あの日みたバナナの意味をゴリ先輩は知らない

とんこつ毬藻

あのバナの意味

「ねぇ、ゴリ先輩。このニシゴリ像が持っているバナナの意味って知ってます?」

「いや、そんなの知っている訳ないじゃないか。山田、お前知ってるのか?」


 白い清楚なワンピースを着た女子大生と、Tシャツ姿の男子大学生。山田園子やまだそのこ剛力錦ごうりきにしき。二人はアルバイト先であるファーストフード店で知り合った先輩と後輩だ。色黒で短髪、その風貌とゴウリキニシキというTHE・おとこな名前から、彼はみんなからゴリ先輩と呼ばれている。


「そうですねぇ~。どんな文献を見ても、このバナナの真実には辿り着いていないんですよねぇ~」

「どうせ、ゴリラだからバナナという安直な考えじゃないのか?」


 二人は公園のベンチに座っている。目の前にはご主人を待つ忠犬の像でもなく、フクロウの像でもない、ゴリラの像がある。

 

 西袋ゴリラ口公園。この公園には、凛々しい表情のゴリラが右手にバナナを持った状態で仁王立ちしているゴリラの像――〝ニシゴリ像〟があった。


 かつて、この国にはゴリラが生息し、大地を闊歩していたらしいのだが、ある時を境に絶滅してしまったらしい。この像はそんなゴリラ時代を築いたゴリラの偉大さを後世へ伝えるために造られたとか造られなかったとか。


「先輩とは、今後も長いお付き合いになると思うから……特別に教えちゃうね」

「え? 山田と俺はいつから長いお付き合いになるような関係になったんだ?」


 上目遣いをしつつ、両手で人差し指をモジモジさせていた女子大生――山田を一蹴するゴリ先輩。飛んで驚く山田さんの茶髪ポニーテールが弾む。


「ぇええ? だって、こうやってよく二人でデデデ・デートしてるじゃないですか?」

「いや、別に男女が二人で出掛けるなんて普通だろう?」


 リア充なのか、はたまた鈍感なのか、ゴリだけに肉食なのか、それともバナナが好きなのか、実はロールキャベツなのか。ゴリ先輩は謎が多いと山田は思う。だが、そんな謎が多い先輩だからこそ惹かれるのだと。


「もういいです。こんなに積極的アプローチする後輩なんて、今時レアチーズよりもレアですからねっ!」

「はいはい、わかったわかった」


 頬を膨らませた山田は『ゴリ先輩、小腹が空きました』と公園の前にあるクレープ屋へ誘導する。漢気が強いゴリ先輩は、なんだかんだクレープを二人分購入。一方のチョコバナナクレープを山田へ渡す。


「ねぇ、知ってます? ニシゴリ像の前でチョコバナナクレープを持って写真を撮るの、今ミンスタで流行ってるんですよ?」

「俺はそういうのはやらんから興味ないぞ?」

「まぁまぁゴリ先輩、そう言わずに~」


 スマホのインカメで写真を撮る山田。どうやら、この貴重なツーショットは後日待ち受け画面にするつもりらしい。


「あ、そうだゴリ先輩。ニシゴリ像とバナナの話でしたね」

「それ、まだ続いていたのか……」


「それはまだアフーリカン大陸だけでなく、世界中にゴリラが群雄割拠するゴリラ戦国時代の話だった」

「おいおい、何の話が始まるんだよ」

「まぁまぁ、そう言わずに最後まで聞いて下さい」


 美味しそうにチョコバナナクレープを口に頬張りつつ、山田は語り始める。



★ゴ★リ★ラ★


ウホッウホウホウホッくそっ、これでも奴には勝てないのか!」


 剛毛を逆撫で、二本の腕で地面を叩くニシゴリラのゴリ男。ニシゴリラのリーダーであるニシゴリゴリ男は、ヒガシゴリラとの縄張り争いを繰り広げていた。ヒガシゴリラのリーダーはエネゴリヒデオ。知的かつ、剛腕を持つ、ヒガシゴリラ界最強と謳われるゴリラだ。


 互いの精鋭部隊をぶつけ合っても決着がつかず、いつしかゴリラ同士の縄張り争いは、リーダー同士の対決へと変化していったのだ。

 対戦成績は0勝7敗3引き分け。ゴリ男は負ける度に、領土の一部や、ニシゴリラ界の雌ゴリラ、バナナなどを提供する事となる。このままでは全てを失うのは時間の問題だった。


