この手で終わらせたかった物語
未来を知った日の事はあまり憶えていない。
憶えていないというのは衝撃的過ぎて考えていた事全てが脳内から吹き飛んでしまったからだ。真っ白になるとはまさにこの事である。口から真っ先に零れだしたのは言葉でもなく乾いた笑いだった。何の変哲もないある朝、私は私の運命を知って世界に絶望した。
絶望はそう長く続かなかった。数時間後に私は覚えた台詞を口にし演技を始める。取り込まれたように嘆き声を大にして世界への理不尽を口にした。自分自身の感情はどこへやら、カットが耳に届いた時ふとよく晴れた空が目に入る。雲一つない快晴の中吐き出した息は白く青に融けていく。鼻の頭が痛くなり吸い込んだ酸素に身体の中で棘が刺されたような痛みが駆け巡る。冬の空気はもう長くないこの身を容赦なく迎撃した。
止まらない頭痛と節々の痛み、原因が分かってしまえばこの痛みにも恐怖がなくなった。ただ空を眺めていると真っ白な月を見つける。真昼の星は姿を隠していても月だけはうっすらと視認出来る。それを、ただ眺めた。
夜通し光る明かりになりなさいと、大層な名前をつけられた。夜通し星は和名で本来の名はシリウス。一等星の星のように光り続けるなんて無理だと思った。誰かの足元を照らす明かりにも、目印にも、憧れにもなれはしない。こんなにも素晴らしいと言われる地位に辿り着いても、私は誰かを照らせるような存在ではないのだ。
空虚がこの胸を支配し心に大きな穴が開く。泣きもせず喚きもせず、この後何をするか考えた。どこかに消えてしまうのはどうだろう。ここではないどこか、日本でなくとも構わない。見知らぬ土地に行って見知らぬものに触れて、鼓動が止まるまで歩き続けるのはどうだろう。それとも歩みを止めて早々にこの物語を終わらせようか。可哀想なヒロインと一瞬だけの嘆きを生み出した後人々の記憶からすぐに忘れ去られる前に、自分自身の手で終わりにしようか。どの選択でも、心の穴が満たされない。
そのまま車に乗り次の現場に移動して、仕事が終わる頃には夜が顔を出そうとしていた。不意に見えた宵の明星がやけに鮮明に映る。その瞬間、私の瞳から一筋の涙が零れ落ちた。車の窓越しに見える宵の明星は本来の美しさを失っていたけれど、なぜか私は涙を流した。
『夜を告げる宵の明星、朝を告げる明けの明星、同じ星なのに違う名前ってちょっと面白いよな』
不意に聞こえた声に振り返ればいつかの私たちが顔を出す。夕暮れの教室、席に座る私の前で机の上に座り足をばたつかせながら教科書に指をさす貴方はあの日で時間が止まっている。
『もしかしたら昔の人は同じ星だって分からなかったのかも』
『ああ、技術が発展してないから』
『そうそう』
教室の電気は落ちているのにも関わらず眩しいくらいの赤が私たちを照らしている。
『俺の名前で夜通の名前だ』
『え?』
貴方は自分と私を指す。
『宵の明星と明けの明星』
嬉しそうに笑う貴方に恥ずかし気に微笑む私。まるで映画の一コマのような一瞬。けれどその一瞬は私にとって大切で仕方ない一瞬だったのだ。
「宵くんに会いたいなあ」
零れ落ちた言葉は全てを失っても尚、光り輝く星の名前だった。お先真っ暗、一年も持たぬ人生の中たった一つだけ願う事があるとするならば、あの日に戻る事だ。
いや、あの日ではなく今。
今の私で今の貴方に会いたい。
喉の真下にいた大切な人の名前を吐き出せば失っていたはずの感情が一気に押し寄せる。そうだ、貴方に撮ってもらいたい。終わりに向かう人生を、貴方だけに撮ってもらいたい。まるで星のように時間が経ち色褪せても尚光り輝く人生だったと色づけてほしい。
もう一度、貴方の物語に存在したい。
終わらせようとしていた物語は心に残った最後の希望のおかげで再び命を灯す。貴方に会うために考えられるだけの全てを使い会いに行こう。何てことのない顔で、何てことのないトーンで笑いながら言おう。
「星になりたいの」
貴方だけの星になりたいと。
そのラブレターが、私の所に届くまで 優衣羽 @yuiha701
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