第30話 その男、最強につき

 ミカエルの宣言から睨み合いを続ける二人。先に動いたのはミカエルの方だった。二本目の剣を抜く。他のものより、厚くそして大きな剣。切る、というより叩き潰すことを目的としたそれを地面へ叩きつける。


『疑似魔法:剣 刃土』


 発生した衝撃波によって地面が裂け、大量の石片が武蔵へ向けて飛び出す。


『はぁ。』


 二十は優に越えようかというそれらを前に、武蔵は小太刀だけでなく、大太刀の方も収め手刀を構える。そして、流れるような動きで全てを撃ち落とした。その顔はいくらかげんなりとし始めていた。


『じゃあ、これはどうかな?』


 武蔵の背後へと移動したミカエルは三本目の剣を抜き、詠唱する。


『疑似魔法:剣 水渦』


 勢いを増しながら捻れていく水は渦となり、武蔵へと向かう。武蔵は静かに鞘へと手を当て、鍔を押し上げる。


『居合』


 瞬く間の一閃。切り裂かれた風は勢いを失い、たち消える。その先にいるミカエルは膝をつき、口から大量の血を流していた。


『おいおい、兄ちゃん。どうしたんだ、その身体。』


『僕の身体は特別製……でね。ゴフッ、今みたいな魔法を少し使っただけでこの有様だよ。』


『命乞いか?それをするにしては目が良くねぇな。その目は生命絶える瞬間まで、諦めない目だ。てめぇ、まだ何か隠してやがるな。』


 悲惨な姿を見せるミカエルを前に武蔵は構えを解かず、じっと彼の動向を見守っている。


『そんな、まさか。僕は君の攻撃を凌ぐので精一杯さっ!!』


 ミカエルが言い終わる前に武蔵が切りかかる。ミカエルはそれに新しく抜いた剣で応戦する。

 鍔迫り合いから先に離れた武蔵が小太刀の方も抜く。


『それなら、死ぬなよ。』


 ゆらりと揺れる武蔵の姿、跳躍したのだと気付いた時には既にミカエルの眼前、剣は振り下ろされていた。


『疑似魔法:剣 風舞』


 抜かずに発動した魔法、身体の左半身に発生した風の爆発力を利用し、太刀を避ける。

そして、そのままもう一本を抜き、詠唱する。


『疑似魔法:剣 濃霧』


『させるかよっ!!』


 躱された武蔵は直ぐに身体の向きを変えると、ミカエルへ目掛けて小太刀を投擲した。

それはミカエルの肩へと刺さる。追い打ちをかける為にもう一歩踏み込もうとする、が。


『ったく、用意周到な野郎だぜ。』


 辺りは真っ白な霧に包まれ、何も見えなくなる。武蔵にあと一歩踏み込ませなかったのは単にミカエルの不審さ故だった。さっき、登場した瞬間、奴から旦那レベルの圧を感じた。それがどうだ、今はこうしてこちらが追い詰めている。


『気づかねぇだけで俺が罠にかけられてるってことか。』


 この目くらましは恐らく逃走か、罠を張り巡らせるため。あの男を刀で吹き飛ばしちまえば関係ねえ。スッと一息吸い込むと、武蔵は耳を澄ませる。相手の息遣い、足音、心音を聞くためだ。両手はだらりと下げ、脱力したような構え。


『そこだっ……!』


 聞こえた心臓の音、そこへめがけて跳躍し、踏み込み、刀を打ち込む。その勢いで濃霧は晴れ、全貌が明らかとなる。


『な、何だその剣……!』


 ミカエルは正面から武蔵の一撃を受け止めていた。鞘に収まったままの7で。漆黒のそれはこの世のものとは思えない存在感を誇り、目にした者全てを恐怖させる。それは武蔵とて例外では無かった。


『これは僕のお守りみたいなもの、だよ。』


『ははっ、そんな邪悪なお守りがあってたまるかよっ!』


 威勢よく笑い飛ばした武蔵だったが、その内心は穏やかで無かった。目の前にある剣は抜かれれば終わり、かといって男の方を切っても終わり、本能がそう告げている。まるで世界そのものを相手にしているかのような……。


(俺が追い詰めてるつもりが追い詰められてたって訳かよ。)  


 噛み締めた唇から少し血が流れる。


『俺は旦那ともう一勝負するのが目的なんでな、ここで死ぬ訳にはいかねぇ。あばよ。』


 満身創痍、血塗れの男を前にしての撤退、武蔵にとって初めての経験だった。後ろに跳躍し、黒い剣を握ったままのミカエルから遠ざかる。転移魔法の陣は無い、戦闘では魔法は使わない、己の剣のみを振るうと決めているからだ。だが、その志は用意周到に張り巡らされた糸の前では無力。

 口から血を滴らせながら、ミカエルは手を武蔵へ向ける。

 

『疑似魔法:剣 自爆』


『何っ……!』


 武蔵が後退し、踏んだ地面、先程掘り返したかのような柔らかい感触と共に激しい爆発が巻き起こる。


『それ、ドラゴンも殺せるかもしれないやつなんだけどね……。』


『ははっ、なんてことはねぇ……さ。』


 着物は散り散りになり、無残な姿を晒し、体中から血を流している。それでも尚武蔵は両の足で立ち、その目はミカエルを見据え、両手は再びだらりと下げられる。


一滴。


 両者の血が落ちる刹那、武蔵は動き、ミカエルもまた動く。剣を抜こうとしないミカエルは両手を武蔵へと向ける。


(もう一回爆発しても同じ、それよりも速く、切る!!)


 踏み込む一歩はミカエルの眼前。肩まで振り上げられた刀が、龍が如くうねり、神仏が如き堂々さでミカエルへと迫る───が。


『疑似魔法:陣 色即是空』


『結界…………!』


『あと一歩、ギリギリ命拾いってわけだね。』


 武蔵の一撃はミカエルの首元寸前で停止していた。それもそのはず、彼の目の前には薄い五色の結界が形成されていた。 


『五輪か?』


『やっぱり頭の回転が速いね。ご明察、僕が奮った5本の剣は五大元素を象徴する剣でね。それを刺したらバレるだろうから、使った瞬間壊れるように設定して配置、そこからこうして陣を形成したんだ。』


 余裕を見せるミカエルに対して刀を構える武蔵。


『……で、俺がこれを切れないという保証は?』


『君にならきっと簡単に切られてしまうだろうね。だから、僕も久々にこれを出した。』


 ミカエルは大事そうに漆黒の剣を撫でる。そして、それを武蔵へ向けて詠唱する。武蔵もまたミカエルへと切りかかる。

 しかし、結界が割かれようとした時と火山での幾度もの爆発の余波で、祭壇の間の天井が崩れるのは同時だった。


『助かったよ、サクラ。』


 武蔵の刀はミカエルとの間に入った岩さえ切り裂き、そのままミカエルの首元へ喰らいついたが、致命傷を与えるまでには至らなかった。

 

『ついてねぇな、全くよぉ。』


 ボヤく武蔵と入れ替わりにミカエルが詠唱する。


『禁忌魔法:── 永劫封印』


 結界は闇に飲まれ、武蔵を逃すまいと鎖が包む。やがて、闇が晴れたあとには刀を模したペンダントだけが残っていた。

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勇者がいない世界におはようを 紅りんご @Kagamin0707

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