小説、という形式に偽装された、一個の歴史そのもの

 空中に浮かぶ巨大要塞『ユグドラシル』、ひいてはそれを擁する『帝国』の、その勃興と衰退を描いた物語。
 遠い未来の出来事を描いたSFでありながら、ひとつの大きな歴史を描いたお話。この「歴史を読んでいる」という感覚がなんとも面白く、また実に巧妙でワクワクします。
 章ごとに主人公(というか、クローズアップされる人物)を立て、その行動や内心を通じて出来事を描いてゆく、という形式のお話。紛れもなく小説そのものでありながら、でも〝語り部(実在する何者かではなく、文章の主観を担う仮定上の主体)〟の視点にひっそりと、どこか伝記や歴史書のような視点を紛れ込ませてくる。この書き方。正直、何をされたのかわからないというか、こういう「ものの見せ方」ができること自体が衝撃でした。物語を俯瞰する三人称的な視座の、その働きがそのまま時間軸にまで及ぶかのような自在さ。伝わる情報量というか、理解させてくれる力がとてつもないです。文章自体はあくまでもリニアなのに、まるで図面の三面図を見せられているかのような感覚。
 その技巧が如実に現れているのが第三話、ヴェロニカという人物の造形に関してで、もうここが本当の本当に好き。彼女のキャラクターが好みだという話でなく、その存在が〝こう〟描かれていることに感じる、このとてつもない魅力。非常に謎めいた存在であり、また彼女ひとりの存在がこの世界の歴史において大きな役割を果たすのですけれど、でもどうも怪しいというか「実際には〝逆〟なのでは?」というか、「結果としてそうなったから」という事実ありきで語られている節が見え隠れしているんです(!)。それも、一見公明正大な「神の視座」のように見える、ごく普通の地の文がですよ!
 いや、より正確には「それを読んでいる自分が」というべきなのでしょうけれど、でもこちらの「ものの見方」までハックしてるならなおすごい話。きっと通説としてはこうだし、少なくともヴェロニカという女性が存在していたことは間違いないのだろうけれど、でも彼女の人物像や実際の行動については、どこまで正確かわかったものじゃない——という、その感覚を文章の裏に仕込んだトロイの木馬みたいなやり方で伝えてくる、その技巧に心底痺れました。なにこれ魔法?
 その上で、なおすごいというか、より好きなのがマルグレーテ女帝の存在。彼女もヴェロニカと同じく謎めいた印象があるのですけれど、でもこちらは歴史の著述家の補完でどうこうできる部分が少ないというか、たぶん本当にスーパーマンでもないと説明がつかない部分がある。多少は大げさに伝わっているとしても、だとすると「ここまでの伝説になるにはいったいどういう事情があったのか」で逆に困るというか、つまりこちらは伝わっている情報が多すぎてわからないパターン。ある意味ヴェロニカとは対照的で、いろいろ掻き立てられるというかもう単純に好きです。すごい。なんだこいつ。この人ひとりで『歴史』を表現してしまっている。
 いやもう、凄かったです。たぶんサブリミナルか何かっていうか、目で読んだ文章以上の情報を、語や修辞以外の部分から伝えてくるお話。つい興奮していろいろ語ってしまいましたが、実際なにをされたのか全然理解できてないので、的外れなこと言ってるかもしれません。とまれ、とてつもない作品でした。面白かったです!