レゼルバ

「あいつら、何があったンだろう……」


 槍を担いだレゼルバは訓練場へ向かいながらつぶやいた。


 二本の剣を使うツェラー、重装甲で戦うジョルジュ、槍使いのレゼルバはそれぞれ戦いのスタイルこそ異なるが、年齢が近いこと、駆け出しではあるがパーティーのリーダーであることから仲が良かった。

 時間があるときにはリーダー同士で集まって情報交換をしたり、食事や酒を飲む間柄だ。


 各パーティーの構成が違うことからもリーダーとしての立ち回りも異なる。だから自分のパーティー運営に対する悩みも比較的遠慮なく聞けるというのがありがたかった。


 先日は各々が尊敬する冒険者は誰かという話をした。冒険者だったか、前衛職だったか定かではないが、要するに憧れている冒険者の名前を出し合ったわけだ。


 二刀使いを目指しているツェラーは神速薄刃剣しんそくはくじんけんのヒビトをあげていた。

 速度を活かして戦う軽戦士のヒビトは尊敬に値する人物だとレゼルバも考えている。

 前衛でありながら軽装で戦うには、よほど己の剣技に自信がなければできないことだ。

 それはどれだけの数を相手にしても、決して後ろを取らせることがないからできるのだとレゼルバは考えていた。


 守るよりも攻撃することを重視するスタイルはレゼルバの戦い方にも近いものがある。

 そういう意味でも参考にできるところは参考にしたいと常々思っていた。


 ツェラーはいつも二本の剣を腰に下げていたが、最近は一本しか身に着けていないようだった。宗旨替えでもしたのかと思い理由を聞いたのだが、はぐらかして教えてもらえなかった。


