第2話「君がくれた花 その1」



「なぁ、女って何をあげたら喜ぶんだ?」

「……はい?」


 虚ろな表情のユリウスの口から、衝撃的な発言が飛び出てきた。その衝撃といえば、部下の悪魔が反応するのに5秒かかったくらいだ。部下は恐る恐る尋ねる。


「ユリウス様、お腹でも痛いんですか? 連日の審判で体調を崩されたとか?」

「違う。単純に質問しただけだ」


 審判を終え、亡者歴典に記した死者の情報を読み返すユリウス。しかし、目の動きがおぼつかない。彼の頭に別の気になる事柄が、破片として頭に引っ掛かっているからだ。

 しかし、その破片というものが、女性への興味ということに、戸惑いを隠せない部下の悪魔。


「そう言われてましても、私は一応男型の悪魔でありますので何とも言えないですよ。女型の悪魔に聞いたらどうですか?」

「既に聞いた。返ってくる答えはみんな上質な拷問器具ばかりだった」

「あぁ……」


 セルの悪魔達は罪人を拷問し、苦痛をもって償わせるのが仕事だ。悪魔達は残忍な性格の者が大半を占める。よって、彼らの頭は、より罪人を苦しめることができる拷問のことで埋め尽くされている。


 ユリウスの期待は、悪魔達から放たれる殺伐とした単語の前で跳ね返された。拷問のプロフェッショナルである荒くれ集団の意見など、もちろん参考になるはずがない。


「そもそもなんでプレゼントを? 誰にあげるんです?」

「それは……その……」


 唐突に理由を尋ねられた途端、視線を反らして頬をほんのりと赤らめるユリウス。普段の毅然とした態度とは大違いだ。そもそも彼から女性へのプレゼントの相談が飛び出してくること自体、部下からしてみれば異常だ。


 部下はユリウスの反れた視線を追った。彼の目と鼻は、審判所の出口からちらりと見えるセブンへと続くエスカレーターの方を向いていた。


「……なるほど」


 部下に魂胆を見透かされ、羞恥心に苦しむユリウスだった。








「ふわぁ~」

「おはようございます。ユリア様」

「おはよう、アグネス」


 アグネスは眠気を引きずるネグリジェ姿のユリアに向け、丁寧に頭を下げる。アグネスはユリアに仕えるメイドの一人だ。ユリアの暮らす屋敷で家事を行ったり、ユリアの身の回りの世話をして働いている


「ずいぶんと忙しない朝ね」

「騒音で安眠の妨害をしてしまったこと、起床時に立ち会えなかったこと、大変申し訳ございません」

「もう……いつも言ってるでしょ。そんなにかしこまらなくてもいいって」


 アグネスは再び頭を下げる。ユリアは度々耳に飛び込む機械音や機材を運んだり音に起こされた。屋敷の前の庭園で大規模な作業をしているようだ。


「何をしているのかしら?」

「……ユリア様、もしかしてお忘れになられたのですか? 明日が何の日か」


 外の作業に頭をかしげるユリアと、彼女の反応に対して目を見開くアグネス。ユリアの寝ぼけた頭には、何の想像も上がらない。


「何かあったかしら?」

「ユリア様がセブンの統治者に就任なさって1000年の日ですよ! 本人が忘れられてどうするんですか!」


 アグネスは思わずユリアに顔を近付ける。彼女に支えて約150年、相変わらずのほほんとした性格には毎日世話を焼かされる。


「あらぁ、もうそんな年になるのぇ~」

「しっかりしてくださいよ」


 ユリアは正装に着替え、庭園に出た。明日はユリアがセブンの統治を任されてから丁度1000年経つ日だ。それを記念し、セブンに暮らす大勢の天使や死者達は、彼女に贈り物をする。

 彼女の屋敷は贈り物を受け取る会場となる。前日からテントを設営したり、受け取ったプレゼントを保管する倉庫を建設したりと大忙しだ。


「当日は忙しくなりますよ」

「みんなありがとう♪ 私にも何か手伝えることはないかしら?」

「あ! ユリア様はいいんですよ! 自分の仕事をしてください!」


 木材運びを手伝おうとするユリアだったが、手が汚れるからとアグネス阻まれ、渋々自室に溜まった書類の山とにらめっこをすることになった。







「ふぅ……」


 書類の山を片付け、一息入れるユリア。既に外は日が沈んでおり、暗闇が辺りを包んでいた。夕食を忘れるほど仕事に没頭していたらしい。プレゼントの受け取り会場もだいぶ完成していた。


「何ですかあなたは!」

「止まりなさい!」


 すると、突然外から叫び声が聞こえた。ユリアは席から立ち上がり、出入口へ向かう。


「ユリアに用がある。道を開けろ」

「何ですかその態度は! ユリア様の屋敷内ですよ!」

「いくらセルの長と言えど、そんなご無礼が許されるとお思いですか!?」


 出入口から飛び出したユリアの瞳に、衝撃的な光景が広がっていた。

 ユリウスが漆黒の翼を広げ、ユリアの屋敷の正門へと降り立った。会場の準備をしていた天使達は、突然の訪問者に警戒体制を取り、武器である弓矢を構えて彼を囲う。


「ユリウス!」

「ユリアか。約束の時間、とうに過ぎてんぞ」


 ユリウスは懐中時計を見せつけ、時刻を示す。時計の針は午後8時52分を示していた。


「あ、ごめん。飲みに行く約束、今日だっけ?(笑)」

「全く、お前は変なところでずぼらだな。ほら、さっさと来い」

「なっ、ユリア様に向かって何という口の聞き方! 頭が高いですよ!」

「いいのいいの。みんな武器を下ろして」


 ユリアが警戒を解かない天使達をなだめる。間を潜り抜け、天使達に事情を説明し、ユリウスと共に町へと歩いていく。天使達は遠ざかる二人の背中を眺める。心なしか、二人の距離が近いように見える。


「ユリア様、どうしていつもあんな野蛮な輩と仲良くするんだ……」

「元同期だったらしいけど、悪魔に堕ちた奴のことなんか放っておけばいいのに……」


 ユリアがユリウスのことを気にかける理由を、天使達は理解できなかった。


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