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「――ケンちゃーん! 朝ごはん出来てるわよ。早く起きてちょうだい。母ちゃん、隣の村に用事があるの」


 やっと朝になったのか。長い夜だったな。


 ベッドから降りて背伸びをし、辺りを見渡す。


 あれ、スマホが無い。目覚ましを設定したはずなのに。


「母ちゃーん。俺のスマホ知らない? 目覚まし設定したはずなんだけど。あとちゃん付け止めてくれない? 俺もう一二歳なんだよ?」

「スマ……ホ? 聞いたことないね。ところであんた、今日は珍しいのね、母ちゃんが起こさなくて済んで助かるよ」


 スマホを知らない? ……あ、違う。あれは夢の中の不思議な道具だ。なんだろう、大きくて同じようなことが出来るものもあったな。長い夢だった。もう一度見たい。


 食卓に着き、黙々と朝食を食べる。

 朝飯は特にすごいものはない。うちで作った野菜のサラダと、お隣から貰った、カムギから作られたパン。カムギ? カムギなんていう穀物あったっけ。小麦、と同じか。

 普通に美味い、パンは。野菜はなんか、甘みが無い。ショ糖が作られていないのか? 普通の葉っぱを食べているような気がしてきた。


「母ちゃん、もう行くからね。そうだ、父ちゃんにお昼ご飯届けてあげて、忘れて畑仕事に行っちゃったから。あと、はいこれ、お小遣い」


 テーブルの上にお小遣いが置かれた。


今回のお小遣いも五○○タイル(=円)か。……ん? 


「――四〇〇タイルしかあらへん」


 思わず関西弁が出てしまった。そんなことより、一〇〇タイル玉が四枚しかないじゃないか。母ちゃんは足し算もできないのか?


「ええ? ほんとに?」

「どう考えても足りないよ。一〇〇タイル玉が五枚で五○○タイルだぞ。掛け算、というか足し算でも出来るやんけ」

「あんたもしかして算術が使えるの……⁉ 掛け算も足し算まで……⁉」

「……え?」


 思いも寄らない回答を聞いて、拍子の抜けた声が出てしまった。


「ただの算す――」

「ケンちゃん、あんた学校に行くべきだわ!」


 は? 学校なんてもう行きたくない。教師にもよるけど。面倒くさい。


「隣の村に用事があるんだろ?」

「そ、そうだわ。忘れてた。この話は夜ね。父ちゃんと一緒に話しなきゃ。じゃ、行ってくるね!」


 早く行けよ。


 一度食卓に着いて落ち着く。

 あ、一〇〇タイル貰うの忘れていた。どうせ帰ってくるのだし、後で貰おう。


 それよりも、夢と現実がごちゃ混ぜになっている。俺が夢の中で過ごしていた時間は、たしか一六年間ぐらい、こっちでは一二年間過ごしていたわけだ。どれが正しい常識なのか、訳が分からなくなってきた。

 勉学については、夢の中では出来て当たり前のことなのに。妙な感覚だ。


 昼飯を親父のところへ届けなければいけない。


 親父の本業は農夫で、かつては冒険者稼業していたらしいが、収入は不安定かつ、低賃金で諦めたらしい。そして、冒険者稼業よりも、野菜を売るほうが安定するらしいから、そっちに乗り換えたようだ。

 しかし、お世辞にも美味しいとは思えない野菜が、なぜ冒険者稼業よりも収入が多いのだ。不思議で仕方がない。お隣さんみたいに穀物を育てて売るほうが、もっと稼げると思うのだが。例えばお米とか。夢の中で食べたお米美味しかったなあ。こっちでもあるのだろうか。カムギみたいに名前は違うけど、同じものがどこかにはあるだろう。

 俺は冒険者になるつもりだから、旅をしながら探すか。


 今すぐにでも冒険者になって、トップランカーになって、ハーレムのパーティーを作りたいなあ。グヘヘヘ。チート能力持っているわけじゃないから無理だけど。でも、努力次第でいけるかもしれない。夢の中でもモテなかった俺が、現実でもモテるわけがない……か。これこそが本当の、夢のまた夢の話。

 …………目から汗が溢れてきた。ち、違うわ! 涙ちゃうわ!


