第15話 逮捕





 陽が昇り始める朝方。東の地平線から空が薄明かるくなってきているにもかかわらず、王国には深夜の静寂が残る時間。この時間は人間が一日の睡眠における最後の深い眠りについているためか、一日の中で一番静かで、王国内で活動する人間の姿も一番少ない時間だ。

 ホテルに泊まっていたリトとアルファも、ふかふかのベットの中で心地よく眠っているし、ロボットであるSanもソファーに腰かける形でスリープモードで静かにして夢を見ていた。

 そんな彼らと同じく、他のホテル内の客も今は寝静まり、機械の大多数は活動を停止している。


 しかし、そんなホテルの一部屋の中で動く人影がひとつ。その人影の主……ユーファニムは、同じ部屋のアルファを起こさないように気を使いながら身支度を整えていた。

 昨晩の湯浴みによって身体は清く、心地の良い寝床でぐっすり眠ったおかげで体調も万全だ。


 腰に自分のナイフを携え、支度を終えたユーファニムは、そのまま部屋の出口へと足を進めたが、視界に写った少女の寝顔に思わず足を止める。


「……世話になったな」


 幸せそうにイビキをかいて寝ているアルファに、彼女は微笑を浮かべて言った後、そのまま部屋を出ていった。




 ***




 すっかり朝日がのぼり、ホテル内では従業員やお手伝いロボットがせっせと働く。泊まっていた客も各々の活動を始めていた。

 そんな客達の朝食は、パンとご飯を中心とした2つのメニューから選ぶセルフサービス形式だった。場所は昨日と同じレストラン。夜と朝ではレストランの中の雰囲気もがらりと変わっている。料理の良い匂いと従業員とロボットの活気、窓から差し込む心地よい朝日もあって和やかな空気が流れていた。

 そんな中で、リトは窓の外の景色を眺めながらコーヒーをすする。窓の外では多くの飛行車が行きかい、路上では会社員と思しき人たちが早歩きで会社へと向かっている。

 その隣では、Sanが何やらリトの前にある朝食を凝視していた。ちなみに、リトの食べている朝食はパンとスクランブルエッグ、焼きソーセージ、サラダのセットメニューだ。


「お前、そんなに見ても飯はやらんぞ」

「いえ。パンとご飯、どちらのセットが朝食に最適か思考していただけです」

「……その問題に最適解はないだろ?」


 呆れた顔でリトはまたコーヒーに口をつけた。

 しかし、何か気になったのか、一瞬だけ彼の動きが止まる。そしてカップをテーブルに戻して視線をSanに戻す。


「ちなみに、お前はどっちが良いと思ってるんだ?」

「そうですね。本日のメニューですと、パンの方は付属のソーセージが人工肉ですので、天然の魚と大豆を使ったおかずのつくご飯より不健康かと推測します。しかしご飯に付属する玉子焼きも人工たんぱく質による模倣卵ですので、これにより」

