れた」と感じた。
そんな生活が続く事数か月・・
ミコトの泣き声で目を開ける。
アギトは椅子から立ち上がり、ミコトを抱き上げてあやすが一向に泣き止まない。
もう毎日の事だ。
「なんで泣くのかなー・・、理由を教えてくれたら消すんだけどな・・」
「ままぁ~ままぁ~!!!」
「はいはい・・それは無理なんだって・・、せめて・・パパの代わりで勘弁してくれ。
それとも両親の記憶を消してもいいのかな・・」
「いやーー!!!ままぁ!!!」
この数か月で少しは体力も戻り、子供らしい体型戻ったミコトは全身の力を使ってアギトの顔を
両手で押しのけようとする。
「いたたた・・痛い・・痛い・・って。」
「うわーーーぁあああ!!ままぁ・・」
「このまま泣き続けると・・」
ドンッと壁の向こうから音がする。
『うるせぇぞ!ガキを黙らせろ!!眠れやしねぇ!!』
「はいはい・・・・、それは俺も同じでーす・・。まぁ、俺は寝なくてもいいんだけど・・。」
「ままぁ・・、・・ままぁ・・」
「沢山泣いて、疲れて、寝てくれ」
「・・うっ・・うぐ・・っ・・」
ミコトがうとうとしかけると・・・
「んだよ・・うるさいなぁ・・」とミライが目を覚ます。
そして、アギトに抱かれて眠っているミコトを見て嫉妬し始める。
「なんだよ、ミコト!またアギトおじさんに甘えてんのかよ!!」
「ミライ・・、ミコトは今寝た所だから」
「甘えてないもん!お兄ちゃんのばーか!」
ミコトはアギトに抱き着く。
「お兄ちゃんじゃねー!ふたごだろ!こんな時ばっか妹みたいにして!
ミコトはずるいんだよ!」
「ずるくないもーん」
ミライはベットから起き出してアギトに向かって両手を差し伸べる。
「もう二人を同時に抱き上げるのは無理だって・・」
「ん!」ミライは更に手を伸ばす。
「・・俺の腰・・持ってくれ・・・」アギト呪文のように自らの腰に念じ、
力を入れてミライを抱き上げ、よろめきながらベットに座った。
二人が望むようにすれば、次は・・
「お兄ちゃんはどっか行ってよぉ!」
「うっさい!お前がどっかいけ!」
「アギトおじちゃんは私のだもん」
「俺のだ!」
「わたしのー!」
「おれのーー!」
双子の喧嘩が始まり、再び壁は殴られる。
「寝ろ」
アギトに言われ、二人の腕から力が抜ける。
今はすっかり眠りに落ちてしまったふたりにシーツをかけて、アギトはまた硬い椅子に腰かけた。
「子供は・・、俺には無理だな・・。でもそろそろ・・ふたりにも能力が現れる・・のでは・・。」
眠ってしまった双子の履歴を辿る。
アギトのように前職に関わるような力は勿論持ち合わせていないだろう。
転移者、というだけで二人を引き取って育ててはいるが力が目覚めるのはいつの事だろうか・・
果たして使い物になるのだろうか・・。
もしこの双子に力が目覚めない時は・・・アギトはただの「保護者」になってしまう。
「それは、無理だな」
もう一度呟いて、アギトは目を閉じた。
クラド王国はこの世界でも唯一「勇者」を持つ国として広く知られている。
勇者とは悪の魔王を倒し、世界に平和を呼ぶもの。
その勇者の血統を守り続けている誇り高い国だと、
そう多くの人間が認知していた。
しかし、悪の魔王は何度倒しても蘇り、再び国に災いをもたらす。
それは飢饉であったり、疫病であったり、人間にとって不都合なものは
全て悪であり、魔王の仕業である。
そう誰もが信じていた。
国の重要書類の保管庫に男が一人鼻歌を唄いながら入室する。
長く伸びた前髪を白い指先が払う。
その顔には生気は無く、ただ長い睫が縁どる青い瞳だけはギラギラと輝き
目的のものを探している。
石畳を蹴る靴の音は軽い・・その痩せた体を隠すように魔法使いのローブで包み込んでいた。
男は目当てのものを見つけると、それを指差し数えだした。
「計・・3枚・・。100年に1枚の計算だとすると300年分。そして、新たな書簡」
男は小さな封筒を取り出すと、中身を広げる。
「ま、統計学的には数が圧倒的に足りていないが、ここまでバカ正直な
ものだと間違いようもない。
そして広がる「迷いの森」と、斥候の兵士の「白骨」死体。
元、勇者の仲間の証言、その他諸々・・・
間違いないね。
魔王は一度も死んでは居ないし、勇者は生きている。
だが国には戻らない何故か?
