エピローグ「リコリスと十五人の少女たち」

 とある城壁で囲まれた街の片隅。

 レンガ造りの住宅が建ち並ぶ中に、その建物はある。

 築年数だけは相当に経っている――けれど修復を繰り返しているからか、さほどボロさは感じないその建物は、元々は宿舎か何かだったのだろう、部屋の数だけは多い。

 その中に、賑やかな声が響いていた。

「こらー! ヤヨイ、クゥ、待ちなさいってば!」

「待てと言われて」「待つやつはいないよねー」

 だだだだと、廊下を走る小さい子二人を追いかける姿が一人。

「はぁ……っ、は、……っ、すばしっこいんだから、もー」

「むつむつも大変っすねぇ。……つまみ食いのひとつやふたつ、かわいいもんじゃないっすか」

「ちいさい子が真似しちゃうでしょ。……あとなっちゃん、後ろに持ってるものは何?」

「…………さぁなんのことやら」

「出して」

「……はい」

 その手から奪ったのはハチミツの瓶。無くなれば出せばいいのだけなのだけれど、それはそれ、これはこれ。ムツミは小さなつまみ食いや窃盗も許さない。

「せっかく、管理官に教えてもらって上手に出来たのに……。みんなで一緒に食べなきゃだめでしょ?」

「その通りっすね。できるの、楽しみにしてるっすよ」

 廊下にはパンケーキの甘い匂いが漂っていて、匂いに敏感な小さい子たちをおびき寄せるには十分な材料になっていた。

 ムツミは年少組を追いかけていった廊下を戻り、突き当たりの食堂兼調理場へと戻る。

 調理場に隣接している食堂では、気の早い子たちが既に机でスタンバイ。いつの間に生成したのか、両手にはナイフとフォークが既に握られている。

「サヤ、シオン、もう少し待っててね。あと準備ができたらコルトたち呼んできてね」

「はーい」「わかった!」

 新たにミナミたちの輪の中に入った子たちも、今となっては慣れたもので。最初から第五十九番倉庫にいたのかと思えるほどに、精神的にもそして能力的にも遜色ないものとなっていた。

 ――パンケーキが好きなことも、ここにいる子たち全員の特徴となっていた。

「――――よい、しょっ!」

 スキレットの中でじゅうじゅう音を立てていたパンケーキが、ムツミの手で綺麗にひっくり返る。隣で見ていたリコリスは思わずその頭を撫でていた。

「ムツミちゃん、返し方上手になったね」

「――――え、へへ。管理官のおかげです」

「私は、やり方を見せただけだよ。あとはムツミちゃんの実力」

「――――」

 褒められて照れているのか、口元をにんまりとさせたまま視線があっちこっちに行っている。

 ――控えめなところがまた、可愛いだけど。

 リコリスは背後にナナの気配を感じつつ、自分の割り当て分のパンケーキを焼きながら、ムツミの料理人としての成長を喜ばしく思った。



 ここは、共和国から南に遠くはなれた、工業が主産業の大きな国。

 戦いが終わってから数ヶ月。彼女たちは、一人も欠けることなく、この国へとたどり着いた。

 共和国から、第五十九番倉庫は消滅し、その中に暮らしていた少女たちもまた、共和国からいなくなった。

 リコリスと、十五人の少女たちは――少しだけ食いしんぼうで、少しだけ不思議な力を持つ少女たちは。

 人として。今日もこの国で、生きている。

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第五十九番倉庫の少女たち みょん! @myon34

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