わたしのこと嫌い?
naka-motoo
好きって言葉を解き放とう
好かれているかより嫌われていないかがとても気になる。だから挨拶の声も必要以上に優しくなる。
「おはようございます」
「おはよう」
彼から返ってくる『おはよう』のオクターブ、トーン、声の掠れ具合、表情、目の色、唇の歪み具合。
全てがわたしの放った『おはようございます』ほどに完璧じゃないと不安で不安で耐えられなくなる。
きっとわたしの一挙手一投足には常に次のメッセージが込められているだろう。
「わたしを嫌いにならないで」
季節は大学祭。
「モヤ。そのお皿洗ってきて」
「うん・・・・でも、再利用可能なお皿だけど、プラスチックだと油汚れが落ちにくくて」
「いいよそんなの。多少ベトつきが残ってても不衛生じゃないよ」
「でも、お客さんに」
お客さんに嫌われる・・・・・
わたしたちの大学は一年生からすぐに専攻科の授業が始まるのでまるで高校みたいなクラス分けがある。でも救いは小中高みたいに何十人もクラスに暮らす訳じゃなくって、多くても10数人の専攻科がほとんどだということ。
特にわたしの選んだ学科はこのマイナー大学でも更にマイナーな学科だから。
「すみませーん。ボルシチふたつくださーい」
「はーい。ただいまー」
「店員さん。グリーン・カレーは?まだ?」
「今盛りつけております」
「ちょっと。こっちに揚げ素麺まだきてないですよ」
「申し訳ございません。もうじき揚がります」
普通に考えたら多国籍料理店だとしてもこのメニューの並びは大失敗だろう。
ところがマイナーな女子のやることにはマイナーな男子がわらわらと集まってくる。
「うーん。女子大万歳!」
「カノちゃん。女子のお客さんも結構いるよ?」
「いいのいいの。モヤもほら!男を物色しとかないと!」
物色、ってことは男子を『物件』っていう風に扱ってる今風の言葉だなぁってカノちゃんの時勢に応じてる感じを羨ましく思いながら、そうであればわたしもわたしの側から物色しない限り、わたしが物色されることはないんだろうな、って思った。
だけでなく、男子に使ってもそうでもないけど、女子を『物色する』なんて言い回しだと・・・それこそスカートの下からそっと手でも差し入れるような卑猥さを想像してしまった時だった。
「モヤちゃん?」
あ。
もしかして。
「き、キセくん?」
「やっぱりモヤちゃんだ。高校卒業してからだから、半年ぶりだね」
わたしは、ぐい、とカノちゃんに二の腕を絞るように両手で掴まれて、くるん、と反転させられた。
「ちょっとちょっとモヤ!なになに?微弱柔和系の優しい
「う、うん。高校で3年間同じクラスだったんだ・・・・」
「モヤ!最優先ミッションだよ!」
カノちゃんが突然わたしの師団長かなにかにでもなったみたいに言い放つ。
「確保せよ!」
・・・・・・・・・・カノちゃんのオーダーじゃなくって、ほんとはわたしが自らの意思で確保したい・・・・・
ずっと・・・・・だったから。
「あの・・・・キセくん?」
「なに?モヤちゃん」
「わ、わたしね(高校3年間コネの無いわたしが宿題の代筆やここにしか通用しないのかっていうガチャ運や掃除を誰にも悟られずにわたしが押し付けられる技巧や女子が男子にプレゼントする手作り弁当の代理調理やらそういうものをすべて駆使してあなたの斜め左後ろの座席を常に教室でキープしてたことを知ってか知らずか)ずっとキセくんの席の近くで・・・キセくんと時々話せて嬉しかったよ(その時々ってワンクールに一回とか0.5回っていうたいへんたいへん貴重なものだったけどね!)」
「僕もおとなしいモヤちゃんと話せた時は嬉しかったよ」
やった!『おとなしい女子』のポジション入手してた!これは『嫌われない要素』大だ!
「あのね、それからわたしキセくんが描く絵がすごく好きだったな・・・(日常会話に『キセくんの絵が好き』というフレーズをねじ込んでわたしの心の奥底の『・・・・・・』っていう感情を大いに込めることができてほんとうに幸せ!是非とも嫌われたくない)」
「ありがとう。僕は自分よりも絵を褒めて貰えると嬉しい人だから」
これは、嫌われない!
