39.あの人

 ドラゴンは街から少し離れたところまで来ていたが、空中にとどまったままじっとこちらを見ている。


 まるで俺たちが逃げ惑うのを期待しているかのようだった。

 普通モンスターはあんなことはしない。


 やっぱりドラケルが操っているんだ。

 そう思っていると、赤いドラゴンが翼を広げて空中を滑るようにこちらに向かってきた。


 近くで見るとすごい迫力だ。

 街にある建物よりもずっと大きい。


 力強い翼が上下に動くたび、風が吹いて土埃が舞った。

 ドラゴンは街の門のすぐ近くまで来るとそれ以上近づくのをやめて翼をはためかせ、空の上から俺たちを見下ろした。


 その背中には、三十くらいの男の姿があった。


「ドラケルか!」


 俺が言うと、ドラゴンに乗った男は少しだけ目を見開いた。


「ほほう、俺のことを知っているってことは、親父の日誌を見たか。お前たちが俺の邪魔をしてくれていたわけだ。会えて嬉しいよ。この街もろとも、焼き尽くしてやる」


「どうしてこんなことを! アムリグの人々を苦しめるのになんの意味があるっていうんですか!」


 シアが本気の怒りを込めて言っていた。

 しかしドラケルはそれを鼻で笑った。


「俺には力があるんだ。気に入らない奴らをどうしようが、俺の勝手だろうが。この街の奴らだってな、最初から俺に服従していれば、痛い目には遭わずに済んだんだぞ」


「どうしようもないクズですね」


 メルさんが吐き捨てる。

 この人がここまで憤りをあらわにするのを見るのは初めてだった。


「ははは! 威勢がいいじゃないか! だが、いつまで保つかな? お前たちもこいつの力を思い知ったら、俺に膝まずきたくなるだろうよ。ドラゴン、やれ!」


 ドラケルが言うと、赤いドラゴンは強烈な咆哮を放った。

 ずっと遠くにいた時でも耳が痛くなるくらいだったが、この距離でやられるとまともに動けなくなるほどだった。


 身動きの取れない俺たちをよそに、ドラゴンは風を切って空高く舞い上がる。

 そして、大きく口を開けた。


 ドラゴンの口から、巨大な火球が放たれた。

 赤々と燃える火の玉は、街の門を直撃して粉砕し、炎上させた。


「ハハハハハ! 燃やし尽くしてやるぞ!」


 ドラケルは高笑いしながらドラゴンに街の上空を旋回させ始めた。

 上から一方的に攻撃するつもりか。あの高さだとシアの魔法も届かない。

 でも、


「メルさん!」


「わかってます。ファイア」


 すでにスナイパーライフルをドラゴンに向けていたメルさんがそれを撃つ。

 鋭い銃声が響くが、銃弾はドラゴンの鱗に弾かれる。


「妙な武器だが大したことはないな!」


 ドラケルが笑いながら言う。


「硬いですね……ですが、十分でしょう?」


 メルさんが言った。


「もちろん。シア、いくぞ!」


「はい!」


 俺はシアの手を取って、位置替えを使う。


 弾かれたメルさんの銃弾と俺たちの位置が入れ替わり、俺とシアは街の上空、ドラゴンのすぐそばに出現する。


「な、なんだと!」


「シア、頼む!」


 驚くドラケルをよそに俺はシアに言う。


「任せてください! デュアルブート!」


 二種の魔法がストックされた杖をシアが振った。

 火球と雷撃が同時に放たれる。


 しかし、ドラゴンは素早かった。

 強靭な翼を大きく動かして、シアの魔法をさっと避けてしまう。


 おまけに強烈な風が吹きつけたせいで俺たちはまとめて吹き飛ばされた。

 この高さから落ちるのはまずい。

 なんとかシアの手を掴み、俺は位置替えで地上に移動する。


「硬い上に速いとは、鬱陶しいですね」


 メルさんが上空のドラゴンを睨みながら言う。


「シアのリリースで怯ませて、俺があいつに位置替えの印をつけるつもりだったんですが……」


 俺は歯噛みした。あの巨体だから動きは鈍いだろうと読んでいたけど、甘かった。


「すみません。グラッドさんが印をつけられれば私たちの勝ちだったのに」


 シアが詫びてきたが俺は首を横に振る。


「大丈夫。まだ一回しくじっただけだ。印をつけてしまえばどうとでもなるんだ。またやってみよう」


「妙な武器に妙なスキルを持ってるな、冒険者ども」


 俺たちを見下ろしてドラケルが言う。


「だがまあ、これなら手も足も出せまい」


 そう言って、ドラケルはどんどんドラゴンを上昇させ始めた。


「……あの高さでは私のライフルも届かないですね……」


 スコープを覗き込むメルさんの顔に焦りの色が浮かぶ。


 厄介な状況だった。

 こっちはメルさんの銃の射程が頼りなんだ。

 それに対してあっちは……


 十分に上昇したドラゴンが空高くから地上を見下ろす。

 そして、次々と火球を撃ち出してきた。

 上から落ちてくる火の玉は、アムリグの街のあちこちに当たって、地面を焦がし、家屋を炎上させる。


「ははは! 燃やしてやるぞ!」


 上空のドラケルが笑いながら叫ぶ。


「あいつ、俺たちを無視してこの街を燃やし尽くすつもりか!」


「グラッドさん、こうなったら街の人々を外に逃すしかありません!」


「ああ! 俺のスキルでみんなを逃す!」


 シアと一緒に、俺はみんなのいる講堂に向かって駆け出した。


「私が援護しますのでご安心を」


 ライフルを構えたメルさんがそう言ってくれた。

 だが、ドラゴンは俺たちが二手に分かれると、すぐに動きを変えた。


 空高くからめちゃくちゃに火球を吐き出していたドラゴンは、ぴたりと攻撃を止めると、一人俺とシアを援護しようとしたメルさん目掛けて急降下してきた。


「よくも俺をクズ呼ばわりしてくれたな! まずはお前からだ、チビ女!」


 ドラケルが叫ぶ。

 街を燃やそうとしたのは陽動だったんだ。


 奴は最初から、これを狙っていたんだ。

 メルさん本人には位置替えの印をつけていない。


 俺のスキルで彼女を逃すことはできない。


「メルさん!」


「いえ、大丈夫そうですよ」


 俺とシアは必死になって叫んだのに、本人はあっけらかんとしていた。


 彼女には、あの人の姿が、見えていたのだ。

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