第4話「君がくれた花 その3」



「ユリア様、これは俺からです」

「まぁ、綺麗ね。ありがとう♪」

「ユリア様、受け取ってください!」


 ヘルゼンはクラリスと共に、プレゼントの受け取り会場にやって来た。ヘルゼンからは十字架、クラリスからは手作りのクッキーが送られた。


「これ、手作りのクッキー? ありがとう!」


 ここはユリアの屋敷だ。ユリアは会場で天使達のプレゼントを次々と受け取る。途中で休憩を挟みつつ、一人一人にお礼を述べる。朝から夕方まで列は減ることはなく、増える一方だ。

 しかし、ユリアは誰一人手を抜くことなく、しっかりとお礼を述べた。クラリスに対しては、その場でクッキーを一枚食べた。


「うっ!? か……辛い……」

「え……わぁっ! ごめんなさい! 間違えて唐辛子を入れた方を持ってきてしまいました!」


 クラリスは何度も頭を下げた。一番に慕う女神であるからこそ、罪悪感が計り知れない。しかし、ユリアは口元を押さえつつも、クラリスの頭を優しく撫でた。


「いいのよ、頑張って作ってくれただけでも、私はすごく嬉しいから。ありがとね、クラリス」


 ユリアはクラリスの頬にキスをした。


「ユ……ユリア様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」


 クラリスは歓喜のあまり気絶した。ヘルゼンはユリアに頭を下げ、クラリスを抱えて帰っていった。


 二人が離れた後、ユリアは肩に手を当てる。だいぶ疲労が溜まってきた。しかし、自分のために開いてもらった催し物であるため、気を抜くことなどできなかった。








「ありがとうございました~。後は我々で回収します。残りの人はこちらにどうぞ」


 あっという間に日は落ち、午後7時を迎えた。流石にこれ以上ユリアを働かせるわけにもいかないため、彼女を部屋で休ませ、残りのプレゼントは部下が受け取ることになった。直接受け取ってもらえないとわかった人々は、頭を垂れた。


「はぁ……」


 腕を回しながらため息をつくユリア。ひたすらプレゼントを受け取ってお礼を言うのは、日々の書類整理よりもある意味重労働だ。

 しかし、自分はセブンの統治者としてしっかりとしていなければいけない。






「……ん?」


 窓の外を黒い大きな影が通り過ぎたような気配を感じた。ユリアは窓に近付く。


「ユリア、窓を開けてくれ」

「ユリウス!?」


 彼女は急いで窓を開け、ユリウスを部屋に招き入れた。いつものように漆黒の翼を羽ばたかせて飛んできたようだ。何ともダイナミックな入室である。


「もうこんな時間なのに、あんなに並んでんだな」

「みんな余程私のことを慕ってくれてるみたい。とても幸せだわ♪」


 二人はベッドに隣同士に座る。窓に差し込む月明かりだけが、明かりのない部屋を照らす。


「あ、これ、遠山直人からのプレゼントらしい」

「あら、素敵なぬいぐるみ♪」


 ユリウスは直人から受け取ったプレゼントをユリアに渡す。小さなウサギのぬいぐるみだ。


「あと、俺からもプレゼントがあるんだ。どうしてもお前に直接渡したくて……」

「ユリウスも用意してくれたの? 何かしら♪」


 ユリウスは背中に隠したプレゼントを、ゆっくりとユリアの前に差し出した。




「ユリア、受け取ってくれ」


 ユリウスの手に握られたのは、たった一本の小さなピンク色の花だった。その辺に咲いていたものを千切って持ってきたような、あまりに不格好な贈り物だった。


 しかし、誰の目からも幻滅させるようなものでも、ユリアの瞳にはとても美しく輝いて見えた。なぜなら……


「……これ、あの時の?」

「あぁ。お前がくれた花だ」


 セブンの統治者に就任する前の遥か昔、神学校で見習いの天使として学んでいた頃だ。あの時はまだユリウスも天使で、ユリアと共に勉学に励んでいた。

 しかし、劣等生のユリウスは周りのレベルに付いていくことができず、一人孤立していた。そんな彼に、優等生のユリアは常に手を差し伸べていた。


『ユリウス、綺麗なお花見つけたの。はい、あげる♪』


 二人の脳裏に、幼い頃の記憶が呼び起こされる。誰も出来損ないの天使であるユリウスに構う者はいなかった。


『完璧な生き物なんてこの世にいないよ。それに完璧になる必要なんてない。誰だってなれないもの』


 しかし、ユリアだけは違った。彼女はめげずにユリウスに話しかけ、彼の心の支えになろうとした。


『私にだって苦手なことやできないことがある。みんなそうよ。でもね、みんなその人にしかない特別な力を持ってるの』


 あの時、ユリアは花を摘み、落ち込むユリウスの髪を結った。ユリウスは度々構ってくれるユリアを乱暴に突き放してしまったが、本当は心の底から彼女の優しさに救われていたのだ。


『ユリウスにもきっとあるよ。ユリウスにしかできない何かが。だから頑張って』


 神学校を卒業した後も、ユリウスが悪魔に成り果ててしまった後も、ユリアは彼を追いかけ、支え続けた。直人と友美の一件もあり、自身の完璧を求める姿勢にも疑いを持てるようになった。


 どんな時でも、ユリアはそばにいてくれた。


「ユリア、今まで俺を支えてくれてありがとう。俺、全然ダメな奴だからさ、何とか選んだこのプレゼントも、喜んでもらえないかもしれない。でも、お前のことを思って一生懸命考えたんだ」

「ユリウス……覚えててくれたんだ……」


 あの時、落ち込んだ自分にユリアがくれた花。名前もわからないが、とても可愛くて美しくて素敵な花。今度は自分が贈ろうと、ユリウスは決めた。そして次は、自分がユリアを支える番だ。


 ユリアは花を受け取った。


「ユリウス、ありがとう……」




 そして、ユリウスはユリアの体を優しく抱き締めた。


「ユリア、好きだ」


 いつしか憧れは嫉妬に変わり、嫉妬は尊敬に変わっていた。その尊敬が、今は愛情に変わっている。いつしかユリウスはユリアのことを、神としてだけでなく、一人の女性として見ていた。


 いつの間にか、ユリウスはユリアに恋心を抱くようになっていた。


「私も……ユリウスのことが好き……」


 彼女もまた、ユリウスに恋をしていた。いつからか、彼のことを放っておけなくなり、手を差し伸べたい気持ちに突き動かされた。その根底には、彼に対する恋心があったのかもしれない。


「ユリア、本当にありがとう」


 そして、二人は淡い月光に照らされながら、優しい口づけを交わした。悪魔と女神という、何とも衝撃的なカップルが出来上がってしまった。しかし、そんなこともお構い無しに、二人は濃密な夜へと駆けていった。






「前に出ろ」


 今日もユリウスは審判所で、死者達を裁く。ユリアのおかげで、自分の仕事にも誇りを持てるようになった。ユリウスはこれからも自分にできることを探して生きていく。


「よし、お前はセブンだ」


 目の前の死者のセブン行きが決まった。心の中でユリアに告げる。あとは任せたぞと。




「ふふっ」


 ユリアはユリウスからもらった花を、自室の机に飾った。日の光を浴びて、元気に咲いている。二人の熱い恋心のように。


「さてと、お仕事お仕事♪」


 そして今日も大量の書類とにらめっこだ。ユリウスが自分を愛してくれている。その事実があるだけで、どんなに辛い業務でも乗り越えられる。ユリアはなぜか、そんな気がした。


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世界で一番大きなごめんね 番外編 KMT @kmt1116

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