7-5.

 アダムは顔を真っ赤にして勢いよく椅子から立ち上がった。



「だ、だ、だって!だって悔しいじゃありませんか!王命で仕方ないとしても結婚を約束していた姉上を捨てて、すんなりと姫聖女との婚約を受け入れるなんて!姉上がどんだけ楽しみにしてたと思ってるんだ!抗議の声の一つでも上げろよッ!」



 姉の婚約者であったロイドに怒りを爆発させるアダム。


 アダムが感情のままにバンッとテーブルを両手で叩くと、その衝撃でティーカップが倒れ中の紅茶がテーブルに広まった。



「てっきりパーティーで姫聖女を嫌々エスコートしてるかと思いきや、笑ってたそうじゃないか!姉上を虐めていた令嬢達と踊るなんて許せない!あんな奴を一時でも兄と慕っていた自分が悔しい!」



 アダムは拳をギュッと握り、奥歯を強く噛み締めた。



「姉上を捨てたロイド・ハーレンなんか地獄に堕ちろッ!」



 アダムは当主としての在り方をしっかりと教育されている。

 ロイドが王命を受け入れる事は、王に仕える貴族なら常識的に考えて当たり前だという事も重々に理解している。

 王命に逆らったら命すらも危ういので、ロイドが王命に逆らえないとしても仕方ない事もアダムも解っている。


 だが、心のどこかでロイドが姉のリズを想い続け、リズと再び婚約するために王命に抗い頑張っていて欲しいという願望がアダムにはあった。


 そしてリズを愛していたあの誠実で真面目なロイドなら、王命をどうにかしようと奮闘していると思っていたのに・・・。



「姉上を捨てやがって!」



 王宮でのパーティーから帰ってきたリズは、何も語らずただ宙を見つめているだけだった。


 リズの身にとてもショックな事があったのは明白だった。


 様子が可笑しいリズに家族や使用人達はパーティーで何があったのかを聞くが、リズは何も答えずただ暗い瞳で宙を見つめているだけで、そのまま1人自室に籠り鍵をかけて部屋から出てくる事はなかった。


 家族と使用人達は以前よりも、心が壊れてしまった様に見えるリズの様子に不安になった。


 だけどリズは次の日から久しぶりに学園に通うようにはなったのだが・・・。

 雰囲気はとても暗く常に下を向き、何も話さない少女となった。


 アダムや両親は王宮のパーティーで何があったのかを、パーティーに参加した知り合いに聞いて回る。


 そして王宮のパーティーで何があったのかが大体解った。


 ロイドが別人のように振る舞っていたのだ。


 それはロイドが完全に聖女マリーベルの色に染り、リズを捨てたという意思の表れにアダムと両親には感じた。



「姉上を愛してたんじゃないのかよ!?」



 そしてパーティーに参加した知り合い達は、ロイドがリズの元婚約者と知っているのに、リズの家族を前にロイドが聖女マリーベルととてもお似合いだったとうっとりと語り出した。


 うっとりと語る知り合いの中には、リズを憐れみマリーベルを悪女だと怒りを露わにしていた者もいた。


 だけどロイドとマリーベルが並んだ姿を実際に見て


『第二王子ギルフォード殿下の考えは英断!』

『運命の王命!』

『聖女様とハーレン公爵様は運命だったのよ!だって美しい2人はとってもお似合いでしたもの!』



 などと掌を返し知り合い達は興奮気味に語り



『ハーレン公爵よりも君の姉君にぴったりな殿方を紹介してあげるよ。』

『ハーレン公爵に比べたらずっと平凡な男だけど、君の姉君にはピッタリでお似合いの男だよ。』

『リズ様はハーレン公爵様よりも、もっと合った殿方の方がよろしいかと。』



 などと、もっと最低な事を言ってくる者もいた。

 

