第2話 契約

 長い間、気を失っていたのだろう。

 そう気が付いたのは、頬を撫でる風の感触に目を覚ましたからだ。

 確か、最後は黒い剣を触ろうとして、倒れ込んだ。

 でも今いる場所は。

 緑の草木が生えていて、空は青く透き通っている。風には草木の香りが乗っていて、元居た世界とは打って変わって空気がおいしいとすら感じる。

 その後いた場所からしたら、天国の様だ。


「ここは。確か、炎で囲まれた場所に居て気を失った。でも今は」


上半身を起こして周りを見渡すが、初めに受けた印象と何も変わらない世界がそこにあった。

 そもそも、異世界に転生したって事になるのか?

 元の世界では沢山そのような物語が人気だった。転移モノも人気のイメージだが、その状態に置かれるとしたら、もう飽和して何もわくわくしない。

 異次元、あの空間がそうならば、次元を渡った事になる。それも、可能だろう。

 剣と魔法の世界とありふれた設定の世界なんて二次元に他ならない。それと同じで、今、生きていると感じるこの世界が三次元と言う保証はない。

 そして、異性にモテて、ハーレムやらチート能力なんて馬鹿げた設定が課されているのも嫌気がさしてるし、悪を殺すとか、ゲームの世界とかごめん被る。


「さて、これからどうするか」


 とりあえず立ち上がろうとしたら、右手に何か持ってるのに気が付く。

 おいおい、転生得点とかやめてくれよ?

 本当に要らないんだ。

 そして、その物に目を向けると、それはあの時に見た剣だった。

 あの時は黒く見えたが、まじまじ見ると、剣の形に空間が切り取られたような漆黒だ。

 そこだけ感覚がバグるような、そんな光の吸収率を持っているそんなものが手の中にある。

 確か、塗料でもそんなのを売りにしてたのがあったはずだ。

 そしてとりあえず振る。

 風きり音を出して、それは何も起こさなかった。


「チートとかではないんだな」


『私を助けて』


 そう、声が聞こえた。


「は?」


 確かに聞こえた。

 澄んだ高い声で、心地いい声の感じ。

 女の子だろう。

 これって、まさか?


「誰だ! もしいるなら姿を現してくれないか?」

『もう、目の前にいる』

「目の前?」

 

 もしかして、この剣から?


「君は剣なのか?」

『剣? そうかもしれない』

「聞いてもいいか?」


 いきなりの質問は無礼だと承知しているが、早急に確認をしないといけないものがある。


『うん』

「この世界は異世界なのか?」

『違う。ここは日本。でも異次元。そこで私たちはあった。でも改変された。ここは現代。日本で自然と感じてるのはここが私の世界だから』


 言っている意味は分かるが、ここが日本? 次元が違う?

 つまり、この世界は文字通り次元が異なる場所で、しかも座標自体は日本。

 外の世界は現代。


「じゃあ、訳わからんところだが、この外は?」

『君が居た場所は、改変されていた。その時に声かけた。答えてくれた。空間は富士山。私が居た』


 剣に意志があるってもうファンタジーじゃないか。


「で。僕は何でその非現実に身を置いてる?」

『外に行けば分かるけど、ただ、今契約して。そしたら私は貴方の前に現れる』

「契約?」

『現実でもある。迷信、オカルト、そう言われている。でも、魂を悪魔に売ると言う事も起こりうる。人間の空想は時に存在を証明する』

「はぁ。じゃあ、その契約を結べばいいんだな?」

『うん』


 そう言われて、考えてみる。

 人の空想は、存在を証明する。

 これは科学の発展が物語っている。実際に結果が残っているのだ。

 明かりが欲しいと空想したそれは、現実では既に存在できるものだった。ただそれを視認する事が出来なかったのだ。

 その最たるものが電気だった。電気は目に見えない。だがそこには必ずある。速く走ると言うので自動車が出来た。

 そう、人が空想できるものは、全て存在している。

 だが、確認ができない為、畏怖し、恐れる。

 それを証明してしまうと、現実を受け入れなければならない、だから証明しない。

 神も悪魔もそうだ。

 そして、構造が分からない時、人は無から生まれたと考えた。それが精霊だ。

 水とか空気がそれにあたるだろう。

 現実だと、元素と言う物を発見証明されているが故、科学として定着したに過ぎない。


「どうしたらいい?」

『私を振る覚悟。それ見る。血を』

 

 それを聞いて迷わず、腕を切った。

 痛みは無かった。

 自暴自棄になったのかと言われれば、そうじゃ無い。

 どこかで感じていたのかもしれない。


ここが、幽閉された僕だけの世界だ、と。


『契約成立』


この世界が真っ赤に染まり、崩れていく。

 何もかもが燃えて、熱さすら感じる。


『次、意識が戻った時に、私は貴方の中に居る。見ようとしても見えないけど、感じる事は出来る。私たちは出会った』

「わかったよ」


 身を焼く臭いが充満してくる。

 痛みは無いはずなのに、魂が焼かれる。

 何かの罪を焼き尽くすかのように。

 ああ、剣に導かれたがためにこうなったんなら、僕が悪かったのか。

 現実がどうなったのか、今は知る由もないけど、もし叶うならば妹が無事であることを祈るばかりだ

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異次元の英雄は何を見るのか? 一ツ柳八重 @shaorin

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