第3話「君がくれた花 その2」
「このカクテル美味しい~♪ サラマンダーの涙なんて、おかしな名前ね~」
「度数高いらしいから気を付けろよ」
ユリウスの注意も聞かず、ユリアはジュースを飲む感覚でぐいぐいとカクテルを口に流し込む。二人は繁華街のとあるバーに来ており、共に酒を楽しんでいた。
「それにしても約束を忘れるとはな。どうせ明日の記念日のことも忘れてたんだろ」
「えへへぇ~。でもユリウスは覚えててくれたんだぁ~。優しいねぇ~、嬉しいねぇ~♪」
ユリアはユリウスの頬を指でつついたり、彼の髪を撫でて遊んだりしている。既に彼女は泥酔していた。彼女にサラマンダーの涙はハードルが高過ぎたようだ。
「ユリア、離れろ。くっつくなって」
「いいじゃ~ん。まだまだ夜は長いんだよぉ~」
終いには、自分の巨乳をユリウスの腕に押し付けてきた。彼女の着ている純白のドレスは生地が薄い。柔らかい胸の感触がほぼダイレクトに伝わる。彼の意識は理性を保つのに精一杯だ。彼女の挙動は更にエスカレートする。
「ねぇユリウス、ちゅーしよ、ちゅー。あの時みたいにさぁ」
「お、おい! やめろ! てか、あの時は口じゃなくて頬だっだろ!」
「ユリウス、私……もう……///」
「ユ、ユリア! やめ……///」
するとユリアは脱力し、ユリウスの胸に倒れ込んだ。
「お、おい! ユリア?」
「……」
ユリアはすぅすぅと寝息を立てていた。泥酔し過ぎたあまり、眠ってしまったようだ。たった一杯飲んだだけで、これほど彼女を狂わせてしまうとは。ユリウスは自分のグラスに注がれているサラマンダーの涙に震える。
「全く……結局プレゼント何が欲しいか、聞きそびれちまったじゃねぇか」
しかし、夜遅くまで仕事をしていて疲れていたのも原因だろう。ユリアはこう見えて優秀な女神だ。自分の何百倍も何千倍も……。
「……」
ユリウスはユリアを背負って運んだ。町行く人々は、彼に好奇の目を向ける。本当は彼女にプレゼントは何がほしいかを聞くために飲みに誘ったが、それは叶わなかった。
しかし、彼女の幸せそうな寝息を聞く度に、なぜか微笑ましい気持ちになる。ユリウスはユリアの屋敷を目指し、町の光の中を歩いた。
……背中に乗っかる彼女の巨乳の感触に耐えながら。
「は?」
翌日、遠山直人は宿舎で目を覚ました。開目一番に飛び込んできたのは、サランラップに包まれた大量のクッキーの山だった。どれも形が歪だった。
キッチンにはエプロン姿のクラリスがいた。直人の世話を任された天使だ。
「直人さんおはようございます! 早速ですけどキッチン借りてます!」
「それは別にいいが……」
机に積まれたクッキーの量が異常だ。これだけ大量にあれば構わないだろうと、直人は一枚手に取り、口に放り込んだ。
「辛っ!?」
「あ、ごめんなさい! それ失敗作です! 砂糖と間違えて唐辛子を入れてしまって……」
クラリスの料理音痴には慣れてきたが、ここに来て再びとんでもないミスパンチが繰り出された。どう頑張れば砂糖と唐辛子を入れ間違えるのだろうか。間違えるなら塩が鉄板だ。
「これ……ユリアのためか?」
「直人さん、“ユリア様”です。ちゃんと様付けしてください! ユリア様は本当にすごい女神様なんですから!」
彼女の作っていたクッキーは、今日のために覚えたレシピだそうだ。誰よりも熱くユリアを慕う彼女なら、当然の行動だろう。
「そういえば、直人さんは何をあげるんですか?」
「いや、特に何も」
「はい!? 何考えてるんですか!!! ユリア様に贈り物をしない!? そんなことが許されると思ってるんですか!?」
クッキーの生地をこねていたクラリスだが、直人の衝撃的な発言に思わず突っ掛かってしまった。彼女らしくなく、声を荒らげる。
「え、いや、でも……贈り物は強制じゃないんだろ?」
「何を馬鹿なことを言ってるんですか!? セブンに永年の幸をもたらした偉大なる最高神のユリア様ですよ!? ユリア様はすごいんです! 多くの天使を束ねるカリスマ性! 誰にも真似できない寛大で優しい心! どの世界の美人も肩を並べるのもおこがましいくらいの、あの伝説級の美貌! あと大きなおっぱい!」
「最後のやついるか?」
「崇高な女神ユリア様の多大なる恩に、何も返さずにいるのは邪道! 彼女の日々の恵みに感謝し、貢ぎ物を授けるのは、もはや私達セブンに暮らす者の義務なんですよ!」
あくまでユリアへの贈り物は強制ではない。しかし、直人の釈然としない態度に激怒し、クラリスは直人の着ている服の襟元を掴んで持ち上げた。普段の彼女からは想像もつかない力だ。
「わかったらとっととプレゼントを買いに行ってください! 何もしないで今日という日を過ごすなんて、承知しませんからね!!!」
「は、はい!!!」
直人はクラリスの叫び声に押し出され、逃げるように町へ向かった。
「クラリスの奴、あんなに張り切る必要あるのか……」
偶然見つけたアクセサリーショップに入り、商品を眺める直人。30分間店を何周も歩き回るが、一向に決められない。女性へのプレゼント選びは、こうも難しいものなのか。
「……」
そういえば、生前でも同じようなことを思っていた。恋人の中川友美のことだ。彼女にも同じくプレゼントを贈ろうと計画したことがある。
「でもなぁ、今回は相手は恋人じゃねぇし……」
同じ女性である友美なら、何がベストかわかったりするのだろうか。そんなことを思いながら、直人はなんとなく真横に振り向いた。
そこにはユリウスが立っていた。
「ユリウス!?」
「お前……遠山直人か」
「なんでここにいるんだよ」
「別にいいだろ」
「あぁ、ユリア様のプレゼントね」
ユリウスなら普通手に取ることはないであろうピンクのリボン。彼の手に握られた商品から、直人は瞬時に察した。
店内はがらんとしていて、客は直人とユリウスの二人しかいない。。みんなユリアの屋敷にプレゼントを届けに行ったのだ。
「そういえば、お前は中川友美と恋人同士だったな」
「それがどうした?」
ユリウスの口から友美の名前が出てきた。意外に思いながらも、直人は彼の口に耳を傾けた。
「……直人、思いを寄せる女性にプレゼントを送るとしたら、何がいいんだ?」
直人はユリウスの顔を覗いた。どこか寂しそうな、遥か遠くの峰を見るような表情だった。運良く「好き」という感情を理解している直人は、自分なりに彼へのアドバイスを考えた。
「さぁな。ユリア様のことは、俺は何も知らん。だが、お前はよく知ってんだろ? 何年も一緒にいたんだし」
「……」
「まぁ、自分の正直な気持ちで、相手が何なら喜ぶかを考えればいいんじゃねぇか? お前は性根は腐ってねぇんだから、ユリアのことを本当に愛してるなら、答えは見つかるはずだぜ」
そう言って、直人はユリウスの背中を叩き、店を出ていった。ユリウスの手元には、いつの間にか直人が選んだプレゼントが置かれてあった。
「……」
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