ACT4. 秘密基地の鍵、お貸しします
「
家路につこうとする太一を、ダーク総帥が呼び止めた。
「これを君にあげよう」
外套のポケットから、金色の懐中時計を取り出し、太一に差し出した。
「これは今日一日のお礼だ」
「いいんですか?」
「秘密基地は、その主の秘密を共有する者たちだけが集まるための場所だろう?」
総帥は、太一の右手を取り、その掌に懐中時計を砂の山を作るように乗せた。
「一ノ瀬秘密結社の秘密基地に入れさせてもらった私は、秘密を共有する仲間ということだ」
太一の右手を包み込み、懐中時計を握らせた。
「それは私から親愛の証と、貸しだ。私に何かあれば今度はぜひ、その貸しを返してくれ。秘密を共有した男同士の約束だ」
太一はそれを聞き、にっこりと笑った。
「大事にする!」
「それと」
総帥は、折りたたまれた横断幕を太一に差し出した。
「秘密基地は、秘密にするから秘密基地なのだ。その素敵な横断幕は、何かあった時のためにしまっておきなさい。秘密結社の先輩からのアドバイスだ」
太一は、はにかみながらそれを受け取ると、胸に抱えた。
「分かった!」
太一は走った。
緑のフェンスを乗り越えて、タロに挨拶する。
小道を走り降り、ダーク総帥が見えなくなるまで手を振った。
にわかに廃材置き場の周囲に白い煙が立ち上る。
ダーク総帥の目の前でその煙は人の形を成し、そこから白い外套を着た男が現れた。遅れてその後ろに、同じ格好をした3人が現れる。
ダーク総帥の仮面が、上下に震えた。
「やあやあ、白十字騎士団の皆さん、お早いお着きで」
黒仮面の下からくぐもった声が聞こえた。しかしその声色は明らかに相手を挑発している。
「ダーク総帥。鬼ごっこはこの辺りで終わりにしてもらおう」
先頭に立つ白服が、強張った声色で言った。
「おお、ミリウスではないか。裏切り者の分際で、
他の白服が声を上げた。
「貴様、ミリウス様を
「待て、イオ!」
ミリウスと呼ばれた男が、制した。
「ダーク総帥。あなたが完成させた死者蘇生術、この場所の地下施設に隠したことは
「地下施設?ミリウスよ、分からないことを言うな。こんな廃材置き場にそんな高尚なものがあるわけがないだろう」
「とぼけるのはおやめください。闇の教団は世界中にいくつも秘密施設を持っていましたが、貴方直轄の施設はそれほど数はありません。ここはその1つだったはず。そしてあなたはここに居る。それらの情報を足して考えることくらい、私にもできる」
「ふはははは。だとすればとんだ大外れだな。無駄足を折り、その上無駄に命を散らすか。
ダーク総帥の言葉に、一気に緊張感が高まる。
白服の者たちが、それぞれ得物を構えだした。
「ダーク総帥。強がりはおやめください。あなたはもう
その言葉に、しばし総帥はぽかんと呆けた。
しかし数瞬後、肩を震わせて笑いだす。
「くく、くははははははは!あの、ミリウス坊やが、そんな大言を吐くとはな!私も年を食ったものだ!」
ダーク総帥の体中から、台風のような風が吹き出した。
白服たちは体を強張らせる。
「それにしても、この私に勝つと言うとは……」
彼らには見えた。総帥の仮面が歪に笑ったように見えたのを。
「……やってみろ。小僧ども」
太一が家に帰ってまずやったことは、お母さんに謝ることだった。
お母さんは、朝から姿が見えない太一を心配して探していたらしかった。
もう少しで警察沙汰になるところだったらしい。
たっぷり半刻、特大の雷が落ち続けた。
その様子を見て、なんだか無性に嬉しくなった。
朝と違って、小言を素直に受け入れることができた。
太一の部屋は、夕立あとの風が吹き込み、涼しかった。
太一はベッドの上に寝ころび、そよ風を感じる。
そういえばと、総帥からもらった懐中時計の蓋を開いてみた。
文字盤には人魚のシルエットと人間のシルエットが描かれていた。人魚姫をモチーフにしたデザインなのだろうか。9の文字に横たわる人魚と、3の文字に横たわる人間がお互いに手を伸ばしている。時計の針がそれを遮るようで、なんだか少しもの悲しいデザインだ。文字盤の中央が反射している気がした。夕日に照らしてみると、反射する光で、バーコード状の模様が光っているのが見えた。
「これもデザインかなあ」
太一はそんなことを思いながら、懐中時計を本棚に乗っている写真立ての横に置いた。写真の中の幼馴染は、懐かしい笑顔でこっちを見ていた。それを眺めながら、懐中時計の軽快な秒針の音を聞き、なぜだか太一も微笑んでしまった。
窓から夕焼けを見る。
丘陵には入道雲が立ち上っていた。
そこから一筋の飛行機雲が伸びていた。遠く遠く、遥か夕日の彼方まで。
明日はもう一度、秘密基地に行ってみよう。ダーク総帥ともっと話をしてみたい。
小学校の夏休みは、まだ始まったばかりである。
―了
秘密基地の鍵、お貸しします 陽雨 @HisameRains
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