第19話「第五十九番倉庫の少女たち」
「…………ん……?」
リコリスは、瞼の裏に眩しさを感じた。
――そうか、私は建物の崩落に巻き込まれて……。明るい…………ここが、死んだ後の世界…………。
頭の中はぼやけて、耳から入ってくる音も不鮮明。体は全身が弛緩しているかのように力が入らず、まるで水の上に浮かんでいるかのような感覚がリコリスを包んでいた。
目に光が差し込んでくる。うすぼんやりと最初に見えたのは、肌色の何かだった。
「あ、かんりかん目をさました!」
「ほんと!? ちょっとまっておねーちゃんたちよんでくる!」
耳に入ってくるのは、何やら元気そうな声。懐かしいような感覚に、胸の中が温かくなってくる。
その声は、まるで第五十九番倉庫のクゥとヤヨイ、年少組を彷彿とさせる、元気そうな幼い声だった。
――クゥとヤヨイ……。そういえば、彼女たちは、どうしたんだろう。
頭の中に疑問が浮かぶのと同時、頭の中に嫌に野太い声が響いてきた。
『戦争が終われば、それらが不要になることくらい、君にも分かるだろう?』
リコリスは途端に胸糞悪くなって心の中で舌打ちをする。畜生、アイツがあの世に来たら全力でぶん殴ってやる。一発じゃ済まない、第五十九番倉庫のみんなの分まで――と、そう思ったところで、体をゆさゆさと揺さぶられる感覚があった。
リコリスはゆっくりと目を開ける。視界の隅に、自分を覗き込む姿が見える。
「…………あ、れ……?」
次第にはっきりとしていく視界。その少女は、クゥだった。
「ここ…………は…………?」
「ピクニックできた、やまごやだよ? みんなもいるし、みんなもいるよ!」
「…………?」
クゥの要領を得ない言葉に、リコリスは顔を左側に倒してみる。すると腕を吊ったシズクがつたない足取りで駆け寄ってくるのが見えた。
「管理官。管理官、管理官……っ! よく、よくぞご無事で……!」
空いた左手でリコリスは抱きつかれる。ぎゅぅ、と後ろに回した手からは強い力を感じた。それはもう、痛いくらいに。
痛い、というものを感じると言うことは――。
「あー…………私、生きてるの?」
「――生きているから、こうやって、しゃべれてるんじゃないですか!」
シズクの涙声が、すぐ近くから聞こえる。「管理官も、皆も生きていますよ」と言う。なぜ私は生きているんだろう、私は今にも崩壊しそうな研究所で意識を失って……。
そこまで思い立って、リコリスは今居る場所――クゥ曰く山小屋が、やけに狭いように思えた。それは感覚的にではなく、物理的に。建物面積に対して人が多いような気がする。
先ほどちらりと見えた所では、ミナミが床に寝ているのが見えた。その奥にも何人かが寝ていた気がする。自分も含め、床に寝ている人がいれば面積を圧迫してしまうから、そう思えるのかもしれないけれど――。
リコリスはゆるゆると体を起こして、山小屋にいる人数を数えてみる。一、二、三…………あれ、十五人もいる。
よく見ると、第五十九番倉庫で見たことがない少女もいる。
「ねぇシズク……。あそこらへんで固まってる運動着を着た子たちって……誰?」
「…………管理官、覚えていないのですか?」
「へ?」
「彼女たちが、管理官を運んできてくれたんですよ?」
つまり、研究所から私を逃がしてくれたのはあの子たちということで……。ああ、そうか、とリコリスはぽん、と手を叩く。
あの子たちは人形の素体と言われていた。つまり、私が銃で撃たれたときの血を使って、便宜上リコリスと『血の契約』を行ったということで。そして知識や装備をシズクたちと共有して、ここまで運んでくれたのという流れだろう、と一人納得する。
経緯はどうあれ、助けたいと思えた子たちを助けることができて良かったと安堵するのと同時に、そこで死ぬ運命だった自分を助けてもらった彼女たちに、感謝しなければいけない、とリコリスは強く思う。
――ただ。
リコリスはお礼を言う前にシズクたち、そして新しい人形の子たちに話すべきことを思い出した。
