41.その手を握って

「じゃあ、やりましょうか。リリース!」


 シアの杖から空中のドラゴンに向けて雷撃が放たれた。

 ドラゴンには届かなかったが、奴はこちらを向いた。


 そして大きく口を開けた。

 今までよりもずっと大きな火球が、俺たち目掛けて発射された。


 巨大な火の玉が俺とシアに迫ってくる。

 それに対して、俺は短剣を思い切り投げた。


 短剣は山なりの軌道を描く。

 落ちてくる火球の上を飛び越すようにして、ドラゴンに向かって飛んでいく。

 このままいけば短剣はドラゴンに当たるだろうが、奴の火球の方が速い。


「じゃあ、なんとかするか」


「はい、お願いします」


 確実に死をもたらす火の玉が迫ってきても全く動じないシアが笑って言った。


 ここまで信頼されてるとは……

 嬉しくなりながらも、俺は迫り来る火の玉に右手を突き出した。


 俺の位置替えのスキルは、触れたものに印をつけることで使えるようになる。

 では、印をつけて位置替えするのはどのくらい早く行えるのか。


 師匠といた頃、こんな疑問が持ち上がった。


 結論はこうだ。

 印をつけるのも、位置替えの発動も、一瞬で行える。


 俺は何かが体に触れたら瞬時にそれに印をつけて、位置替えで飛ばしてしまえるのだ。

 体に当たった瞬間に印をつけて位置替えしてしまえば、俺は全くダメージを受けない。


 そう、たとえ師匠の拳であっても、俺には通らないのだ。

 だから、ドラゴンの火球程度、どうってことはない。


 右手に巨大が火球が触れると同時、俺は瞬時に印をつけて火球を位置替えする。

 さっき投げた短剣と、火の玉が入れ替わる。


「位置替えってあんなに早く使えるものだったんですね」


 メルさんが驚いた様子で言っていた。


「すげえだろ? あいつ、俺の攻撃すらあれでしのげるんだぜ。物理的な攻撃じゃあいつは倒せねえのさ」


 師匠は笑っていた。


「……嬉しそうですね」


「……うるせえやい」


 メルさんが微笑むと師匠はそっぽを向いていた。


 相変わらずの師匠に俺は苦笑いしつつ、位置替えした短剣を掴む。

 これと位置が入れ替わったドラゴンの火球は、さっきまでの短剣の軌道をなぞって飛んでいく。


 その先にいるのは火球を吐き出したあの赤いドラゴン自身だ。

 火球を返されてしまったドラゴンは慌てて逃げようとするが、もう手遅れだ。


 巨大な火球は、それを吐き出したドラゴンを直撃した。

 自分自身の攻撃に耐えられず、ドラゴンは地上へと落下する。


 奴はまた飛びあがろうとするが、そこにメルさんがショットガンを撃ち込む。

 それを合図に俺は駆け出した。


 小さな散弾ではドラゴンの鱗は貫けないが、何も問題はない。

 あの散弾には、シアが魔法をストックしてあるんだから。


「オールリリース!」


 後ろでシアが叫ぶのが聞こえた。

 同時に、俺に噛みつこうとしていたドラゴンのすぐそばで、散弾に込められていたシアの魔法が一斉に炸裂する。


 俺は数多の魔法で打ちのめされたドラゴンに向かって踏み込む。

 位置替えの力を収束した俺の右手は白く光りながらバチバチと音を立てている。


「極光閃!」


 俺は白く輝く右手を手刀にして振り抜いた。

 その一閃は竜の鱗を切り裂き、その首を落とした。


 ずん、と音を立てて、ドラゴンの首が地面に落ちた。

 それを見届けて、俺は右手を下ろした。


「終わったな、メル公」


「ですね、ぼっちさん」


 師匠とメルさんはパンと手を叩き合っていた。


「私たち、ドラゴンを倒しちゃったんですか……」


「そうだな」


 倒れ伏したドラゴンの巨体を前にキョトンとしているシアに、俺は言った。


「あのドラゴンを……」


「あのドラゴンをだな」


 シアはいまだに実感が湧かないようだが、俺も似たようなものだった。


 もちろん目の前には首を失ったドラゴンが横たわっているのだが、これを自分たちがやったんだと思うとなんだか不思議な感じがした。


「おーい、あんたたち、無事かー!」


 声がした方を向くと、ケイルやベネットさん、それに街の人々が走ってきていた。