「もう死にかけて、魔王を倒す事はおろか、人間にも戻れないはず」
の、勇者は魔王に保護されている。それは何故か。
間違いなくあちらにも居るのだろう、転移者や転生者が・・魔王の他にも人間が。
そして魔王はその人間たちをも保護している。
こんな手紙をわざわざ、400年も送ってくる魔王様だ、さぞ人間にお優しい方なのだろう。
この国は人間は救わないが、魔王は人を救う・・か。
ま、よくある話だ。
俺好みの、よくある話だ。
さぁて、あちらの軍師はどう出る?何を考える?もう動いているはずだ。
こちらも面倒な奴らをさっさと片付けて準備をしようか。
なにせ、人間の寿命は期限付きだからな、楽しまなくてはいけないな」
男は再び封筒を胸元に仕舞うと、保管庫を後にした。
クラド王国、近衛騎士団団長室。
陽の光が差し込む広い部屋には騎士団長リフが長い年月と供に深く刻まれた皺を
更に歪めて目の前の男を見る。
「その話は本当かね、アギト法戦士指揮官殿」
アギト・・と呼ばれた男は静かに頷いてみせた。
「この話をすぐにでも国王に進言し、行軍を始めるべきですリフ団長。
先ほどもお話した通り、魔王は存命です。
我々は勇者などに頼らず行軍し魔王を討伐し、囚われた転移者・・能力者を我が国で
保護するべきです」
「しかし・・、もう何度も騎士を派遣したが・・・戻ってくるものは・・」
「あの白骨死体の騎士・・国を出立した時期を考えると白骨化するのはおかしい。
彼は魔王の情報を何か手に入れたのでしょう・・・・、魔王の正体を見たのかもしれない。
だから、あの死体は「警告」でもあります。
しかし警告してくるだけで城下の人間は襲われては居ない。
あちらは酷く警戒していると推測されます。人一人は殺せても、軍隊を迎え撃つような力はないのかも・・
しれませんよね・・。
迷いの森は能力者が居れば問題ありません。戦士の行く手は私の庇護下にある部隊が先導し
魔王城まで導きます。」
「しかし・・」
アギトはソファから立ち上がり、窓の外を眺める。
「メディス国が軍事力を拡大しているのをご存知でしょう」
「いかにメディスとは言え、この王国に闘いを挑む事は」
「あちらにも居るのですよ、能力者が。でなければこの短時間での軍事拡大はおかしい。
いつまでも「勇者」の存在に縛られていると、数年後にはこの国の名前が変わる事になるでしょう。
だからこそ、今、魔王城に向かい、魔王を討伐し、勇者や能力者を保護するのです。
と、ともに。あの広大な土地を我が国のものとし、近隣の村々から能力者を集め
強力な軍隊を作るのですよ団長。
魔王を捕縛し協力を仰ぐことが出来れば一番よろしい結果になりますね。」
「ま、魔王を捕縛?!・・だと」
「えぇ・・、これは憶測ですが魔王はなぜか勇者・・人間に執着し、命を助けている。
あの森や、山に住まうモンスターの数体が魔王城に逃げるのを見た村人も居ます。
しかし、迷いの森で姿が確認されたモンスターはミノタウロス1頭。
他のモンスター達はどこへ行ったのでしょうかねぇ。
もしかしたら、魔王とは・・ただの気の良い魔法使いなのかもしれませんね。
しかし魔王城に住む限りは「魔王」です。
その力が我が国にあると他の国が知ったら・・さて一体どうなる事でしょうか。」
リフは腕組みをして暫く考える。
