白いアレくださいよぉ
千住
はいはい、大人しく乗ればいいんでしょ
警察につかまるのは初めてかって? 当たり前じゃないですか。パトカー乗るのだって初めてですよ。あの年にあんな法律さえできなければ、一生乗ることもなかったと思いますがね。
はぁ? いま、法律できたの何年前でしたっけ、って言いました? 捕まえておいて法律のできた時期も覚えてないんですか。あんた本当に警官です? 新人? 言い訳になりませんよ。2020年末です。新型コロナウイルス感染症の年。おまわりさんはまだ10代前半のお子ちゃまかな? 私からすれば今も充分お子ちゃまですがね。
じゃあ自分が何してるかもわからないお子ちゃまのために、講義でもいたしますかね。
むかーしむかしの2020年、新型コロナウイルスが世界中で猛威をふるって、日本の都市部も満床で入院すらできない事態になりました。ただでさえ足りない呼吸器科のベッドを確保するため、ちゃらんぽらんな政府はおバカな奇策にうってでました。年末年始にもっとも多い事故、餅の窒息を防ぐため、餅の売買と提供を禁止したのです。餅って言ったら、日本人のソウルフードですよ。大反発も大反発。渋谷で戦後最大規模のデモまで起きて、そこで感染拡大する始末。でも実際年寄りの救急搬送はだいぶ減ったもんだから、政府は調子に乗って餅の全面禁止にのりだしたんです。まったく、年寄りを守るのだけは早いんだもんなあ、あいつら。
餅つき機の製造と販売が規制され、餅とその関連商品の所持も犯罪になるまであっと言うまでしたよ。料理の本からは餅のレシピが消え、やがて教科書から餅の単語がかき消されて。日本から文化が消えていくのを目の当たりにしていました。私の家は餅屋だったんです。抗いたくなるのも、当然だと思いません?
闇餅で儲けたかっただけじゃないかって? ふん。生まれた時から日の当たる道が約束されてたお坊ちゃんに、我々の気持ちなんてわかりませんよ。代々守ってきた伝統の家業がある日突然悪者になるなんて、想像したこともないでしょ?
闇餅といえば、一昨年のあのニュースは傑作だったね。あれですよ。芸能人が「枕」と聞いて闇餅販売かと思ってホテルに行ったら全裸の女が居て、怒って殴った事件。あのころにはねぇ、もう「枕」は餅の隠語じゃあなくなってたんですよ。「カード」ですよ。悲しいもんですよね。カードみたいな薄っぺらな餅が数万円で取引されてるなんて。あの厚みが生む弾力こそ、焼けた表面ともちもちの中身のコントラスとこそ餅の喜びだっていうのに。
おや? お巡りさん、餅の味をおぼえているんです? 2020年末に最後の餅でパーティーをした? ふうん。なるほど。
お巡りさん、故郷はどちらです? 土浦市。茨城県北部ですか。なら雑煮は醤油ベースでメインの具は鶏肉、餅は角切りでしょ? 具は根菜でトッピングは三つ葉だ。はは、餅屋は餅屋と言うじゃないですか。うちには地方ごとの餅料理を研究した書籍も残ってるんですよ。
……ふるさとのお雑煮、もう一度味わいたくはありません?
うちには「枕」と呼ぶに相応しい厚切りの角切り餅もありますよ。なぁに、初めてのお客さんからお金取ったりしませんさ。なんなら特別につきたてを味見させてあげてもいい。あるんですよ。うちの倉庫にまだ、大型の業務用餅つき機がね。取引前に仕込んだのがそろそろつきあがる頃合いですねぇ。
うちは次の交差点を右ですよ、お巡りさん。
白いアレくださいよぉ 千住 @Senju
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます