3人が喜ぶ。「感動のフィナーレ!」
ついにたどり着いた王都!街並みも建物も今まで通ってきたどんな町より、そして悔しいけど公国の都より整っていて素晴らしい。3人は感慨深くそれを眺めながら、王宮へと向かうカール王子の背中を見つめている。
「この背中見るのも今日が最後と思うと、なんだか嬉しいような悲しいような複雑な気分だ」
ハインツの呟きに、女性2人が珍しく同意する。
「本当にいろいろなことがあったよね。公国に戻ったらエルフィラが誉めてくれるよ」
ミリアーネが今までのことを回想する。3人で木箱に半日隠れていたこと、サリアが賊に苛烈なお仕置きをしたこと、ハインツの妄想官能小説を聞かされてうんざりしたこと、山で置き去りにされたこと――――
そして気付いた。
「アレ?なんかまともな思い出がないな?」
「そんなことないだろう?私たちは私たちなりに活躍したさ。もっと自信を持っていい。例えば――――」
サリアも自分の活躍を思い出そうとする。ミリアーネが賭博で大勝した金を一晩で飲み干したこと、ミリアーネを山に置き去りにして逃げたこと、首狩り騎士という都市伝説の元ネタになったこと――――
そして気付いた。
「いや、活躍してないな、コレ」
ハインツが情けない顔をして、
「おいおい、どうしたんだよ2人とも。いつもの元気と自信はどこにいったんだ」
そして彼も回想してみる。2人と木箱の中で半日密着していたこと、王子を客引きから救ってそのまま豪遊したこと、そして幾度となくサリアに罵倒され、ミリアーネにゴミを見る目で見られたこと――――
鼻の下を伸ばしながら、
「ほら、結構いい旅だったぜ」
2人がやっぱり汚らわしいものを見る目をしながら、
「その結論に至った経緯を聞かせてみろ」
「絶対変態的なこと考えてたよ。鼻の下がだらしなく伸びてるもん」
◆
いよいよ王宮。やっぱり公国の城より立派で、高い城壁の前には満々と水をたたえた堀、そこに一本の跳ね揚げ橋が架かり、渡った先に分厚い城門。王子はそこで衛兵と話している。遠くから見ていると、なにか問答しているようだ。おそらく、公国の王子だと信じてもらえないのだろう。確かに、護衛も連れずに少年がやってきて挨拶に来た隣国の王子だから門を開けろと言われても、信じる衛兵はなかなかいないだろう。
「助け船を出してあげるか。たぶんこれがこの旅最後のご奉公だ」
ハインツの提案はもっともだけれど、3人も王子を王子だと証明できるものはない。
「衛兵を斬り伏せるか」
困るとこういう過激な発想にたどり着くのはいつもサリアである。
「そんなことしたら王国との戦争が始まるぜ……」
「冗談だよ」
「サリアが言うと冗談に聞こえないんだ」
聞いていたミリアーネがポンと手を打って、
「こういうときこそモブキャラの本領発揮しなきゃ!」
またくだらないことを――――と言いかけたサリアを遮って、
「どうどうどうどう。私たちはこれから通りすがりの通行人になるんだよ。で、たまたま公国王子を見つけるってわけ」
王子と衛兵がまだ押し問答している王宮の門前へ3人がやってきて、ミリアーネがいきなり大声を出した。
「ア、アレハコウコクノカールオウジダヨ!」
練習もしてない素人茶番劇だから、ミリアーネは自分でも驚くほどの抑揚のない棒読みになった。そして続く2人もひどすぎた。
「アッホントウダ。ワタシタチハコウコクニスンデイルカラワカル」
「アレハマチガイナクオウジダゼ」
大音量の棒読みに衛兵が不審を抱かないはずかなく、詰所から多数の衛兵が3人の方に寄ってくる。
「やかましい、王宮の前で大声出すんじゃない!貴様ら何者だ?」
3人は冷や汗ダラダラ、学校に通っていた時分に学芸会の劇の練習をもっと真面目にやっておくべきだった、と思いつつ、公国騎士だからですとも言えないから黙っている。それが衛兵をますます怪しませ、
「怪しいやつらだ。詰所で話を聞かせてもらう。来い!」
あっという間に連行されて詰所の中。問いに答えろ!と怒鳴りながら机を叩く衛兵の剣幕に怯えるサリアに、ついさっき衛兵を斬り伏せるとか言ってた威勢はどこにも見当たらない。しかしそこで彼女はふと思い出した。旅の始めに詐欺師から王子の剣を取り戻したとき、たしか柄の先端に公国紋章が彫ってあった――――
