閑話

家出魔王を「お迎え」に行く直前。


ハカセはタクトを連れて外に出た。


「・・なに・・。勇者・・君、待ってるよ・・?」

「君、その目はどうした」


ハカセに言われ、タクトは目を押さえる。


「目・・?あぁ、これ・・・」

「「能力」が「分岐」したようだ」

「・・?そう・・、なんだ」

「ただの「進化」か、それとも何かの代償を払ったのかね」

「・・・・・・んー・・・んー・・」


タクトは少し考え、そして「そうか」と呟く。


「昼間・・は、「色」・・が見えない。でも、夜は・・・全部・・見える」

「そうか、能力は分岐し力を増幅する、代償を伴うと」

「・・僕、の・・チート・・、能力。増幅、してる・・・る?」

「しているだろう、もはや君の力は「虫や動物と会話出来る」だけの

レベルではない。虫を操り、使役する事も出来る、実感はないのかね」

「・・・・・ない」


ハカセは「ふ」と息を吐き「欲がない子供はこれだから困る」と眉を顰めた。


「君の虫・・その右手の「もの」を、私に貸してもらえるか。

そして、君はその虫たちに命令して欲しい

「私が定めた標的を襲い、その体に纏う一部を私の元に持ち帰れ」と」

「・・・・んー・・・、複雑・・・、な命令・・・だな。僕・・が居ない・・・んじゃ・・、無理・・」


タクトの右袖がごわごわと盛り上がる。


「・・え?・・・出来るの・・・?僕は一緒に行けないんだよ?」


タクトの腕は再度何度も波打ち、タクトは「くすぐったいよ・・」と右袖を撫でる。


「そうか・・、出来る・・みたい・・・、連れて行って・・」


タクトが右手を伸ばし、ハカセは、少し考え白衣のポケットから空き瓶を取り出した。


「この中に入るよう言って貰えないだろうか?私は人を連れての転移も、

昆虫を連れての転移も初めてなのでな。もしも」

「・・いいよ。今から行くのはこの子たちの中でも精鋭部隊だ。

死ぬ覚悟もあるって、言ってる。

あんな勇者君を見せられたら黙っていられないと。」

「ふむ・・、虫にそんな感情があるのか」

「蟻の殆どは戦士だからね、・・・・・ほら・・お行き・・・。」


タクトの腕から流れるように出て来た黒い精鋭部隊はハカセの手にした空き瓶の中に納まってゆく。


「地面に放たれたら作戦開始、「戻れ」で瓶に戻る」


タクトはハカセにではなく、瓶の中の「戦士たち」に告げる。


「・・そう・・、あまり無理しないようにね・・。頑張ってね・・・、ハカセに噛みついちゃ駄目だよ・・。

うん、毒も駄目だ。ハカセの言う事聞いてね・・、嫌でも頑張るんだよ・・」


「私は「彼ら」に嫌われているのかね」

「うん。ハカセは「僕」じゃないからね、でもハカセは魔王様と同じで・・・・「障壁」を・・張れるんで、しょ。

それ・・で、身を護る・・・といい、よ」

「そうする事にしよう、さぁ、行こうか」


ハカセはスラックスのポケットに黒い瓶を詰め込んでラボに戻った。


魔王が勇者とアンジュを連れて転移し。

ハカセは「標的」を無事に打ち倒し、ラボに戻った。


待っていたのはタクトと・・・


「おかえり!待ってたよ!!」


普段は細い声のタクトが珍しく声を張って両手を広げる。

ハカセはビンを取り出し、蓋を開けると、仕事を終えた戦士たちは1匹欠ける事なくタクトの右腕に

戻っていった。


「・・あぁ・・、本当に・・心配した・・。

ん?・・・そう、転移は気持ち悪かったね。良く耐えたね、偉いよ・・。

誰も怪我をしていないね・・、誰も欠けていないね・・。良かった・・」


タクトは右手を何度も何度も優しく撫でて戦士たちをねぎらう。

ハカセはその姿を見ながら、これからの自分の発言にどれほど彼が戸惑うだろうか・・と

ふと心の隅で考えていた。そして、魔王城を見上げ忌々しそうに呟く、呪詛のように。


「全ては貴方の「罪」なのだよ。貴様様」



いつもの魔王の部屋に転移して、勇者は初めて顔をあげた。


「・・はぁ・・」