 ――親父の畑に到着した。


 やっぱり土が死んでいるように見える。色彩がもう鮮やかではない。廃れた町のイメージが一番近い。そりゃあ野菜たちも美味しくないですわ。キュベツなんてヘラヘラしているよ。薬やったみたいに。


 よくこんなものが売れるな。こっちの世界ってそんなに食物に飢えていたっけ? インスタント食品とか売ったら大金持ちなれそうだ。豆苗でもいけそう。



「おーい、ケンマ!」


 タンクトップを着た、洗礼された筋肉をした細マッチョの男が、俺に向かって手を振っている。親父だ。まだ三〇代だ。野菜を見ていた俺に気づいたようだ。

 親父の手をよく見ると、手に土やマメが出来ていた。こんな野菜なんて言うのは、あまりにも酷すぎるか。毎日欠かさず育てて出来た努力の結晶だもんな。


「親父、弁当忘れて行っただろ」

「親父?」


 おっと、夢の中の癖で、つい言ってしまった。


「ほほう、お前も成長したんだな。弁当ありがとよ」


 急に褒められたら照れるじゃないか。


 弁当も届けたし、帰るか。ちょっと頭の整理をしたい。学校にはいかない言い訳を考えないといけないしな。


 一度、全身を伸ばし、深呼吸をする。


「よし。親父、俺帰――」

「ちょっとケンマ、手伝ってくれ」

「えええ」


 めちゃくちゃ嫌そうな顔をしてみた。が、親父は見て見ぬふりをして、桑を差し出す。


 クソッたれ。


「お前が来る前にな、ちょっと腰を痛めてな。手伝って欲しいんだ。あとでなんでも言うこと聞くからよ」


 都合が良すぎるだろ。まあ、なんでも言うこと聞いてくれるんだし、ちょうどいいや。学校に行かない言い訳を作れる。


 軽く返事をしてから。


「なんでも言うことを聞くのか? ほんとに?」

「ああ、もちろんさ」

「じゃあ、俺、冒険者になるから」

「おう、なりたきゃなればいいさ」


 ……あれ? 止められると思ったのに。収入が不安定だ、とか、危険だ、とか。まあいいや、学校に行かなくて済む。特に問題があるわけではない。


 畑仕事をしながら。


「親父、なんで俺が冒険者になることを止めないんだ?」

「そうだな。俺が農夫になる前は冒険者だったてことは、前に話しただろ? 昔の冒険者業界は酷かったんだ。最弱モンスターを倒しても、一タイルあるかないかぐらいの物価で酷かった。今じゃ最低でも一〇〇タイルは貰える。だから今は安定して稼げるから問題はない。命の保証はないがな」

「へえ。親父が毎日欠かさず育てている野菜は一つ、いくらで売れるんだ?」


 元気よく、ドヤ顔をしながら、


「三〇タイルだ」


 なんなんだこいつ。冗談だろ。最弱モンスターを倒すほうが安定して稼げるじゃねえか。全自動トラップでも作ったら、もう働かなくていいじゃん。


「なんで冒険者稼業に復帰しないんだ? もっとラクに稼げるじゃん」

「それはだな、……まあ、お前が王都に出てみれば分かるさ」


 何かやらかしたのか。恥ずかしいよ、俺。


 ――畑仕事を始めてから数時間が経った。

 手が土だらけでマメも出来そうだ。

 よく毎日欠かさず、こんな作業ができるな。


「親父、いつまで耕すんだよ。土が死んでっから意味ないって。野菜たちも喜ばねえよ」

「俺もそう思ってたんだよなあ。最近、野菜たちも元気がないし、甘みもないし、どうしたもんか」


 最近って、数年前からだろ。こちとら物心ついた時から美味しくないんだよな。


 原因は一体何なのだろうか。水は足りている、日当たりも十分。光合成もできているはずだ。解んない。中学校で習う理科しか解んない。高校はごく普通の公立校、普通科だし。肥料作るぐらいしかできない。……肥料でいいじゃん。


「肥料でいいじゃん。肥料作ろうぜ」

「ひりょうってなんだ?」


 そっか。こっちの世界には無かったか。


 確か生ごみを土の中にぶち込んだら、微生物が分解して良質な堆肥ができるってやつ。小学校で作らされた記憶が。その時は段ボールの中に土と生ごみを入れていた。じゃんけんで負けたやつが素手で混ぜるってルールで、結果俺が負けて混ぜたっていうね。誰だよ納豆持ってきたやつ。俺はぜってえ忘れねえからな。


 生ごみはいくらでもあるから問題はない。箱じゃなくて直接土の中にぶち込むか。埋めたら、放置しても大丈夫だ。


 腹減った。


「お腹空いたから帰るね。あと要らない野菜貰っていい? 肥料作るから」

「別にいいが、ひりょうってなんなんだ?」

「生ごみを土に入れて混ぜたら、微生物が分解してくれて良質な栄養分ができるんだよ」

「へえ、知らないなあ。そんなものどこで知ったんだ?」

「ん? あ、ああ、本に書いてあったんだよ」

「そんなもの書かれていたのか? 絶対に気づくはずなんだけどな。そうか、お前は俺の野菜を生ごみだと言いたいのか?」

「気のせいだよ。じゃ」

「おいコラ!」


 野菜をかっぱらってダッシュで家に帰った。

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頭痛が痛い 早坂みきと @enuuuuuun

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