来世は絶対××教

 家に置いておく場所がなかった。置いていてもきっと気付かれることはないとわかっているけれど、気付かれなかったという事実を改めて知るのは辛い。僕は母に愛されたかったのかもしれないと、こんなところで気付く。今世で気が付けたのは幸いだったかもしれない。だからといって現状が変わるわけではないけれど。



「使えるもんだな……」



 いつから入れっぱなしになっていたかもわからない縄は、僕の想像以上に役に立ってくれた。



「私、佐山くんを好きにはならないよ」



 足元に転がる先輩を見下ろした篠田が抑揚のない声でそう言った。早く解けと目で訴えながらうーうー唸る彼はずいぶん不機嫌そうだ。



「先輩が好きだし」



 そう言いながらも、篠田はしゃがまなかった。普通ならば愛しい先輩の縄を解いて、二人で僕を責めるだろう。



「別に構わないよ」



 篠田が先輩を好きでも。


 それでどんなひどい目にあっても。彼女がそれを望むのなら口を出さないのがいい子だろうから。



「なにそれ」


「僕もいい子でいようと思って」


「来世で叶えたいことでもできた?」



 篠田がそう言いながら足元に落ちたスクールバッグを拾い上げて砂を払う。細かい砂は、ぱらぱらと先輩の上に落ちた。



「帰るのか?」


「うん」


「送ってく」


「ありがと」



 公園を後にする僕らの背に鋭い視線が突き刺さっていたけど、僕も篠田も気が付かないふりをした。



「ねえ、いい子じゃないこと言っていいかな?」


「遠のくよ、来世」


「じゃあ言わない」



 篠田の妙にすっきりした顔を見れば、彼女の言わんとすることは安易に察することができた。


 言わないと決めた篠田がしばらく黙って、それから口を開いて話題を変える。



「あの縄、どうしたの?」


「たまたま鞄に入ってた」


「そんなことある?」


「最近流行ってるんだよ、知らない?」


「なによ、その嘘」



 僕は何も答えずに篠田の横顔を盗み見た。長いまつげが風を起こすように動く。伏し目がちな瞳が少し先の地面を捉えている。


 そういえばあの縄、結構高かったな。今世ではもう必要ないし、再購入のための資金調達は来世の僕に任せよう。



「嘘じゃないさ、来世でもきっと買う」 


「意味わかんないんだけど」



 僕は、彼女がいい子になって自殺をするのを見届けよう。一人で死ぬのが難しそうなら僕が手を貸そう。好きな女の子を助けるのは、いい子のやることだ。ああでも、自殺はそもそもいい子がすることなのかどうか、そこから一緒に考えるのも必要だ。僕としては、自然死が一番いい子に近いと思う。


 いい子って、難しいな。


 僕が考え込んでいると、篠田が思い出したように僕の顔を覗き込む。



「そういえばさ、最初の時ってなんであの階段に来たの?」


「さあ、忘れちゃったな」



 僕もいい子になるために本当のことは言わない。いい子になって自然に寿命で死んで、それで、来世は絶対あの場所で。



「まあ、明日もいい子でいないとだな」


「なによ急に」


「来世は絶対可愛い教なんだろ?」


「ちょっと、バカにしてるでしょ」


「してないよ。僕とはちょっと違うだけ」


「佐山くんとは?」


「そうだよ、僕は」



 来世は絶対××教。

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来世は絶対可愛い教 入江弥彦 @ir__yahiko_

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