「大丈夫かい?勇者」


勇者は魔王の腹辺りに拳をぶつけると、また俯く。


勇者をアンジュ・・ふたりに抱き着かれたまま魔王はどうしていいか分からず、

取りあえず、アンジュを引き離す。


「嫌!」

アンジュは激しく抵抗をして魔王のローブに抱き着く。

「・・どうしたの?、もう何も怖くないさ・・、ここは僕の城だからね」

「いや・・、離れないで・・」


魔王は、試しに勇者を引き離そうとする。


「!!!」


がっしりと掴まれた「旅人の服」がミシミシと嫌な音をたてていた。

魔王は二人が自分から離れたくないのは分かるのだが、理由は分からない。

「ここ」は、こんなにも安全な場所だと言うのに・・・


「ふたりとも・・、疲れただろう?もう夜中だ、お休み」

「魔王も一緒に居てくれるの?」


アンジュは涙を零して魔王を見上げてくる。


「いや、僕は夜は勇者と」

「僕は大丈夫、魔王はアンジュちゃんと一緒にいてあげて・・・」

「え?!」


勇者が驚くと同時に勇者は魔王の側を離れ、洗面所に走って行ってしまった。


「勇者・・」

「あんなの!勇者なんかじゃない!人間じゃない!」


魔王はアンジュを連れて転移した。

転移した部屋は魔王の自室より狭い、ベットとクローゼットしかない部屋だった。


「そんな事、言葉にして言うものではないよ」

「でも!・・でも・・」


アンジュは、あの時たき火の向こうから魔王に飛びついて来た「勇者」を見た。

「勇者」とは人間だと思っていた。

だがアンジュが見たそれは、ただ黒く禍々しく、真っ赤な双眸に耳まで裂けた口を開いた。

それはまるで「魔王」の手先。

魔族の類だと思った。


「勇者はね、沢山の「不出来な魔法」を重ねがけられて、「あんな姿」になってしまったんだ。

彼が望んだ訳ではない。

今に僕がその呪縛を解いてみせるから、君はもう二度と「あの目」で勇者を見てはいけない。」

「どうして?!あれは・・、いつか魔王を滅ぼすものよ。どうしてあんなもの・・側に置いておくの?」

「それは君には関係ない」


アンジュは何度も頭を振り魔王に抱き着く。


「・・あなたが私を生かした。だから!あなたは、私の事を大切にしなければいけない!」

「そのような契約は結んではい。いや粗末に扱うつもりはないさ。

君は、僕の庇護下にあるのだから、他の村人と一緒に・・」

「他の人間なんか!必要ない!」

「黙れ」


魔王はアンジュの額に触れる。

アンジュは力が抜けたように床に膝をついた。


「やれやれ・・どうしてそういう事を言うのか、全く理解できないな。

一人では何も出来ない人間の分際で・・・。

まぁ契約通り、村に来た人間は保護するけれど、勇者の邪魔になるならば・・」


魔王はアンジュを抱き上げるとベットにそっと横たえた。

その頬に涙の筋を残す幼い素顔を見て、手を伸ばすが

それはせずに勇者が待つであろう自室に転移した。



勇者はベットの上に座って魔王を待っていた。


「魔王、アンジュちゃんは?」

「え?・・あぁ、もう眠ったよ」

「そう、良かった」

「あの・・勇者・・」

「僕ももう寝るね、おやすみ」

「あ、うん・・おやすみ・・」


魔王が指を振ると部屋は暗くなる。

『てっきり・・責められると思ったんだけどな・・、勇者がそれでいいなら

・・いいか。』


魔王はテラスに向かう。

テラスからは村の様子が見て取れた。

いつもの静かな夜。

城の主が家出して、勇者やハカセが命をかけてまで魔王を連れ戻しに来た。

そんな事が嘘のように思える静けさ。


『ハカセは・・乗り込んで来ると思ったんだけどな・・』


魔王はハカセのラボに目をやる。

自分自身で封印したのだから、ハカセがラボで何をしているのかは観えない。

まさかそのラボでシキが酷い目に遭っているなんて、誰も知らない事だった。


「私は一度言ったと思う。確認したいなら繰り返してみたまえ」