捉えようのない男だ・・それが第一印象だ。
数年前、ふらりとやってきた旅人は豊富な知識と、人間離れした魔力を持っていた。
最初はにこにこと愛想よく笑い、貴族の階級も無いのにどこかで手に入れたツテを使い
爵位を得て王宮に出入りするようになった。
いつしか法戦士になり、とうとう指揮官にまで上り詰めた。
その術で様々な情報を国にもたらし、飢餓も疫病の発生も最小限で押さえて見せた。
今では国民は国王の次に彼を崇めている程信頼されている。
たった数年での出来事だ。
彼を訝しみ、王宮から追い出そうとした貴族や騎士達は皆、現在行方不明である事もまた
事実ではあるが、だからこそ彼の存在に異論を唱える者も居なくなった。
そして今回の魔王城遠征の話である。
「あちらにも、私と同じ考えの者が居るでしょう。
このゲーム。先手が断然に有利になります。
勿論決定権は国王にありますので、私はこれ以上は何も申しませんが・・・・・
この話は団長と私だけが知る事実になりますので、くれぐれも情報の扱いにはお気を付け下さい。」
アギトはローブを翻し部屋を出て行く。
部屋に残されたリフはすっかり残り少なくなった髪をかきあげて溜息をついた。
部屋を出たアギトの後ろに、アギトと同じローブに身を包みフードを目深にかぶった背の低い二人が続く。
「ミライ、ミコト、そちらはどうだ」
「はい、能力者みたいなひとは連行しています、転移者は見つけやすいから・・
洋服を着てるし、目立つし・・」
ミコトと呼ばれた少女は紫の髪をふたつに結び、同じく紫の瞳にアギトを映し
フードを外すしながら、殆ど小走りのような歩みでアギトの後を追う。
「転生者は無自覚な奴が多いから探すのは面倒だけど。大体が魔法系に特化してるって
アギトおじ・・・アギトさんが言った通りだったよ。
アギトさんの魔法学校に入りたいって奴の中に一人見つけたぜ。
能力は全魔法適正だ」
ミライと呼ばれた少年もフードを外す。
同じく紫の髪はつんつんととがっていて、腕白少年らしい笑顔をしてアギトの後を追う。
その瞳も紫色だ。
「全魔法適正か、居ても損は無いな。
すぐに使い物になるのは転移者、16歳から上の人間が望ましい。候補は?」
「・・・」
「・・・」
「居ないか、ま、いいさ。そうそう俺の軍ばかりを強化しては周りがついて来ないだろうからな。
二人は引き続き能力者を探すように。あと国から外には出ないようにな。」
「うん!」「了解だぜ!」
二人はアギトの命令を聞くと姿を消した。
「さて、こうしている間にもわが軍は後れを取っている訳だが・・。
後手を打ち、逆転勝利というのも・・、ゲームとしては面白い運びだ」
あれから。
双子はその能力を存分に発揮し、今やアギトの忠実な家臣だ。
能力が開花した時には「保護者」の役を辞めようと思っていたアギトだが
もう3年も一緒に暮らしていればそれだけ情も移る。
それにまだふたりは幼い事に間違いはない。
「まぁ、この国の事なら・・あの二人に任せても問題はないだろう。
ミライが調子に乗らなければいいがな・・」
保護者としてのアギトの意見は、王宮の長い廊下に消えていった。
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