ウホッウホホッウホホホーン大丈夫よゴリ男、あなたなら勝てるわ

ウホッゴリ美? ウホッいや……! ウホホッこのままじゃあ……! ウホーーーーダメなんだぁ~~!」


 ゴリ男は両腕で胸を叩く。ゴリ男のドラミングが哀しみの大地に響き渡る。そんなゴリ男を後ろから抱き締めるゴリ美。ゴリ美は信じていた。ゴリ男はヒデオになんかには負けないと。ドラミングを終えたゴリ男へゴリ美が何かを差し出した。それは色鮮やかな黄色い外皮を輝かせる不思議なバナナだった。


ウホッゴリ美? ウホホッこのバナナは?」

ウホホホッあなたのために ウホホーイわたしが ウホホッホ、ウホホーンウホホッ取って来た特別なバナナよ!」

ウホホホホありがとう! ウホッゴリ美!」


 ゴリ男はそのバナナを口にする。いい頃合に熟したバナナの甘味がゴリ男へ勇気を与えてくれる。自分を心配してくれるゴリ美の優しさを肉体で感じたゴリ男はそのままゴリ美と口づけを交わす。


 

 初めてのキスは、バナナの味がした――



ウホッゴリ美ウゴゴゴゴ別れの挨拶はウホッホホ済ませたかね?」

ウホホホウホホエネゴリヒデオ!」


 草原の向こうにそのゴリラは居た。眼鏡をかけたような知的ゴリラ、ヒガシゴリラのリーダー、エネゴリヒデオ。驚くゴリ男を前に、ゴリ男の傍を離れ、ヒデオの方へと四足歩行ナックルウォーキングしていくゴリ美。何が起きたのかが分からず困惑するゴリ男。ヒガシゴリラのリーダーは、勝ち誇ったかのようにドラミングを始める。


ウホホホホホホホホホハハハハハハハハ! ウホッウホホホホホウホホホホホッゴリ美は私の者になったのだよ!」

ウホホホホごめんなさいウホホーイウホウホホッわたしがヒデオの女になればウホホウホホホホウホホホーン……ニシゴリラの仲間には手を出さないって、言われたの……


 そう、エネゴリヒデオは卑劣な手段に出たのだ。ゴリ美はヒガシゴリラのヒデオから見ても、美ゴリラだった。その艶やかで美しい毛並。真っ直ぐで可愛らしい円らな瞳。しなやかな脚線美。美ゴリラコンテスト入賞は間違いない容姿のゴリ美を、ヒデオはなんとしても手に入れたかったのである。


ウホッ待て……ウホホヒデオウホホウホッホホー俺と勝負しろ……」

ウホホハッ? ウホホホウホッホホどの口が言っている?」


ウホホウホッホホ俺に勝ったらウホッホウホホホウホホホホゴリ美もこの土地も全部くれてやるウホホホウホッホそれとも何か? ウホホッホウホホホホーン俺と戦うのが怖いのか?」

ウホホハッ! ウホホッホウホホーホホーン私を怒らせたこと、後悔させてやるよ!」

 


 こうして、両者のドラミングを合図に、最期の戦いが始まった。

 高速の四足歩行ナックルウォーキングで迫るゴリ男の右ストレートを華麗にかわし、連続攻撃をいなしていくヒデオ。ヒデオのラリアットがゴリ男の脇腹へ入るも、怒りのゴリ男は下がらない。しかし、ヒデオの狡猾、かつ冷静な攻撃に、ジリジリと気圧されていくゴリ男。


ウホホッゴリ男! ウホホホホーン負けないで!」

ウホッゴリ美!」


 ゴリ男渾身のタックルがヒデオを押し倒す! マウントを取り、そのまま何度も殴りつけるゴリ男。しかし、ヒデオはあろうことか、ゴリ男の両眼へ指を突き刺し、目潰しをしたのだ! 叫声をあげるゴリ男は蹴り飛ばされ、そのまま倒れてしまう。


ウホホッホー卑劣よ!」

ウホホッハッ! ウホホッホ、ウホホッホ戦いに卑劣なんて関係ない!」


 ゴリ美の声も虚しく、ヒデオはゆっくりとゴリ男へ近づく。目潰しで視界を遮られ、絶体絶命のゴリ男。しかし、地面に触れた何かを掴み、ヒデオの足音が聞こえる場所へ投げつけた!