「あぁー! もういいもういい! それ以上言うな」


 自分から訪ねておいてなんだが、このままSanの分析を聞いていると食欲が失せると、リトは彼を黙らせた。



 そんなこんなしていると二人のテーブルに、アルファがやってきた。

 起床して身なりを整え、部屋を出てきた彼女は二人の姿を見て「あれ?」と首を傾ける。手にはご飯の朝食セットがのったプレートを持っていた。


「師匠、ユーファニム知らない?」

「知らない。てかお前と相部屋だろ?」

「そうだけど、私が起きた時にはもう居なかったから、てっきり師匠達と先に行ったのかと……」


 アルファは流れるように席につき、手早く拝んだ後、朝食を食べ始めた。


「おいおい、まさか勝手にその辺彷徨いてんじゃねぇだろな」

「どうだろう。まぁ、ユーファニムはしっかりしてるし、この辺は治安も悪くないから、大丈夫でしょ?」

「だと良いけど……」


 エルフは良くも悪くも外面が良い。リトの頭の中では柄の悪い輩がユーファニムに声を掛けている絵が思い浮かんだが、同時に、その輩を撃退する彼女も想像できた。


「まぁまぁ、生物はお腹が空けば帰ってくると言いますし」

「いやいや、犬や猫じゃないんだから」


 アルファが箸を咥えながらSanを見る。ちなみに、その理屈をSanに教えたのは、アルファだったりする。

 ふと、リトはレストランに備え付けのテレビモニターに眼を止めた。


「ぶっ!」

「師匠、汚い」


 突如、口につけたコーヒーを吹き出したリトに、アルファは非難の目を向けた。


「あのバカ!」

「なになに?」


 リトはモニターを見て焦ると同時に罵声を溢す。アルファも興味深そうにモニターを覗き込んだ。


「えっ! これって!」


 そしてモニターの映像を見て目を大きくする。そこに映っていたのは、紛れもなくユーファニム本人だった。

 関係者がリークしたのか、研究所の監視カメラのものと思わしき映像にはユーファニムが研究員一人を連れて走っている様子が映っていた。

 朝のニュース番組の速報は、その映像の下に『研究所にエルフが侵入!』と大きな字のテロップをつけて報じている。


「ユーファニム、我慢できずに行っちゃったみたいだね」

「てことは、まさか……!」


 瞬間、周辺から騒がしいサイレンの音が鳴り始めた。同時にレストランの入口から武装した集団が押し入り、宿泊客が怯えて悲鳴をあげる。そんなパニックの中、武装集団は無駄のない動きで素早くリト達の所に来ると、全員、彼らに銃口を向ける。

 いつの間にか窓の外には、飛行車のパトカーがパトランプを光らせて浮遊していた。


「はぁぁ。タイミングの良いことで」

「あははっ……これってすごくヤバい状況?」


 リトは頭を抱え、アルファは苦笑いしながら手を上げる。横でSanも彼女の真似をしているが、そのジェスチャーが降参の意味を彼は理解していない。


「落ち着いてください。皆さんはそのままじっとしててください。動かないで」


 武装集団に続いて出入口から一人の男が動揺している周りの宿泊客をなだめながら入ってきた。黒色のスーツを着崩したその男は、堂々とした態度で歩いて銃口を向けている集団の後ろに立つと、嫌そうな顔をしているリトを見て愉快そうに鼻で笑った。

 二人の様子に、アルファはリトとその男の顔をそれぞれ見る。顔つきや漂う雰囲気から同い年くらいのようだが、口に咥えたタバコと無精髭のおかげでスーツの男の方がリトよりも老けているように見えた。


「よう、リト」

「……ジャスさん、久しぶりですね」


 見覚えのある男を目の前に、リトは心底面倒といった気持ちの含んだ口調で返す。


「師匠、知り合い?」

「まぁな」


 リトの表情と態度から、あまり良い関係ではないのだろうとアルファは悟った。

 ジャスと呼ばれた男は、スーツの内ポケットから折りたたまれた紙を取り出すと、リト達に見えるように広げた。


「不法入国幇助ほうじょと国家情報改竄の罪でお前達二人を逮捕する」

「仕事が早いですね。衛兵は“選別”で暇無しだと思ってましたよ」

「あぁ、こんなクソ忙しい時に良い迷惑だ。分かってると思うが抵抗は無駄だ。大人しくついて来い」


 ジャスが「連行しろ」と部下に命令すると、武装集団の一人が手錠を取り出してリトとアルファを拘束する。銃を向けられていることもあり、二人は素直に従った。


「このロボットは、どうしますか?」

「押収しろ」

「丁寧に扱えよ。アンティークなんだからな」


 ジャスの部下達に銃口を向けられても、Sanはリト達の真似をするだけで不思議そうに観察している。抵抗する様子もないため、部下達は手際よくSanを押収しようとした。

 しかしSanが一般的なロボットと違い、電源を落とせないことが分かると諦めてリト達と同じように手錠をかける。その様、をリトは監視するように細い眼で見ていた。

 そんなリトの身体に手を当てて武装解除を確認していたジャスの部下が、彼の内ポケットに何か入っているのに気づき、ゆっくりと取り上げた。

 そのポケットから出てきたのは、なんのパッケージもない真っ黒な缶だった。


「なんだコレは?」

「あっ、それ!」

「別に、危険なモノじゃねぇよ」


 部下が問うとアルファが声を上げたが、リトはその言葉をかき消すように答えた。

 その反応に、部下は中身が何か探るため軽く缶を振る。


「待て!」


 次に部下が無警戒に缶の中身を確認しようとした瞬間、ジャスは大きな声をあげ、部下から缶を取り上げた。


「お手製の閃光手榴弾だろ?」


 ジャスは全てを見透かしたような顔でリトを見る。対して、策を見破られたことにリトはチッと舌打ちをした。


「大したモンだな。だが、俺に同じ手は通じない」


 缶をポケットにしまい、ジャスは「とっとと連行しろ」と部下に命令する。

 リトは面倒くさげに、アルファは半分戸惑い気味に、Sanは淡々としながら、ジャスの部下達と素直に同行した。







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ネイチャープロトコル~ヒトの破滅まで、あと2年~ リョーマ @Ryo-ma507

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