第18話「薄れゆく意識の片隅で」

 警報音が鳴り響く中、リコリスは目を覚ました。

 天井からは赤い光が明滅すると同時に、警報音が流れ続けている。しかし背後から胸を撃たれたリコリスは、床に倒れたまま、動くことができないでいた。

 無機質な床には、気がつけば自分の血が流れ出ていた。一体どれだけ血が流れたのか、想像も付かない。

 不思議と体に痛みは無い。痛いという感覚すらも無くなってしまったのか、はたまた別の理由なのか――。ともあれ痛みでもがき苦しんだまま死ぬということはなさそうに思えた。

「……あちゃ、でもこれは、まずい、かな…………」

 リコリスは自分が置かれている状況に、思わず苦笑いしてしまう。

 おそらくこの警告は、この研究所自体を無かったことにしてしまうための爆破スイッチが押された証拠。ここにいる『人形』になりきれなかった子たちもろとも、そして自分のように『人形』のことを知っている人物を、この世から葬り去るための最終手段。

「は……はは。……ちくしょー……」

 参謀本部には反吐が出る。戦争で『秘密兵器』とか言って、担ぎ上げて散々利用しておきながら、戦争が終われば自分の身可愛さに、全てを無かったことにする――。人の風上にも置いてられない。

 できることなら、あの髭面に一発入れてやれば良かった。リコリスは今更ながらにそんなことを思う。『人』を『人』として扱わない――そんな奴は殴られて当然だ。

 奴らの頭の中では、『人形』たちはきっと使い捨ての駒といったことなんだろう。そう考えると、再び怒りが湧いてきた。

 楽しいときには笑って、喧嘩して、仲直りをして――そんな彼女たちが使い捨ての駒? 人として扱われない? 冗談じゃない。あの子たちはまごうことない人間だ。ちょっとだけ食いしんぼうで、ちょっとだけ得意なことがある、ただそれだけで、私とおんなじ、人間なんだ。

 そんな子たちを処分――? そんなこと…………させるもんか!

 リコリスは歯を食いしばって、腕に力を込める。すると、普段通りとは行かないまでも、腕に力が入るのが分かった。腕を支えにして、ゆっくりと起き上がる。

 大丈夫、私はまだ、少しくらい、動ける――。

 せめて、せめてこの中にいる子くらいは、助けてあげなきゃ……。四つん這いになって移動したリコリスは、カプセルの操作盤へと手を伸ばす。下からは操作盤に書かれている文字も何も分からない。だから手が触れたボタン全てを押下していく。その中に、何か薄いガラスのような感触があった。リコリスは指に力一杯力を入れると、ガラスは割れて、リコリスの人差し指は、その奥にあった何かを、押した。

 次の瞬間、通路の片側に沿って並んだカプセルに変化が起こる。

 白い泡が下から立ち上ってきたかと思うと、水面が徐々に下がっていく。そして、水が最後まで無くなると、カプセルの前半分が開き、少女の裸体が通路に放り出された。最初は倒れたままだった彼女たちは、腕を使って少しずつ、動き始めた。

「よし、これで……カプセル、からは、助けて、あげられた。あと、は………………」

 ずるり。

 リコリスの腕が、カプセルの操作盤から滑り落ちる。それと同時に、リコリスの体は思うように動かせなくなって――再び無機質な床へと倒れ伏した。

 ――あー、これは、本格的に……ダメ、かなぁ。

 リコリスの声にならない声は、頭の中だけで反響する。

 遠くの方で、ズズン……と、何かが崩れ落ちる音が響いて、地面が小さく揺れる。

 ――ムツミとの約束…………これは、守れない、かも……。

 リコリスの視界が、徐々に狭まっていく。自分の体が、自分のものでないような感覚を覚える。体は、もう自分の意志では動かせなくなっていた。力を入れようとしても、全く動く気配すらない。精々動くとすれば、瞼だけ。

 それも段々と落ちていって――――。



 視界が完全に暗くなるその直前。

 自分の手が温かい手に触れたような。

 そんな感触だけが残った。

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