下手すれば、いや、下手しなくても、彼女たちを危険な目に遭わせることになってしまうことは胸が痛いが、人形として作られた彼女たちに、時間的猶予は無かった。
「みんな、少し、聞いてもらいたい話があるんだ。――いい?」
リコリスの声に、シズクたちや山小屋の隅にいる人形の子たちはぴたりと動きを止める。
そして全員の目が、一斉にリコリスの方を見た。
「これから話すのは、みんなにとってあんまりいい話じゃないかもしれない。でも聞いてほしいの」
リコリスが話すのは、リコリスが研究所で見聞きしたこと。『「人形」は処分する』という共和国の選択。そして――、これから起こるであろうこと。
彼女たちはもれなく驚きに目を丸くするか、不安そうに目を伏せるかのどちらかだった。
その感情は当然のことだろう、と思う。いきなり『処分する対象になっている』と言われて、平常でいることがおかしいのだ。それがまだ、年端もいかない少女たちならなおさら。
「だから、みんなはこれから、共和国から狙われちゃう形になる……と思う。だから――」
リコリスが話しをする中、シズクがおずおずと空いている方の左手を挙げる。
「あの……管理官」
「はい、シズク」
発言を求める生徒と教師のようなやりとりをし、シズクが話し出す。
「私たちも、襲われました。第五十九番倉庫が、共和国兵に。今寝ているミナミ、ムツミ、ナナはその時の怪我が理由です」
今度はリコリスが驚く番だった。まさかあの場所が狙われるとは。そしてシズクたちが戦った――? では、今寝ている三人は?
シズクと寝ている子たちを交互に見ているリコリスの心中を読むかのように、シズクは静かに話し出す。その表情は穏やかなものだった。
「管理官、心配なさらないでください。みんな、無事です。彼女たちの献身的な治療のおかげで、命に別状はありません」
「……驚かせないでよ。無事なら、よかった」
心底安心したように、リコリスは長い長いため息を付く。
ムツミも自分も無事ということは、あの約束は守れる――そう思うと、リコリスの口元は自然と横に広がる。
けれど、リコリスは表情を引き締める。問題はこれからだった。
「で、なんだけど。
あなたたちは、今回は無事に生き延びたけれど、共和国から狙われることになるのはきっと変わらないと思う。第五十九番倉庫には戻れないと思っていいし、下手したら顔が割られてて、国中のどこにいても共和国兵から狙われる可能性は、ゼロじゃない。むしろ、結構高いと思ってる。奴らは割と執念深いし、悪い奴らだし」
驚かせたり、不安にさせたいわけではない。けれど、物事を楽観的に見ていい状況でもない。リコリスは、最悪のパターンも含めて、彼女たちに伝える。
そして、一番聞きたい質問を、投げかけた。
「そこで、あなたたちに問いかけたい。あなたたちは――これからどうする?」
リコリスは、全員の顔を見ながら、静かに問いかける。これからの人としての人生を、どう生きるか、と、リコリスは問う。
「シズクたちがしたみたいに、共和国軍と戦い続ける? それとも、さ――『人形』なんて立場捨てて、人として生きようか?」
リコリスの言葉に、山小屋の中はしぃんと静まりかえる。
山小屋の中がしばらく静まりかえる中、「はいはい」と手を上げたのはナナだった。体は寝た態勢のまま、手だけは元気よく宙へと向ける。
「あたしたちは管理官なしには生きられないんすから、それは管理官が決めるべきっす。あたしたちは、管理官の考えに賛同するし、管理官に付いていくっすよ」
「…………私も、そう思うわ。私は、管理官の考えに従う」
続いてシズクが言うと、同意の声が次々と上がる。
「……私で、いいの?」
自分を指差して、そして尋ねるように首を傾げると。
――彼女たち全員が、こくりと頷いた。
「――分かった。………………それじゃあ、」
――そして、リコリスが出した答えは――――――。
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