「わ、私たちは公国からの旅芸人で、王族をこんなところでお見かけしたのでつい嬉しくて大声出してしまいました」
「『こんなところ』だと?」
衛兵の刺すような視線。サリアはしどろもどろ、
「いや、いまのは言葉のあやで……」
「まあいい。あの少年が王子だというのがなぜわかるんだ」
「あの少年が差してる剣の柄先に公国紋章が彫ってあったからです。あの紋章を使えるのは王族だけです」
衛兵は胡散臭げな顔をして確認しに行き、それが本当だとわかってようやく3人は放免された。衛兵が呆れた顔で説教する。
「もう王宮の前で騒いだりしないように。それにしてもよくあんな小さい彫り物が見えたな」
「私、視力だけはいいので……。遠くの人の風で捲れたパンツとか見えます」
サリアの大嘘に衛兵は何の興味も示さない。顔をしかめて詰所に戻っていった。
「サリア、最後スベったね」
詰所からの帰り道、ミリアーネがニヤニヤして話しかけてくる。
「元はと言えばミリアーネの作戦がダメだからだ。なにがモブキャラ通行人作戦だよ」
「でも、結果オーライだったでしょ」
「私が機転をきかせたからだ!」
「それは感謝してるけど、根本的な成功要因は私たちがモブキャラだからだと思うんだよね」
「また始まった」
サリアのうんざり顔を無視してミリアーネは語る。今までの約3ヶ月、王子は一回も自分たちに気付かなかった。これは私たちがモブキャラだからだ。モブだから存在感がなくて、王子のような主人公人生を歩む者からは存在を気にかけられないのだ。だから私たちをこの任務に選んだ団長の判断は正しい。まさに適材適所。そしてただの通行人という言い訳を衛兵が信じてくれたのも、私たちが存在感のないモブキャラだから。もしもっと存在感のある3人だったら、王子の護衛とバレていたかもしれない。やっぱり適材適所。
ミリアーネが一区切りして我に返ると、サリアもハインツも何一つ聞いていなかった。
「聞いてよ、私の話!」
「うるさい、大声出すなってさっき言われたばかりだろう。それにこんなところで油売ってる場合じゃないよ。早く城門に戻らなきゃ」
ミリアーネが不思議そうに周りを見ると、皆自分たちと反対方向に向かって急いでいる。聞けば、国王の配慮でカール王子が王国民の前で挨拶することになったようだ。
「そうなの?早く行かなきゃ!」
さっきまでの一人語りも忘れて、彼女は駆け出した。
ハインツを2人がかりで押しながら会場になる城門前に戻ってくると、そこはもうさっきと打って変わって黒山の人だかりだ。もうちょっと痩せる気ない?とかいつも通りのことを愚痴っているうちに、城門の上の監視窓のようなものが開き、王子の顔が覗いた。ほぼすべての王国民にとって隣国の王子の顔を見るのはこれが初めてだから、周囲が途端にザワつきだした。
「へえ、あれが公国のカール王子か」
「賢そうな顔ね。公国の将来は安泰だわ」
「いやいや、生っ白くて、見るからに頼りねえ」
「たしかに、腕も細いわねえ。あれで剣が振れるのかしら」
見物人が好き勝手言っているのが階上にいる王子にも聞こえてきて、彼は臆してしまった。もともと人前に出るのが大嫌い、ましてや面識のない他国の民衆の前なんてもってのほか。だから先程国王が王国民の前で挨拶をしていくが良いと提案したときも、必死になって固辞したのだ。しかしそれをカール王子の謙虚謙譲の現れと受け取った国王、若いのになかなか大した少年だと感心する。そして遠慮はいらんとなかば無理矢理この場に立たせ、城の兵を使って王都じゅうに広めてしまった。
人見知りのうえ、民衆向けの挨拶なんて考えていないから、王子はもうパニック状態。
「み、皆さん、今日はお集まりいただきありがとう。僕は公国の王子カールです」
なんとかそこまでは言えたものの、次に話す言葉が浮かばない。必死に頭を捻るが、そもそも何を話せばいいのだ?もともと自発的に始めた訳でもない一人旅、旅の途中も詐欺師に騙されかけたり風邪で寝込んだり山道で遭難しかけたり、自分の未熟さを痛感することばかり。自分はこの旅で何か得ただろうか。為政者には向いてないという教訓だけではないか?
