第17話

 ナーバイは悠々と泥鎮狩猟の事務所に近づいてくる。警備部の三人衆も同様で、このままいくとドアの前で鉢合わせるだろう。

「ラッチャ、泥水になれるか?!」

 ボラクがデスクの陰に娘を連れて行った。それを見てはっとする。

 ナーバイの外見のヤバさに圧倒されて、なんとなくもう詰んだような気分になってた。

 そんなわけはない。状況は十分に挽回可能だ。

「おじさん、ビビってましたねー?」

 入り口ドアの横の壁に張り付いてこちらを見たアミアが、にやにやする。

「……そーだよ、悪かったな。あんなデカい奴、そうそう出会わないだろ」

「管理者さまもあのくらい、っていうか、もっと大きいと思うけど」

 そうかも知れないが。

「デカいけど美女だからな、あのヒトは」

「あ、そー。さてと、どうしようかな。おじさん、考えは?」

 状況を整理するとだ。

 管理部おれたちは、ボラクを生かして家賃を取り立てなければならない。彼が勾留されたりして金を稼げない状態になってもダメだ。……なるほど、管理部と警備部は利害が対立する場合もあるってわけだ。

「やっぱりさっきの案がいいだろう。遺物の持ち主はナーバイだ。警備部の連中には正しい容疑者を教えてやらなけりゃ」

 親子を振り向いたが、ラッチャが換気口から逃げ出せるまではまだまだかかりそうだった。少なくとも、そこまでは時間を稼ぐ必要がある。

「ボラク、いったんはあんたを逃す。だがさっきの支払い意思があるって言葉、忘れないでくれ。管理部からの電話には出ろよ」

「わかってらあ……思ってたより話が通じるんだな、取り立て屋も。会えば殺されると思ってた」

 どんだけだよ。

「これからは、そう思われないようにしていきたいと考えてる」

 警備部とも何やら確執がありそうだし、便利なシステムと裏腹になんだかんだ問題かかえてるんだよなあ……。


「アッ、てめえさっきの?!こんなところにまで!」

 事務所から通りに出た俺にまず、ダイグが気づいた。

「どーも。覚えててくれて嬉しいぜ」

 俺とダイグが会話し始めたのを見て、ナーバイが足を止めた。

 ま、そうだよな。多分ここの事務所に来ようとしてたんだろうし。

「俺たちはべつに、あんたの邪魔をしにきたんじゃない。むしろ手伝うハメになるんだがね」

「ハァ?」

 視界の隅で、ナーバイが重い足音をたてて方向を変えようとしている。

「あー、帰らないでくださいねえ?」

 開け放してあった事務所の戸口から出て来て、俺と背中合わせに立ったのはアミアだ。

 やっぱりいやがったか、と吐き捨てるダイグ。

「ナーバイさんですね?私たち、あなたに用があるんですよ」

「こっちには無え……てめえら、警備部か」

 ダイグたちの揃いのジャケットに気付いたのか、恐ろしく低く、きしむような暗い声でナーバイが問う。

「あっちのガラの悪いヒトたちはそうです。私たちは管理部」

「取立て屋か?俺は家賃滞納なんぞしてねえぞ」

「ああ。俺たちはボラクから家賃を取り立てるために来てる。だが彼はちょっとトラブってるみたいでな」

「……だから何だ」

 ボラクの名が出たところで、警備部の三人は事の推移を見守ることにしたようだ。

「なんでもから預かり物をしたらしいが、そのせいで警備部から追われているんだ。……ところでナーバイさん、あんたボラクの元嫁の再婚相手だって聞いたが、何か奴に仕事を頼んだだろう?」

