第4話
秋になり、ぶなの森でも、ならの森でも、葉っぱが赤や黄色にかわりました。ならの森では、リスたちが、せっせとどんぐりをひろいあつめています。
ぶなの森にも、たくさんのどんぐりがおちています。でも、ぶなの森には、リスたちをおそう、こわいイヌワシがすんでいます。ですから、ぶなの森では、つよいクマの親子が、せっせとどんぐりをひろいあつめています。
二つの森から、どんぐりがすっかりなくなるころに、森のどうぶつたちは、ほらあなや、木の中にあいたあなの中で冬みんします。もうすぐ、さむい冬がやってくるのです。
森のどうぶつたちが、冬みんしていなくなってしまったころに、ピアとバルは、一年でさいごの狩りにでかけました。イノシシを狩るのです。
イノシシは、冬みんをしないどうぶつです。冬になると、岩のあいだにおちたどんぐりをさがして、たべています。イノシシは、においをかぐのがじょうずです。岩のあいだにおちているどんぐりも、においで見つけてしまいます。
「冬のあいだ、イノシシはどんぐりをさがして、あちこちを歩きまわっているからな。かんたんには見つからないぞ」
ピアはバルに向かって、そう言いました。バルは遠くを見たり、鼻をくんくんしたりしています。ピアとバルは、イノシシをさがして、ならの森や、ぶなの森を、あちこち歩きました。
ぶなの森の中で、小さな川が流れているところにやってきました。川のまわりには、大きな岩や小さな岩がたくさんあります。すると、遠くのほうにある大きな岩のところに、イノシシがいるのを見つけました。岩のあいだにおちているどんぐりをたべているのです。
「いた! バル、そっと近づくんだぞ」
バルはピアとわかれて、イノシシのそばまでそっと近づきました。そして、イノシシの近くまでくると、「バル! バル!」と大きな声でほえました。イノシシはびっくりして、どんぐりをたべるのをやめました。そして、バルのほうをじっとにらみつけました。
イノシシは、バルがほえてもにげないで、「グオッ! グオッ!」とおそろしい声をあげています。バルはくるりと後ろを向くと、イノシシの前からにげだしました。おこったイノシシは、バルを追いかけて、とっしんしてきます。
そのときです。
木のかげにかくれていたピアがあらわれ、弓をかまえました。そして、イノシシにめがけて、矢を放ちました。
ヒューッ
矢はまっすぐとんでいき、イノシシにめいちゅうしました! イノシシは、ドシン! と大きな音をたてて、たおれました。
「やったぞ」
バルは、イノシシを近くまでつれてくるための、おとりになったのです。ピアとバルは、力をあわせて、イノシシをしとめたのでした。バルはイノシシの横に、見はりのように立ちました。
ピアはすぐにやってきて、バルの頭をなでました。それから、たおれたイノシシを、じっと見つめました。
「りっぱなイノシシだ。ゆるしておくれ」
ピアは、イノシシのたましいが、山のかみさまのところへ帰っていけるように、おいのりをしました。バルも、いっしょに、おいのりをしているように見えました。
「では、家に帰るとしよう」
ピアはイノシシをせなかにかつぎ、バルはピアの前に出て、いっしょに帰り道を歩きはじめました。
ぶなの森をぬけて、川のところにやってきました。ピアとバルは、川の水をのんで、ひと休みしました。冬の川の水はとても冷たくて、水をのんでいるどうぶつは、ほかに見あたりません。あたりはしんとして、とてもしずかです。
ふいに、バルが、ウウウッとうなり声をあげました。ピアは、はっとして、後ろをふりむきました。見ると、ぶなの森のほうから、いつかの五ひきのオオカミが、すうっと近づいてきています。
バルはピアの前に出て、オオカミたちに立ち向かいました。オオカミたちは、ピアとバルに向かって、ウウウッとうなっています。バルがしとめたイノシシのほうを、ちらりちらりとみています。バルもウウウッとうなり、しばらくのあいだ、オオカミたちとにらみあいました。
バルはせなかをピンとのばすと、オオカミたちに向かって、ひと声「バル!」と大きくほえました。でも、オオカミたちは、にげていきません。やっぱりイノシシのほうを、ちらりちらりと見ています。冬になって、えさが少なくなったせいで、とてもおなかをすかせているのです。つりあがったおそろしい目で、ピアとバルをにらみつけてきます。
すると、オオカミたちは、バルにとびかかってきました。一ぴきのオオカミは、イノシシの横にいる、ピアにとびかかりました。ピアは、じめんにたおされてしまいました。オオカミは、なんどもなんども、ピアの首にかみつこうとします。ピアは首の上にうでをまわして、ひっしにふせぎます。
ピアはやっと、こしに下げている石おのをつかんで、オオカミの頭をたたきました。オオカミは、「ギャンッ」とさけぶと、ピアからはなれました。そして、しばらくのたうち回ってから、にげていってしまいました。
「バル! バル!」
ピアは、いそいでバルのところへかけよりました。バルは、四ひきのオオカミたちに、からだじゅうをかみつかれています。足やせなかから、血がながれています。
ピアは、オオカミたちのあたまを、一ぴき、また一ぴきと、石おのでたたきました。オオカミたちは、「ギャンッ」「ギャンッ」とさけんで、のたうち回ってから、にげていってしまいました。
「ああ、なんてことだ。バル、バル……」
ピアがよびかけましたが、へんじはありません。ピアは、バルをうでにだきかかえました。バルのあたたかさが、つたわってきます。バルは目をとじています。
「むかしのなかまとたたかって、わたしのことをまもってくれたのか」
バルは少し目をあけて、すぐにとじました。そして、口を少しだけひらいて、
「くーん」
と小さくなきました。
ピアは、バルのからだをさすりました。バルの頭を、やさしくなでました。バルのほっぺに、じぶんのほっぺをおしあてました。
「ありがとう。おまえはもうオオカミじゃない。わたしのたいせつな家族だよ」
とピアは言いました。
バルはもういちど、
「くーん」
と小さくなきました。
ピアは、そうしてなんども、バルにはなしかけました。そのうち、「くーん」という、バルの小さななき声はでなくなりました。バルのからだから、少しずつ、あたたかさがなくなっていきました。それでも、ピアは、お日さまがしずんで、あたりがくらくなるまで、バルのからだをさすって、頭をやさしくなでて、ほっぺにほっぺをおしあてていました。
******
人とくらすようになったオオカミは、もうオオカミとはよばれずに、『イヌ』とよばれるようになりました。イヌは、むかしむかしから、人の友だちでした。いいえ、いっしょにくらす家族だったのです。
ピアとバル 日の名残り @vertu
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