 まるで遠回しにリズは身の丈に合った男性と結婚させるべきと、言っている者達に対しアダムは怒りと悔しさを覚えた。


 そして何よりも、公衆の面前で聖女マリーベルを選んだかのように見せつけたロイドがアダムには1番許せなかった。


 アダムには皆んなが大切な姉を見下し軽んじているように感じて悔しかった。



「誰も姉上の気持ちなんて考えていないっ!」



 何故ごく普通の令嬢である姉ばかりがこんな目にあわなければならないのだと、ずっとアダムは考えていた。



 ロイドにはリズという婚約者がいたのに、ロイドと聖女を王命で婚約させた王と第二王子。


 新たに与えられた婚約者と共に誰よりも美しく着飾る絶世の美女である姫聖女。


 リズと婚約していた時とは別人のように振る舞い、絶世の美女とお似合いの兄の様に慕っていた男。


 以前はリズに同情していたのに、今では掌を返すような発言をする知人達。



「姉上は軽んじられていい人じゃない!」



 名のある伯爵家の令嬢であるリズを誰もが軽んじていた。

 それはアージェント家の事を軽んじている事も同じだ。


 だからアダムは少しでも皆んなに解らせたかった。

 許さないという事を。

 怒っている事を。

 姉もアージェント家も決して軽んじていい相手ではないという事を。


 だから第二王子のロイド達のいる派閥に敵対する派閥に入りたいと思ったのだ。


 怒っていると思い知らせ、分かりやすく敵対する為に。


 それがデメリットしかないシャルルの派閥に入る事を望んだ理由だった。



「姉上をロイド・ハーレンよりの上の立場の男と結婚させれば、誰も姉上を見下したり軽んじる人は居なくなります!そして姉上を捨てたロイド・ハーレンを見下してやるんです!姉上と共にっ!」



 それがアダムの望む見返り。



「ブハッ!アーハッハッハッ!!」



 突如噴き出して腹を抱えて笑い出すシャルル。



「何が可笑しいのですか!?貴方が教えろと言うから仕方なく言ったのに!!」



 テーブルをバンバン叩いて爆笑しているシャルルにアダムは顔を真っ赤にして怒った。

 


「ヒヒッ、だって俺と君のお姉さんの組み合わせとか意外過ぎて、ハハッ!」


「笑うの止めてくださいよっ!」


「確かに婚約者のいない俺の出来る範囲ではあるけれど、ブハッ!アーハッハッハッハッ!」



 ツボったシャルルはひとしきりに笑った後、息を落ち着かせてヘラヘラとアダムに謝った。



「てっきり俺は爵位とかお金とかを見返りにお願いすると思ってたから不意打ちで笑っちゃったよ~。」


「フンッ!正直に言わなければよかったです!」


「ごめんごめん。でも正直に心の内をぶちまけてくれた君に好感を得たよ。」


「あっそうですか!」



 そっぽ向いて怒るアダムに笑い過ぎたと反省したシャルルは困ったように笑みを浮かべた。



「案外賢いね君。君の家にとって俺と君のお姉さんを婚約させた方が効率が良いもん。王の寵愛は無くとも一応俺は王族だし?俺と結婚すれば大抵の貴族は頭を下げるし令嬢達に羨ましがられるからね。見返すにはいい考えだよ。まさか君が自分の姉を僕に勧めるなんて思わなかったけど。」


「ロイド・ハーレンの中にまだ姉上を好きな気持ちが残っているか分かりませんが、ショックを受ければいいと思っています。」


「・・・・・・ククッ。」


「殿下、肩が震えているのですがまだ笑っているのですか?」


「ち、ちがうよ、ブフッ。」



 ジト目で睨むアダム。

 シャルルはゴホンと咳をして仕切り直した。



「俺から無理矢理聞いといて悪いけど、その褒美はあげられないかなぁ~。だって俺好きな人いるもん。超片想いだけど。」



 アダムは眉をひそめイラつきながらガシガシ頭をかくと、深くため息をついた。



「そうだろうと思ってましたよ・・・それでも万に一つの確率でシャルル殿下と姉上が婚約者になればいいと思っていましたし、傷付いている姉に婚約を無理強いするつもりもありませんでした。だけど、シャルル殿下が見返りに何がいいかしつこく聞き出そうとするから・・・。」


「ごめんごめん。もうあんな意地悪しないよ。」


「ダメ元でもあんな事言わなきゃよかった・・・。」



 アダムはシャルルに振り回されている気がしてアダムの派閥に入った事を既に後悔していた。



「まぁまぁ、楽しくやろうよ。」


「なんだか疲れた。」



 マイペースなシャルルにアダムは大きなため息をついた。



「でもさ・・・。」


「今度は何ですか?」



 アダムはシャルルを面倒くさそうに見た。



「その話、使えるかも。」


「その話って・・・姉上とシャルル殿下の婚約の話ですか?」



 シャルルは口元を手で隠すと楽しそうに笑った。



「ちょこーっとだけ、引っ掻き回してやろうよ。」



 何考えてるか分からないシャルルにアダムは顔を歪めた。









 とある夜。



「ねぇ、ロイド。」

 


