第6話 話すべきこと
時計のカチッカチッという音だけがいつもと同じように単調なリズムで鳴り響く。
「あのさ淳史さん。マズイってわかってますよね? いくら私が淳史さんをアレだからって、流石にこれはかばいきれませんよ……」
最初に話を切り出したのは梨紗だった。
話が始まるまでの沈黙は辛かった。自分から話を切り出そうと思っていた淳史だったが、いざとなると足がすくんで口を開くことも出来なかった。
恐らく梨紗は待っていたのだろう。チラチラとこちらを伺うが、目が合うと目を逸らす淳史が、自分からどんな言い訳をしてくれるかを……。
だが実際はしてくれなかった。だからより一層怒っているのだろう、梨紗は。
「…………」
「黙ってないで何か言ったらどうなんですか?」
「…………」
淳史がこうなると誰も手をつけられない。
今、淳史の頭の中では学生時代に説教された記憶がぐるぐると回っている。
――トラウマ。
淳史のトラウマは幼少期にあった。
◇◆◇◆◇
誕生日に貰った誕生日プレゼントを、学校がある翌日の朝に開けてしまったのだ。というのも、父親と「明日、学校帰ってきてから開けような?」と約束をしていたのだ。その約束を破ってビリビリと包装を破きまくった挙句、そのプレゼントで遊び始めた。
起きてきた父親はかなり怒っていた。
父親は約束を破る、嘘をつく人間が嫌いだった。それは息子であろうが関係ない。
案の定、盛大にぶっ飛ばされて、朝からたんこぶができてしまった。その時、何も反論することが出来なかった。一方的に蹴飛ばされ、怒られたから。
もちろん今となっては父親を恨むなんて……、むしろ感謝している。多少過激だが、社会に出た時に父親の教育のおかげで助かったことは何度もあった。
体罰だのなんだのと言われそうなものだが……。
◇◆◇◆◇
まあ無論それだけに留まるはずもなく、色々な人から色々なことで怒られた。
その全てが蓄積されていき、今のような大きなトラウマになったというわけだ。
だから説教されると黙り込んでしまうという、半ば癖にも近いものができてしまった。
「はあ……、まったくもう……」
…………。
「わかりました。本当は私もこんなことはしたくないですけど……、この件の続きは警察に持って行ってからにしましょう」
…………。
「ちょっと待って!」
長時間の正座で強ばっていた
「私が無理言ったの! 無理言って泊めてもらってるの! 私はあっちゃんが飼ってた猫なの!」
「あっt……?!?!……、淳史さんの飼い猫? 大人をからかうのはよしなさい」
そんな梨紗の尖った声に、テトは完全に怯んでしまった。サッと淳史の背後に回り込み、横からひょっこり覗いている。
それに一瞬、梨紗の顔が混乱で引きつったように見えた気がしたが、
それは置いといて、やはりテト自身が言い張ったところで軽くあしらわれてしまった。
「それに、私は淳史さんに質問しているんです。何か私に話すこと――、話さなければならないことがあるんじゃないんですか……?」
そう言ってしばらくの沈黙の後、梨紗は淡々と低いトーンで喋り始めた。
「私ね、やっぱり思うんですよ。どれだけ仲が良くたって、どれだけ一緒に過ごした時間が多い人だからって、思っていることは口にしないと伝わらないんですよ――」
◇◆◇◆◇
立花梨紗、
血縁者は遠い人間しかいない。
昔。まだ家族がこの世にいた頃。
私は少し変わった中学生だった。趣味は老人のように渋くて、まるでおばあちゃんのようだった。まあ当の私のおばあちゃんは既に他界していたのだが。
けれど、その
ある時。こんなことがあった。
確か中三の冬だったか。
*
「来週の日曜日にみんなでディスティニーランド行くんだけど、梨紗も息抜きがてら来ない?」
母からそう提案されたものの、結局私は断ったんだっけ。ああ、そうだ「うるさいし混んでるから嫌だ」ってちょっとキレ気味に言ったんだった。
行きたくない理由、あれは本当だった。けど受験のせいか精神が擦り切れていたんだと思う。そのせいで苛立ちを隠そうともせずにに言い放ったのだ。
そして、反抗期でもあった。
けれどそんな摩耗した心は、とっくに母に見透かされていたのだろう。だからこそディスティニーランドに誘ったのだと、今更ながらに気づかされる。
それから一週間後、私は正真正銘の独りぼっちになった。
ウチの飼い猫が同棲したそうにこちらを窺っている。 あごだし @kusohikineet
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