40.孤高のSランク冒険者
ボサボサの黒い髪に上下とも黒の服、そしてこれでもかというほど鍛え抜かれた屈強な体躯。
「オオラアアアア!」
風のように駆けてきたその男は、メルさんに突っ込んできたドラゴンの巨体を、横合いから殴り飛ばした。
赤いドラゴンは大きくよろめいたが、翼をはためかせてなんとか墜落するのを避けていた。
ドラゴンを殴り飛ばした黒い服の男は、メルさんを守るように立って言った。
「生きてるか、メル公」
「ダメです、死にました」
「なんだと!」
メルさんが無表情で淡々と答えると、男は驚いた顔で振り返った。
「冗談ですよ。助かりました。ありがとうございます、Sランクぼっちさん」
「なんて冗談言いやがる……あと、その呼び方はやめろって散々言っただろうが! 俺はぼっちじゃねえ。孤高のSランク冒険者だ!」
「……自分で自分のことを孤高とか言うのはいかがなものかと」
「黙れや!」
孤高のSランク冒険者はメルさんを怒鳴りつけていた。
「あの、グラッドさん、もしかしてあの人って……」
「ああ、うん……俺の師匠の、レイモンド・ロングマンだよ」
眼鏡の奥の目を丸くしているシアに、俺は苦笑しながらうなずいた。
ギルドマスターはこの地のモンスターの動きを把握していた。
誰か俺たちとは別の冒険者を雇ったんだろうと思っていたけど、師匠だったのか。
「あれがSランク冒険者……ドラゴンを素手で殴り飛ばすなんて……」
信じがたいと言いたげにシアは師匠を見ていた。
「そのぼっち気質ゆえに人の輪に入ることができず、一人でひたすら突きと蹴りの修練を続けた結果、知らないうちに化け物みたいな強さにまで至ってしまった、というすごいと言えばすごいですし哀れといえば哀れな方です。優しくしてあげてください」
メルさんは悲しげな微笑を浮かべてシアに師匠を紹介していた。
「メル公、てめえ覚えてろよ!」
「師匠、今はそれどころじゃありません。ドラゴンをなんとかしないと」
俺は怒る師匠に言った。
「おうよ。俺も色々調べてたから事情は大体わかってる。グラッド、手伝ってやる」
師匠はそう言ってくれた。
積もる話もあるが、今は後回しだ。
二人でドラゴンに向き直る。
竜は再び空へと舞い上がっていたし、ドラケルもなんとかそれにしがみついていた。
「なにがSランク冒険者だ。こっちが空中にいれば手も足も出せない雑魚のくせに!」
ドラケルはイライラした様子で言っていた。
「さて、それはどうだろうなあ」
師匠が意地悪く笑う。
そして、タンと地面を蹴って飛び上がった。
かなりの高さまでジャンプしたが、ドラゴンには全然届かない。
でも、ここからが本番だ。
師匠は、空を蹴って、さらに高く飛んだ。
「う、嘘でしょう! あんなことできるんですか!」
シアが目を丸くしていた。
「さっきメルさんが言ってたけど、師匠はずっと一人だけで自分を鍛えていたんだ。それで他の人と自分を比べる機会がなかったから、色々鍛え過ぎたんだよ」
俺は苦笑しながら言った。
久しぶりに見たけど、相変わらずデタラメな人だ。
軽やかに空を駆ける師匠は赤いドラゴンを追い詰めていく。
ドラケルは必死でドラゴンに指示を出しているが、師匠の方がずっと速い。
「くそ! このポンコツめ! なぜ俺の命令通りに動かない! もっとだ、もっと速く飛べ!」
竜の体をバンバン叩きながら、ドラケルがわめく。
忠実なドラゴンは、命令通りに速度をあげた。
「あっ」
ドラケルが小さくつぶやくのが聞こえた。
竜の強引な動きについていけず、彼の体は宙に投げ出されていた。
「た、助けて……」
「そりゃ無理な相談だ」
空中の師匠は、同じく空中のドラケルに冷ややかに言った。
ドラケルは訳のわからない叫び声を上げながら、地上の建物の屋根に落ちて、そのまま動かなくなった。
あの高さじゃ助からないな。
「当然の報いです」
メルさんが言った。
「さて、ご主人様は死んだわけだが……」
地上に降りてきた師匠がそう言いながらドラゴンの様子をうかがう。
赤い竜は羽ばたきながら空中にとどまっている。
その目は、俺たちを見ていた。
そして、赤いドラゴンは、ものすごい叫びを上げた。
「自由の身になったのを喜んでるみたいですね」
耳を押さえながら俺は言った。
「そうらしいな。このままどっかの山奥にでも飛んでって、ひっそり暮らしてくれるといいんだが……やっぱ無理か」
師匠がドラゴンを見ながら言う。
俺たちを見下ろすドラゴンの目は、残忍に笑っていた。
赤いドラゴンは素早く首をめぐらせると、ドラケルが落ちた建物めがけて火球を撃った。
ドラケルの体ごと、建物が燃え上がる。
さらにドラゴンは、次々と火球を吐き出した。
「今度こそ徹底的に暴れるつもりみたいですね」
シアが言った。
「倒すしかないな」
俺もうなずいた。
「グラッドさん、どうしましょう?」
「手はあるよ。シア、魔法であいつの注意を引いてくれないか?」
「いいですよ。私に向かって火の玉が飛んでくると思いますけど、それはグラッドさんがなんとかしてくれるんですよね?」
「よくわかってるじゃないか」
ニヤリと笑うシアに、俺も同じように笑った。
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