「大丈夫です。もう終わりましたよ」


 俺は手を振って彼らに答えた。


「私たちは、助かったのか……」


「もうモンスターに怯えなくてもいいんじゃな……」


 ケイルとベネットさんが言った。

 他の人々も安堵の表情を浮かべ、中には涙ぐんでいる人もいた。


「ドラゴンを倒したのはピンとこないけど」


「街を救ったことなら、実感できますね」

 俺もシアも笑っていた。


 こうして、俺たちは無事に、ギルドからの依頼を達成したのだった。




 その後、俺たちはドラゴンに壊された街の門や建物の修復を手伝った。

 大変な作業ではあったが、もうモンスターがやってこないとわかっているので、人々の表情は明るかった。


 何日かして作業が終わると、師匠はそろそろここを離れると言った。


「もう行ってしまうんですか?」


 俺は師匠に言った。

 作業の手伝いが忙しくて結局師匠とはろくに話せていないのだ。


「俺には独り身の方があってるんでな」


 師匠はふっと笑って言った。


「この和やかな雰囲気すら拒絶するとは……流石のぼっち気質ですね」


 メルさんは無表情で師匠に拍手を送っていた。


「黙れメル公」


 ムキになって言い返す師匠の姿に俺とシアは苦笑した。

 俺は知らなかったが、この二人、実は結構長い付き合いなのだそうだ。


 怒ってはいるけど、師匠も本気でメルさんを嫌ってる訳じゃないんだろう。

 多分だが。


「ここでまた会うとは思わなかったが、お前がちゃんとやれてるのはわかったから俺はそれで十分さ。今度はちゃんと、立派な冒険者になって俺に会いに来い」


「ええ。今度はちゃんと、最強の冒険者になって会いに行きますよ、師匠」


「そうか……待ってるぜ、グラッド」


 俺は師匠と握手して別れた。

 前に師匠とこうして別れたときは不安と焦りでいっぱいだったけど、今は違っていた。


 ドラゴンに勝ったとはいえ、師匠の背中はまだ遠い。

 でも、いつかは追いつけるだろう。


 俺は自然とそう思えた。




 そして、無事に依頼を達成した俺たちは、約束通り、報酬として領主の屋敷を受け取った。


「自分がお屋敷に住むことになるなんて、夢にも思ってませんでした!」


 綺麗に修繕された立派な屋敷を見上げて、シアは目を輝かせた。


「掃除はちょっと大変そうだけどな」


 大きな屋敷を見渡して、俺は少しばかり苦笑した。

 メルさんは別れ際に「必要なら使用人を雇う手配もできますよ」と言っていたが、あいにくと俺たちにそこまでの余裕はないのだ。


 はしゃいでいたシアも少し表情を曇らせる。


「それはまあ、そうですが……でも、私のストック・リリースとグラッドさんの位置替えを組み合わせればきっとうまくいきますよ!」


「…………」


「どうかしましたか?」


「いや、あまりにも自然に二人で暮らす流れになってるんで、ここは俺の方から何か言ったほうがいいんじゃないかと……」


 首を傾げるシアに俺は言った。


「あー、そういえばそうですね……お互いの気持ちは分かってますけど、ここははっきりさせておいたほうがいいですかね」


 やはりそうらしい。

 俺は改めてシアに向き直った。


「シア、これからも、ずっと一緒にいて欲しい」


「よろこんで」


 シアは笑って、俺に抱きついてきた。


「さてと、じゃあギルドまで行って、依頼を受けてくるか」


「ですね。ランクも上がりましたし、どんどん上を目指していきましょう。では、グラッドさん、お願いします」


 そう言って、シアは手を差し出した。


「ああ。行こうか」


 その手を握って、俺は位置替えでギルドへと飛んだのだった。

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追放された『位置替え』スキル使い~陰からパーティを支えていたのに追放されてしまった。だが同じように追放された凄腕魔法使いと組めたので問題ない。二人で最強の冒険者を目指すことにしたからもう戻る気はない~ 三条ツバメ @sanjotsubame

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