ハカセはシキに背を向け作業をしながらも、吐く言葉には圧力がある。

シキは「家出魔王連れ戻し作戦」に一切参加しなかった。

自分に出来る事は無い、勇者とタクトとハカセの会話を聞いてそれを確認し

静かに逃げ・・帰路に就く事にしたのだ。

「いやー、まぁ今回はあいつらに任せておけばいいだろ!」と大きな声で言いながら

自室を確認する。

誰も居ない。

ハカセが転移してくる気配も無い・・・


『ヨッシャ!勝ったぁ!!さすがのハカセも今から大仕事だ。俺に構っている暇なんか

ねーよな!勝った・・!!初めて勝った気がするぜ!!!』


シキはガッツポーズを決めて二階に上がった。

二階はシキの作業場だ。

ここで好きなだけ好きなもの・・例えば、ミニチュアのバイクだったり、建物だったり・・

そういうものを好きなだけ作る。

誰かに何か頼まれる事が無ければシキはこうして趣味に没頭する事が出来るのだ。

そうして朝まで作業をし、朝日が昇る頃布団に横になる。

それがシキの平穏な一日だった。


「作戦」が終わり、魔王と勇者、アンジュが帰還し。

ハカセがタクトの「戦士」を連れて帰還した、その直後。

もう明け方でシキが布団に横になったその時。


「今からお休みかね、良かった。やる事が無くて、暇で横になるのならば、

いや、言い方を変えよう、「寝る程暇」であれば直ちにラボまで来るがいい。

理由は分かっているだろうから、二度とは言わぬ」


言うだけ言ってハカセは消え、後には冷や汗を滝のように流すシキだけが取り残された。


「俺は別に勇者に何も言ってねーよ!あいつが寝てるのを確認して、城の通用口でシエリと、

小声で話してただけだ!勇者の耳が良すぎんだよ!俺のせいじゃねーよ!」

「ふむ、「それで?」」

「う、だから・・その・・、俺は何も」

「ほぅ、ではシエリが口を滑らせた、と」

「シエリは関係ねーだろ!」

「君はシエリに好意を持っているね。夜中に呼び出され余程心が躍ったに違いない。

しかし、シエリが話すのは魔王様か勇者君の事ばかりだ。

それにしびれを切らしたのでは、と愚考したが。そうか、問題はシエリにあると」

「・・くっ・・」


シキは顔を赤くしながらも何も言い返せない。

少年の密かな恋心まで把握して責めてくるハカセには悪意しか感じない。


「安心したまえ、シエリは魔王様に心酔、いや心を奪われているし、貴様などに異性としての

興味は一切無い」

「え!魔王様に?!え!俺には興味ねぇとか・・」

「人間の姿をした魔王様は、中身はポンコツ様だが顔形は整っている。。

背が高く、あらゆる魔法を駆使し、自分を守護する存在の顔形が良い事に悪い事はないだろう?

故に魔王様は人間の女に「もてる」のだよ」

「ヤクザにしか見えねーだろ!あんなの!」

「チンピラにしか見えない貴様よりは随分マシだ。シエリの判断は正しいと言える。

それに今頃はあのアンジュという娘も魔王様に恋し焦がれている頃だろう」

「・・な・・、アンジュってまだガキなんだろ?!勇者と同じくらいの歳だって・・」

「お前よりは精神年齢は高いと断言しよう。人間の娘というのは簡単に恋に「落ちる」

だが中々、それでいて人間の娘は冷静に相手を見るものだ。

昼夜逆転のいかにも頭も体も弱そうな貴様と、絶対的王者の魔王様。選ぶ相手は

始めから決まっているというもの。」

「・・・くっそ!!!」


シキは拳を握り覚悟を決めた。


「ああ、もういいよ!好きなだけ痛めつけて、回復させて、再度痛めつけろや!!」

「ほぅ、男らしいな。シキ」

「やるならさっさと!」

「しかし「徹底的に」が抜けている」

「・・・・!!鬼かよてめぇ!!!」

「何を言っているのかね、私は、魔王を継ぐもの。鬼よりも、数倍「強い」ぞ」

「・・・ち、ちくしょーー!!!」


シキの色んな意味で悲しい絶叫は誰にも聞こえなかった。


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