 ナーバイは無言。なにしろ顔が岩なので、表情の細かい動きなんぞ、あってもさっぱりわからない。

「まあ、そこんとこ認めるかどうかは今は別にいいんだが……結論だけ言うと、ボラクが預かった品物は、ここにいる警備部のお兄さんたちが押収した」

 俺が指差すと、ダイグは目を剥いて、毛むくじゃらの虎頭が驚愕の表情になった。

「例のとかいうものの出どころ、このヒトなんですよ。ボラクさんはあれが何かも知らないそーです」

 アミアがダイグたちを振り返って告げる。

「……ぬ、くそッ、そういうことかよ」

 巨大な牙を剥き出しにし、ダイグが今度は葛藤の表情を見せる。頭が動物なのにこの表情の豊かさは、なかなか見ものだ。俺の知ってる地球のトラではこうはいかないだろう。

 わかりやすいダイグに対して、ナーバイの方は反応らしい反応をしない。カマのかけがいのない奴である。

「ってことでダイグさんよ、捕まえるならこいつにしてくれ。ボラクには家賃を払ってもらう約束取り付けたんでな」

「ちっ、面白くない展開だが、仕方ねえ。ナーバイとか言ったか?100階の警備部オフィスまで来てもらおうか」

「……」

 ナーバイは押し黙り、どこを見ているのかまるでわからない顔で佇んでいる。

「聞いてるか?てめえの持ち込んだものは禁制品だ。逃げられるなんて思うんじゃねえぞ」

「ブツはどこだ」

 俺たちとナーバイの間に警備部の三人が割り込んだところで、唐突にそんなことを言う。

「ブツだあ?!ありゃあ俺たちが押収して、ここに――」

 あ、多分それ言わない方がいいやつ。


「なるほど」


 とたん、ナーバイは数倍に膨れ上がった。

 ばりばりと着ているものが裂け、それまで曲がりなりにも人間的なバランスの立ち姿だったのが、完全なる異形に変態する。


「お前ら全員始末すりゃ、ブツは戻る」


 そういうことだな?と続ける重々しい声には、わずかな愉悦のようなものが混じった。

 みしみしときしむような音をさせ、ナーバイはを高く持ち上げた。

 全体のフォルムとしては、一言で言えば、大蛇だ。パニック映画のアナコンダもかくやという長さ、太さは人間の胴体ほどもある。

 しかしその肌は滑らかなウロコではなく、まさに岩肌、動けばパラパラと砂礫の舞い落ちる、本物の岩だ。

 そして特筆すべきは頭である。

 普通の蛇のような丸い頭ではなく、先端はホースをぶつ切りにしたような形状で、ギザギザの歯が円形に何列にも並んでいるのが見える。こういう口をした生き物、地球にも海にいた気がする、まあ多分もっと無害なサイズだっただろうけれど。

「め、めちゃめちゃデカくない……?」

「んー、まあそうかな?普段はみんな、二足歩行で小さくなって過ごすからなあ。『ここ』狭いし」

「あぁ、だからここのヒトたちは姿を変えるのか……って、んな悠長な話してる場合か?!」

 慌ててアミアや警備部の後ろ、事務所のドアあたりまで下がる。さすがにこの状況では俺が足手まといなのははっきりしているからな。

「虵岩族か!」

 ダイグの声は楽しげですらあった。ここにも戦闘狂が……。

「オイ管理部!殺すんじゃねぇぞ!」

「えぇー?知らなーい、そんなの不可抗力だもん」

「ざっけんなアミア!こっちゃこいつを尋問しなけりゃなんねーんだよッ!」

 ……まあ、俺にできることはないな。


 変態したナーバイは、見た目の通りひたすら頑丈だった。

 殺さず捕らえるという部分がネックになり、アミアも警備部も決め手を欠いた。

 アミアの鉈は刃が欠けるし、グレイ系種族のウナーとセターは早々に振り回される鎌首にぶちのめされて戦線離脱するしで、一時はジリ貧で押し負けるかというところまでいった。

 いやはや、俺はよっぽど途中で、管理部まで助けを呼びに行こうかと思ったね。

 結局のところ、そうしないで済んだのは、ダイグの頑張りだった。

 牙も爪も刃物も通らないので、なんと拳で殴るという無茶な戦法に出たのだが、どうやらこれが、功を奏したのである。

 ナーバイというか虵岩族は、外側はたしかに岩なのだが、内臓は普通に柔らかいのだそうだ。

 ひたすら地道に打撃を重ね、アミアもダイグに倣って鉈を裏返して殴ることしばし、ついにじわじわとボディに効いていたらしいナーバイは倒れた。

 なかなかすさまじい死闘だった。……俺は見てるだけだったけど。


「もおー、こんなに疲れて、鉈は欠けるし爪は折れるし、なのに警備部にいいところは持ってかれるし!」

 管理部に向かうエレベーターの中、アミアはおかんむりである。なんなら昼休みに食い込んでいるので、おそらく腹も減って機嫌が悪いのだ。

「待て待て、思い出せアミアさん。俺たちそもそも、ボラクに家賃払わせるのが目的だろ。上手いことナーバイから逃がして警備部も追い払った。連絡してみようよ」

 そう、あくまで俺たちは取り立て屋なのだから。

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