ウホホッホ何だと?」


 それはあの時、ゴリ美がくれたバナナの皮だった。ウルティメイトバナナは皮まで艶やか。ヒデオはバナナの皮を踏みつけ、視界がくるりと回転する。頭をぶつけ、脳震盪を起こしたヒデオの巨体をそのまま持ち上げたゴリ男は、思い切りヒデオを投げ飛ばす!


ウホウホホホホホホホホうぉおおおおおおおおお!」

 

 そのまま地面に落ちていた石へ頭をぶつけ、ヒデオは気を失う。


ウホホッゴリ男!」

ウホッゴリ美!」


 こうして、ヒデオとの戦いを制し、ゴリ美を救い出したゴリ男は、見事縄張り争いにも勝ち、愛も名誉も手に入れたのだった。



★バ★ナ★ナ★


「という訳で、このバナナは愛と名誉の証なんですよ、ゴリ先輩」

「お前の作り話じゃないのか?」


 チョコバナナクレープを食べ終え、話終えた山田。あまりの壮大なゴリラ話に細い目となるゴリ先輩。


「あ、先輩。信じてないですね? 私の父は民俗学と歴史を研究する学者なんですよ? それにこの話には続きがあるんです。この国のゴリラがどうして絶滅したのかって話」

「話したそうにしているから聞いてやるよ」


「昔、世界で疫病が流行ったらしいんです。世界人口の約半分以上が減ってしまった。その時、アフリカーン大陸以外のゴリラも絶滅したって言われています」

「それは聞いたことのある話だな」


 大陸がひと続きでなかったアフリカーンでは疫病が流行らなかった。そして、他の地域のゴリラは全滅し、人類は免疫を勝ち取ったため、生き残った。過去の文献にはそう記されているのだ。


「ですが、そうではないんですよ?」

「ほぅ、そうなのか?」

 

 山田は語る。当時、疫病に勝ち、免疫を獲得したゴリラが居たらしいと。それはたまたまそのゴリラの体内に、疫病に勝つ善玉菌が大量にあった事が原因とされる。その善玉菌は、ごく一部の地域にのみ生えていたとある果物の中でも希少なものに含まれていた。それは……。


「まさか……バナナか?」

「そう、究極ウルティメットバナナです」


 山田は続ける。


「そして、このバナナによって生き残った、ゴリ男の子孫にあたるニシゴリラ達は、人類と共存する道を選んだ。ニシゴリラはバナナの品種改良を繰り返し、肉体を自在に変化させる細菌と、体内へ摂取する事で、脳や視覚・・へ錯覚を起こさせる細菌を開発したんです」

「なんだか、話がよく分からなくなって来たな……」


 山田は笑う。ゴリ先輩が知らなくて当然なのだと。これはゴリ男とゴリ美の子孫の中でも、特定の人間・・の家へ代々嫁いだ雌ゴリラのみが、極秘に子へと伝えていく秘密なのだから。


「ゴリ先輩。つまり、目に視えるもの全てが真実ではないという事ですよ。残念ながら、常に本当の姿・・・・を認識出来る者は、私の家系のみなんですよ。ただし、真実を知らないゴリラさんも、一般には流通していない究極ウルティメットバナナを摂取する事で、一定時間、真実を視る事が出来るようになる。さっき待ち合わせ前に、クレープ屋へ予め、究極バナナ・・・・・を渡しておいたんです。あの店の子、私の従妹なの」

ウホッなっ? ウホホウホッホど、どうなってるんだ!?」


 突如ゴリ先輩の視界がぐらつき、目の前が一瞬暗くなったかと思うと、目の前には茶色の剛毛を全身に生やし、四つ脚で立っている雌ゴリラが立っていたのだ。それだけではない。茶色、黒、焦げ茶色。街行く人々は、みんなゴリラ・・・・・・だった。


ウホウホホッゴリ先輩……ウホホウホッホこれが真実なんです……ウホホーイウホッホホウホホウホホーンわたしの全てを受け容れて欲しいの……」


 円らな瞳をウルウルさせる山田園子。その瞳を見た瞬間、ゴリ先輩は全てを悟ってしまう。自分は雄ゴリラであり、人類みなゴリラ・・・・・・・なのだと。そして、今、目の前に居る雌ゴリラこそが、運命の相手であると。


ウホホウホッホウホホッホウホホ今まで待たせて済まなかった、山田……」

ウホホッホゴリ先輩……♡」


 そっと抱き合う二頭のゴリラ。

 二頭の顔がそっと重なり合う。



 時を超えたキスは、やはりバナナの味がした――――

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