王子の心の中の悲嘆は露知らず、彼が口ごもる様子を見た王国民のそこかしこから失笑やため息が聞こえてきて、彼のパニックをますます加速させる。失笑とざわめきの渦の中で王子が泣かんばかりになっているとき、観衆の後ろの方から3つの大声が飛んできた。
「頑張れ、王子!」
「私たち公国民が応援してますよ!」
「公国の意地を見せてやれ!」
あまりにも大きな声だったので、全観衆の視線がそちらに向いた。すぐに衛兵がすっ飛んできて、3人を連行していこうとする。3人は衛兵に引きずられながら、なおも大声を出すのを止めない。
「同世代の子供が公国から王国への一人旅なんてしないですよ、そのことだけでも誇っていい」
「我々も誇りに思います」
「聞いてるやつらもやつらだぜ、少年が頑張ってスピーチしようとするのを応援してやろうと思わんのか」
どうしても黙らないので、ついに猿ぐつわを咬まされて連行されていった。
王子はその光景を見ながら思い出した。この旅の間、困った時には誰かに助けられていたことを。詐欺師に騙されそうになったとき、客引きに連れ込まれそうになったとき、そして山道で途方に暮れていたとき――――――
再び話し始めたとき、王子の口からは別人のように言葉があふれ出た。
「皆さん、僕はこの旅で1つの教訓を得ました。それは、人は誰かに助けられて生きているということです。この旅の途中、僕は何度も見知らぬ人に助けられました。それは――――――」
◆
再び詰所に連行された3人。さっきと同じ衛兵が心底呆れたという顔をして、
「こんな短時間で同じ人間がやって来るのは初めてだ」
3人には返す言葉もない。身をすくめて黙っていると、衛兵がやっぱり机を叩きながら怒鳴る。
「しかも連行された理由まで同じなんだからな。お前らはなんだ、3人揃って定期的に大声出さないと死ぬ病気なのか?」
反論のしようがないのでひたすら平謝りに謝る3人に向かって、なおも衛兵は怒鳴っていたが、ふとニヤッとしてこう言った。
「だが、公国臣民としては1つの模範解答だろう。カール王子は良い配下に恵まれたな」
おや?と3人が思う間もなく、外の城門前広場から拍手喝采が沸き起こった。衛兵は早くも厳しい表情に戻って、
「とにかく、もう来ないように。三度目はないからな!」
◆
再度の放免後、城門前から帰る人たちに交じって歩くミリアーネたち。
「最初はどうなることかと思ったけれど、感動的なスピーチだったぜ」
「それがまだ15歳なんだものなあ。将来どんな大物になるのか」
「公国の未来は明るいわねえ」
というような会話がそこかしこで聞こえてきて、3人も内心鼻が高い。
「途中で大声出してたやつらはなんだったんだ」
「ただのイカレポンチだろ」
というような会話も時たま聞こえてくるのだったが……。
「ともかく、無事に任務完了できてよかったよ」
ようやく肩の荷が下りたという顔のミリアーネ。サリアとハインツの顔も晴れやかだ。
「ずっと休日無かったからね。少し羽を伸ばそう」
「王都の名所巡りしていかないか?」
「いいねえ、それ」
3人でこれから行くところをウキウキで決めていると、前から公国の紋章を帽子に付けた若い男がやってきた。
「失礼、サリア殿というのはあなたですか?やっぱりそうか。公国騎士団のベアトリゼ様からの伝令です。これをお三方に渡せと」
「そうですが、なぜ私がサリアだと?」
サリアは何気なく聞いたのだが、ミリアーネは次に起こることがもう分かった。が、男はミリアーネが止める前に答え始めてしまった。
「ベアトリゼ様から、サリア殿が一番わかりやすい、顔がいかにも疫病g―――」
サリアの顔がみるみる本物の疫病神に変わっていくので、ミリアーネは強引に話を打ち切った。
「あ、よく分かりました!ベアトリゼ隊長にはよろしくお伝えください!それじゃ、ありがとう!」
「で、手紙はなんて書いてあるんだい?」
伝令が行ってしまうと、ハインツがサリアの手元にある手紙をのぞき込む。ミリアーネもウキウキで、
「きっと特別昇格の通知だよ!こんなに頑張ったんだからさ!」
「暑苦しいからくっつかないの。特にハインツ。慌てなくても今開けるよ」
サリアも内心ワクワクしながら手紙を開く。それには手短にこんなことが書いてあった。
”ミリアーネ、サリア、ハインツ、この手紙を読んでいるということは、殿下と一緒に無事王都にたどり着いたことと思う。よくやった。帰りもその調子で頼む。健闘を祈る!ベアトリゼ”
手紙から顔を上げたミリアーネ、乾いた笑いしか出てこない。
「そっか、そうだよね……。行きがあれば帰りもある、当然のことだね……ハハ……」
サリアは憮然として、
「私はもう嫌だぞ。このメンバーだと碌なことが起きん」
「半分くらいサリアの自爆じゃね?」
3人のモブキャラな旅はまだ続く。
(完)
モブたちのステルス護衛旅! 桃栗三千之 @momokurimichiyuki
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