 一方、ジョルジュは重い装甲に身を包んで敵の攻撃をすべて引き受けるガーディアン的な戦い方をする。

 そのため彼が尊敬する冒険者は鉄壁の二つ名を持つミウラだった。


 重厚なフルプレートメイルと、全身を隠せるような巨大な盾。

 この二つでどんな攻撃も受けきり、戦線を支えるというのは並の覚悟では務まらない。なにしろ常に敵の攻撃に自分の身をさらすのだ。勇気ある者以外にはできることではない。

 それは運動性重視、敵の攻撃は受けない前提の軽戦士や槍使いにはできない戦い方だった。


 もちろんレゼルバにも尊敬する冒険者がいる。

 ク・ホリイという槍使いだ。

 俊敏性、単独での生存能力に加えて、パーティーリーダーとしても仲間を守りながら戦うことができる彼を心から尊敬していた。


 ヒビト、ミウラ、ク・ホリイは彼らにとってのあこがれの英雄、目指すべき頂点だ。


 しかし、先輩冒険者のマレスコはレゼルバたちが憧れる冒険者が束になってもギルドマスターにはかなわないという話をしてくれた。

 悪い先輩ではないのだが、少々話を盛りがちなところがあるのをレゼルバは知っていたので頭から信じているわけではない。

 それはきっとツェラーやジョルジュも同じだっただろう。


 にもかかわらず、この前、また三人で飲んだときに彼らは異口同音にこう言ったのだ。


「「今一番尊敬しているのはカレタカさんだな」」


 と。


「俺が知らない間になにがあったっていうんだヨ」


 そしてジョルジュからこう言われたのだ。


「たまには訓練に顔を出すといいよ。いい勉強になるから」


 ジョルジュは真面目で仲間想いのいい奴なのを知っているので、熱心にすすめられれば無下にすることもできなかった。

 だからパーティーの休息日とギルドの訓練日が重なった今日、顔を出してみようと思ったのだ。


        ※        ※        ※


 会場に着いた途端、レゼルバは目を見張った。

 見間違いかと思い、何度も目をこすってみたが間違いなかった。夢でも見ているのかと思い自分でほっぺたをつねってみた。


「……痛い」


 それならばこれは現実なのだ。

 そこにいたのはレゼルバが尊敬するファーストスピアのク・ホリイだった。


 憧れの存在と偶然とはいえ同じ空間をともにして、レゼルバはどうしたらいいかわからなくなっていた。

 駆け寄って声をかけて握手してもらいたいとも思う。だが、そんなミーハーなところをク・ホリイに見せて呆れられたらどうしようかと考えると実行することはできなかった。


 広場の隅で様子を伺うようにしていると、ク・ホリイがレゼルバの姿に気が付いたようだった。

 そしてあろうことかレゼルバに向かって歩いてくるのだ。


「あ、あああ……」


「よぉ、あんたも槍使いなんだな。俺はク・ホリイってんだ。よろしくな」


 にこやかに笑ってク・ホリイは右手を差し出す。


「ぅ、あぁ……」


 頭が真っ白になってしまい、頭を下げるべきか右手を差し出すべきかわからず、結果として頭を下げながら右手を差し出すことになった。


「ハッ、そんなかしこまんなよ。同じ槍使いなんだ、仲良くしようぜ」


「っ、はひぃ……」


 英雄の手は思っていた以上にガッチリしていた。

 肉厚で手のひらはガサガサしている。

 鍛えられた者の手だった。


「最近は槍を使う奴がめっきり少なくなってな。俺もちっとばかり肩身が狭かったわけよ。だからお前みたいな――悪りぃ。名前を教えてもらっていいか」


「ひゃい! レゼルバ、でスっ」


「レゼルバか。いい名前だ」


「あり、がとうございまス!」


 緊張のしすぎで頭がクラクラしてくる。


「はっはっは。だからそんなに緊張すんなって。これから訓練をするんだろ。そんなガチガチじゃ練習になんねーぞ」


「フー、フー。そうですネ」


 深呼吸をして、なんとか気持ちを落ち着ける。

 戦いに臨むときにいつもしている行為だ。これまで何度も繰り返してきたことなので、今もうまく自分の心をコントロールできた。


「お、いいねえ。そういった自己を律する方法を身に着けているっていうのは、冒険者としての強みだ。やるじゃねえか」


 ク・ホリイは笑ってレゼルバの肩を叩く。


「今日は俺が先生役なんだ。あんま柄じゃないんだが我慢してくれ。槍をメインで使う奴は少ないから、こういう機会は貴重なんだぜ。俺だって他の奴から学べる機会なんて滅多にないわけだしな。だからちっとばかりでいいので感謝はしてくれ」


「いえ、俺はファーストスピアのク・ホリイを尊敬しているので、すごく嬉しくて、感謝しているでス!」


「ほお、嬉しいことを言ってくれるじゃねえか。んじゃ、さっそく始めるか。とりあえずは今のレベルを見せてくれ。基本の型だ」


「ハイ!」


 ク・ホリイの前で槍を構える。


「ふー……。いきまス」


 前突き、払い、防御のために槍を立て、足元を刈り取るように振るう。

 距離を取ったかと思うと一気に前に出て連続突き。相手の武器を絡めとるように槍を回し、さらに突き。

 薙ぎ払い、相手が懐に入ってきたところを石突で迎撃。真上からの振り下ろし。


 一通りの動きを演じてみせた。


「なるほどな。筋はいい」


「あ、ありがとうございまス!」


「が、足りないところが多い」


「…………はい」


 上げて、落とされた。


「そんな落ち込むなよ。俺より動きがよかったら教えることなんてないわけだからな。さて、まずは何からやるか。まあ、動きを見せるのが一番早いか」


 そういうと、ク・ホリイは槍を構える。


「いくぜ!」


 先ほどレゼルバがやってみせた型を演じる。

 同じ動きのはずだ。なのに、まったく違うのは一目瞭然だった。


 パワー、スピード、キレ。すべてが違う。


 最後に槍を振り下ろすと、ク・ホリイはニヤリと笑った。


「なんだ、そんな顔して。何か気になるところがあったのか?」


 口にすべきかどうかしばらくレゼルバは迷っていたが、結局、口にすることを選んだ。


「凄すぎて、よくわからないです……」


「なるほどな」


 ク・ホリイは口元を歪めながら、とんと肩に槍を担ぐ。


「それが俺とお前の実力の差だ。まずはそこに気が付くことが第一段階なんだが、お前はその資格があるようだな」


「資格ですカ……?」


「槍に使われないこと。槍は間合いが剣よりも広い。だから初心者はそれに頼った動きをしがちだ。だがお前はしっかりと自分の距離を把握し、槍を使っている。だからこそ俺の動きとの違いが理解できたはずだ」


 片手で槍を持って前へ突き出すと、穂先がレゼルバの心臓の前にある。


「槍は自分の手の延長だ。それはわかっているな」


 うなずいて、レゼルバも槍を持った手を伸ばす。

 穂先はク・ホリイの心臓の前にあった。


「上等だ。んじゃ、必殺の型ってやつを一つ伝授してやろう」


「おおっ」


「といっても、たいした動きでもないんだけどな。俺の突き込みをさばいてみろ」


 すっと眼前に迫ってくる突きを、横に槍を振るって弾こうとする。

 槍は柄が長いので横から合わせるのは容易い。


「――えっ!?」


 柄を叩いた衝撃があるはずだったのにスカしてしまう。

 気が付いたときには目の前にク・ホリイの穂先があった。


「い、今のは……?」


「それをこれから教えてやる。ちなみに、この動きを俺に教えてくれたのは、ここのギルドマスターなんだぜ」


「カレタカさん、ですカ」


「ギルドマスター直伝の技、レゼルバ、お前にも教えてやる!」


        ※        ※        ※


 ツェラーとジョルジュを誘って冒険者ギルドへとやってきた。


「レゼルバも訓練会にいったんだってね。どうだった?」


「ああ、いい経験になった。今なら格上のモンスターでも渡り合える気がするナ」


 レゼルバはご機嫌だった。


「すごい自信じゃないか。そういえばク・ホリイが講師だったんだって? いいなあ。うらやましいよなあ」


「憧れの人の訓練って力が入るよね」


「わかる。オレもヒビトさんに教えてもらいたいなあ」


「それならカレタカさんにお願いするといい。なにしろ、みんなあの人に稽古をつけてもらったらしいからサ」


「あ、ボクもカレタカさんに直接教えてもらったよ。いい勉強になった」


 注文した食事がテーブルに並べられる。


「憧れだったク・ホリイの訓練だったんだ。どういうことを教えてもらったのか聞かせてくれよ」


「いいゾ。俺が受け継いだカレタカさんの技について教えてやろう」


「カレタカさん? ク・ホリイじゃないのか?」


「まずはそこから説明をしないとナ。ちょっと長い話になるゼ」


 夜はまだまだ始まったばかりだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ギルドマスターの就職斡旋録~石を投げれば転移・転生者にあたるこの世界にて~ さくら @sakura_uduki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