 ハーレン邸のマリーベルの執務室にて。

 呼び出されたロイドは分かりやすく緊張と気まずさを顔に出しながら、机を挟んで椅子に座るマリーベルの前に立っていた。


 マリーベルはいつものように微笑んでいるが、その微笑みは感情を表に出さない為の仮面という事を知っているロイドには、今目の前に座るマリーベルが怒っている様にも見えていた。


 今から何を言われるのかと、ロイドの身体に少し力が入る。



「貴方、宰相になる気あるの?」



 何を聞かれるのか身構えていたロイドは、質問内容が思ったより軽かったことにホッとして身体の力を緩めた。



「もちろんそのつもりだ。」



 宰相だった父の背中を見てきたロイドは当然だと言うように答えた。



「なら明日から毎日学生らしく学園に通いなさい。」


「・・・・・こんな時に私だけのうのうと学園に通うなんて出来ない。それに学園は私の事情を理解しているから成績を下げなければーー」


「大体の仕事は貴方がいなくても私に出来るようになったから言っているのよ。だから通常通りに学園に通いなさい。それとも私の仕事にまだ至らない所があるのかしら?」


「いや、そんな事はないが・・・。」



 マリーベルはお金の管理や書類の作業から、使用人や騎士団の指示まで全てが完璧だ。


 その他にもルーベンスの各地をロイドと共に周り、マリーベルが来てからというもの復興作業が以前よりも早く進み、領民達の相談もちゃんと聞いてくれるのでよく出来た婚約者だと評判は上がりつつあった。

 

 厳しい王妃教育の賜物なのか、公爵のパートナーとしての仕事はあっという間に覚え、当主の分の仕事もついでに完璧にこなすのでロイドとマーガレットは大変驚いていた。


 ロイドは以前よりも仕事がとても楽になったと感じていたが、ルーベンス領の復興が終わっていないのに通常通りの学生生活に戻るのは気が引けた。



「宰相になる気はあると言ってたけど、王宮に顔も出せていなかったんでしょ?ハーレン家の事は全て私に任せて学園と王宮にしっかりと通いなさい。」


「だが・・・。」


「貴方私に口で勝てない癖に口答えするの?」



 微笑んだままイラつているマリーベルに、ロイドはまたしてもマリーベルを怒らせてしまったと内心冷や汗をかく。



「貴方が嫌なら学園や王宮に通わなくていいわよ?宰相という立派な地位が降ってくるのなら。それとも既に前当主から宰相という地位を引き継いだのかしら?してないわよね?このままだと貴方宰相どころか王宮での地位もないわよ。」



 王宮での地位や職は王族や大臣達が話し合って主に上級貴族から選ばれるか、親が子に引き継ぐのがだいたいの流れだが。

 ハーレン家の前当主もその流れに漏れず、ロイドが学園を卒業後の十数年後には宰相の地位を明け渡す予定だったがそれは叶わなかった。


 現在はロイドの父の部下である男爵が仮の宰相でり、その男爵から宰相の仕事を学び、上の立場の人間にロイドが宰相に相応しい人物だと解らせる必要がある。


 それをしなくてはならないのに、日常がとても忙しかったロイドにはできなかった。


 数秒考えてマリーベルが言っている事が正しいと思ったロイドは小さなため息をついた。



「分かった・・・私は再び学園と王宮に通う事にする。家の事はマリーベルに任せるよ。」


「そうと決まればロイドにやってもらう事があるわ。」



 マリーベルはロイドに無駄な事はさせないと分かりつつも、ロイドは嫌な予感がした。



「ギルフォード様と一緒にいなさい。」







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〈アトガキ〉

色んな人間の思惑やら言動の説明回でした。

次回から第8話です。

いつもながら難産(´∀`)

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婚約者のいる側近と婚約させられた私は悪の聖女と呼ばれています。 鈴木べにこ @beni5

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