第29話 刀鍛冶、しかしてその正体は
死屍累々横たわる騎士団詰め所。その地下、彼等が守ろうとした場所、そこに武蔵はいた。彼の目の前にはマナの源、祭壇の上に飾られている球体があった。既に目の前のマナの源は暴走を始めている。
『契約者は切ったし、上ではドラゴンが暴走、そして俺の目の前でマナが暴走中っと。それじゃあ、帰るとするか。』
武蔵はマナに触れていた手を離し、祭壇から続く長い階段を降りていく。
『ファイア……ボール……!!』
そこへめがけ、炎の球が飛来する。近づく人の頭くらいはあるそれに武蔵は目もくれず、暖簾でもくぐるかの様に軽く手で払う。
炎球の発生場所、祭壇の一番下に這いつくばっている男に向け、武蔵は軽く驚いたように声を上げる。
『ありゃ、まだ生きてたのかよ。あーえっとなんだったか。』
『アルステルダム騎士団団長 エムリッサル……だ! そう簡単に……くたばる訳には……行かない……!お前を……ここから……逃しはしない…………!!』
『そ。ま、その志は汲んどいてやる。』
武蔵はエムリッサルの必死な声をあっさりと片付けると、祭壇の途中で跳躍する。その姿は既に祭壇最下部、エムリッサルの前まで移動していた。
『何っ!!』
『それじゃあな。』
武蔵は刀に手をかけ、抜こうと構える。その洗練された動きと正反対に顔は困惑に満ちていた。
『き、切られてない……のか……。』
訪れない最期の時にエムリッサルは安堵の息を漏らし、気絶する。
困惑した顔の武蔵はやがて口元を緩ませ始める。目は細まり、暗闇に紛れる獲物へと向けられる。
『ははっ、この俺が全く動けないとは。おい、出てこいよ。刀鍛冶の兄ちゃん。』
『有名な剣豪に褒められるとは僕も鼻が高いね、宮本武蔵。』
暗闇から徐々に左手で頭を掻き、恥ずかしがる様子のミカエルが現れる。その右手は先程まで何かを握っていたかのように空を掴んでいた。
『……俺の名前、どうやって知りやがった。』
『まさか本当に降神星団の幹部の一人だなんてね。』
直接的ではないミカエルの答え、それだけで察したのか、武蔵は刀に触れる。
『刀を見せた時、既に細工してやがったってことか?』
『ご明察。盗聴魔法と後はサプライズをもう一つ。分かるかい?』
乾いた拍手を送るミカエルは武蔵と一定の距離を保ちながら、挑発する。
『さぁな。てめぇを切ればそれで終いだろうが。』
武蔵は力を抜くと、刀へ手を当てたまま、ミカエルへ近づく。
『それもそうだ。僕もこの騒ぎを止めるには君を始末する必要がありそうだからね。』
ミカエルもそれを見て不敵な笑みを見せると、腰に携える6本の剣の内、稲妻を模した形の細い剣を抜き、左手で構える。
軽く、ステップを踏むように近づくミカとゆったりとすり足で近づく武蔵。やがて両者の間合いが重なる瞬間、爆発的な瞬発力で二本の剣筋がミカエルへと迫る。
『…………っ!!』
『疑似魔法:魔眼 石化』
『な……に……っ!』
ミカエルの右目が赤く輝き、武蔵の動きが僅かに鈍る。それを利用し、ミカエルはギリギリの所で刀を回避する。その動きのまま、左手の剣を武蔵へ向ける。
『疑似魔法:剣 雷撃』
剣先から迸る雷が飛び出し、武蔵へと向かう。
『ははっ、面白え奴。二天一流────』
武蔵は雷へ顔を向け、その目を大きく開く。そして右手に構えた小太刀を雷に当て、僅かに横へずらす。
『露払。』
優しく触れただけの動き、それだけで雷はあらぬ方向へと姿を消す。
それを見届けると、ミカエルは静かに咳き込む。彼の手には血が滲んでいた。
『ありゃりゃ。結構今の決まり手だったんだけど。やっぱり強いね。』
『一人で何種類も使う奴は久々だ。それも武器と同化してると来た。何者だ、刀鍛冶。』
武蔵の言葉を聞き、ミカエルは待っていたとでも言うかのように剣を高く空へと掲げる。その目は燦々と輝き、絶望を見据える。それは彼の信念であり、勝利宣言────
『僕は希望になる男だ。』
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