おなかのぼくちゃん

もりた りの

おなかのぼくちゃん (1話完)


「ぼくちゃん ぼくちゃん とんとんとん


おなかが大きくなってきたカヨ子さんは

ふわふあのソファに座って

毎日おなかをさすりながら赤ちゃんと

おしゃべりをするのがとっても楽しみでした


「ぼくちゃん ぼくちゃん とんとんとん

「大きくなったら何になる?

「大きくなったら野球の選手になぁる?


『しいぃぃぃん しんしん』

おなかのぼくちゃんは返事をしませんでした


「ぼくちゃんは野球の選手にはなりたくないのね

「じゃあねえ じゃあねえ

カヨ子さんは次の将来の夢を考えました


「ぼくちゃん ぼくちゃん とんとんとん

「大きくなったら何になる?

「大きくなったらおまわりさんになぁる?


『しいぃぃぃん しんしん』

次もおなかのぼくちゃんは何も返事をしませんでした


「ぼくちゃんはおまわりさんにはなりたくないのね

「じゃあねえ じゃあねえ

カヨ子さんは、野球の選手でもおまわりさんでもない夢を考えました


「ぼくちゃん ぼくちゃん とんとんとん

「大きくなったら何になる?

「大きくなったらお医者さんになぁる?


『しいぃぃぃん しんしん』

またまたおなかのぼくちゃんは返事をしませんでした


「ぼくちゃんはお医者さんにはなりたくないのね

「それじゃあ

カヨ子さんは、野球の選手でもおまわりさんでも

お医者さんでもない夢を考えました


「ぼくちゃん ぼくちゃん とんとんとん

「大きくなったら何になる?

「大きくなったらパイロットになぁる?


『ぐりん ぐりん ぐりりりん』

おなかのぼくちゃんは急に動き出しました


「おやおや パイロットのときだけおなかが動いた

「ぼくちゃん パイロットって何か分かるの?


『ぐりん ぐりん ぐりりりん』

本当にパイロットって分かるのかなあ


「そうなの そうなの

「パイロットって分かるの?

「飛行機の運転手さんのことだよ


『ぐりん ぐりん ぐりりりん』

パイロットという言葉の響きに喜んでいるかもしれませんでした


「ぼくちゃん うれしそうだね

「ぼくちゃんが大きくなったらママをいろんなところに

「連れていってね


『ぐりん ぐりん ぐりりりん』

でもなんだかカヨ子さんの思いは伝わっているようだった


「ママうれしい

カヨ子さんは、いっぱいおなかをなでてあげました


カヨ子さんは、朝も昼も夜も、夢の中でも

おなかのぼくちゃんとパイロットになることを

おしゃべりしていました


カヨ子さんは空から見るさまざまな景色を

おなかのぼくちゃんにお話ししました


 日本一の富士山

 グランドキャニオン

 サハラ砂漠

 自由の女神像

 エッフェル塔

 万里の長城

 アルプスの山々

 エジプトのピラミッド


カヨ子さんがお話しするたびに

おなかのぼくちゃんは大喜びで

『ぐりん ぐりん ぐりりりん』

と動きました


だんだんおなかが大きくなってきたカヨ子さん

でもなんだかおかしいんです

おなかが大きくなってきたのに

全然おなかが重くならないんです

心なしか反対におなかが軽くなる気がしました


ある日、家のなかを歩いていると

月面で空中遊泳をしているような

体がふわりと浮き上がりました


「あれれ おかしいぞ 体が浮き上がった

おなかから浮き上がっているようでした


カヨ子さんがおなかをさすると

どんどんおなかが大きくなってきて

まんまるになりました


とうとうカヨ子さんは浮き上がって

天井に張り付いてしまいました


カヨ子さんの旦那さんはびっくりして

椅子に乗りカヨ子さんをソファにおろしてあげました


それでもみるみるカヨ子さんのおなかが

大きくなってくるので、リビングの柱にしがみつきました

カヨ子さんの旦那さんもカヨ子さんが浮き上がらないように

カヨ子さんの手をつないでいました


それでもカヨ子さんの体が浮き上がっしまい

とうとう耐え切れずリビングの柱から離れてしまいました

カヨ子さんの旦那さんも手を離してしまい

カヨ子さんは窓から外に飛んでいきました


ぐんぐん高くのぼっていき

だんだん景色が小さくなってきます

家が小さくなってきて

車が小さくなってきて

高い木々が小さくなってきて

小学校が小さくなってきて

川が小さくなってきて

町が小さくなってきました


空を飛ぶワシの親子もびっくりしました

色とりどりのたくさんの気球と一緒に空を飛びました

気球に乗っている人たちもカヨ子さんを見てびっくりしました

とうとう雲の上まで浮き上がりました


雲の上に突き出している富士山はとてもきれいでした

カヨ子さんがおなかをさわると

『ぐりん ぐりん ぐりりりん』

と動きました


「もしかしてぼくちゃんが連れていってくれているの?

とカヨ子さんがたずねると、おなかのぼくちゃんは

『ぐりん ぐりん ぐりりりん』

と動きました

カヨ子さんはうれしくてうれしくてたまりませんでした


それからいろいろなところに

おなかのぼくちゃんは連れていってくれました


 グランドキャニオン

 サハラ砂漠

 自由の女神像

 エッフェル塔

 万里の長城

 アルプスの山々

 エジプトのピラミッド


どれもこの世のものとは思われない景色で

カヨ子さんは夢を見ているようでした


とうとうカヨ子さん空の上でふわふわの綿に包まれているように

気持ちよくなって眠ってしまいました


カヨ子さんは目が覚めると

ふわふわのソファで横になっていました


はちきれんばかりだったカヨ子さんのおなかは

もとの大きさにもどっていました


おなかをさすると、おなかのぼくちゃんは

『ぐりん ぐりん ぐりりりん』

と大喜びでした


「ぼくちゃんがいろんなところに連れていってくれたのね

「ありがとう


ほっとしたカヨ子さんはまたソファの上で

おなかのぼくちゃんと一緒にお昼寝をしました


(おしまい) 

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おなかのぼくちゃん もりた りの @moritarino

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