「ちょっとちょっとモヤ!」
またカノちゃんに、ぐい!って柔道の関節技でもキメるみたいに手を引き込まれて、それで諭されたよ。
「モヤ!踏み込め!」
踏み込む。
そうか・・・・・・
そうだよね・・・・・
「き、キセくん!」
「なに?モヤちゃん」
「き、ききききキセくんは、どどどどドノヨウナ女子が・・・・・・・・・・絵の媒体としてお好みでしょうか・・・・・」
はっ、やった!
カノちゃんがわたしに向かって激しく『いいね』を出してくる。
「そうだね・・・・・あの、バカみたいって思わないでね・・・・僕、動かないモデルさんしか描けないんだ」
「あ・・・・そうなんだ」
「だから、おとなしくて我慢強そうなモヤちゃんとか、高校の時からモデルにいいかな、って思ってたんだよね」
「うおおおおおお!」
カ、カノちゃん?
「し、失礼失礼(つい感極まっちまったよ!)キセくんもモヤもどうぞお話を続けて続けて」
「そ、そうなんだ・・・キセくんは今の大学で美術サークルかなにかに入ってるの?」
「サークルっていうか、かなり硬派な本格的な部だよね」
「ふ、ふうん・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あの・・・・・・・・・・わたし・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・モデルとかに・・・・・なれるかな・・・・・・・・・?」
「ほんと?モヤちゃんならきっといい絵が描けるよ!是非お願いしたいな」
「うおおおおおおおお!」
か、カノちゃん・・・・・・
「し、失礼失礼。き、キセさんでしたっけ?」
「はい。あなたはモヤちゃんのお友達ですね?」
「は、はい・・・・・あの、大学で知りあってモヤとはまだ半年の仲ですが・・・・・是非!描いてやってください!」
「ええ。僕の方こそお願いしたいですよ。モヤちゃん?この女子大に美術部は?」
「美術部じゃないけれど漫画研究部っていうのがあって・・・ちょうど似顔絵を公開ブースで描いてるよ」
「なら、画材とかあるよね。そこにお邪魔してモヤちゃんを描かせてもらおうかな?」
「あ・・・・・え、と」
「即答!」
「は、はい!き、キセくん、お願いします!」
カノちゃんの声にびっくりして反射でOKしてしまったけど・・・・・
気にかかるのは漫画研究部のブースだと人前に晒されることだよね・・・・
「モヤちゃん。キミに恥ずかしい思いはさせないから」
「くぅぅううううー!」
また、カノちゃん・・・・
「よーこそ漫画研究部の戦闘お立ち台へ」
「あの・・・・・やっぱりいいです」
「ちょっとちょっとちょっと!ひょ、表現をちょっと漫画チックにしただけで戦闘なんて大袈裟なものじゃないから!」
漫画研究部はこの女子大でも白眼視・・・・・違った、特別視されてる。
部長の
「乾坤一擲!」
なにが?
と誰もが思ったけど、さすがキセくん。
「部長さん、貴重な大学祭の発表の場をお借りします。ありがとうございます」
「あらぁん。いいのよぉん♡」
このまるで風俗営業店のマダムのような妖艶さ・・・・・
本当に大学生なのかな・・・?
部員だけでなくギャラリーも満載で・・・・特に、その、男子が・・・・
「あれ?あの子」
「なんかすごい地味だねー」
「顔立ちは整ってんじゃない?」
わーわーわー
わたしが品定めされてるのかな・・・?
「皆さん。今から僕はこの女の子を描いていきます・・・ただ描くだけではこんなステキなモデルさんに申し訳ないので、舞・蝶部長」
「なぁにぃん?」
「コンテをお貸しいただけませんか?」
部員のひとたちがコンテとスケッチブックを渡す。
「じゃあ、モヤちゃん。ステージに」
さっきは戦闘お立ち台なんて舞・蝶部長はおっしゃってたけど・・・・・
やっぱり戦闘だ!
「モヤちゃん。今から僕の言うポーズをとってね。まずは胸の前で手を組んで両方向に引っ張って・・・・・はいい!そこで止まって!」
き、きぃー・・・
結構きついな・・・
「次はつま先をクロスさせて・・・・・ジャンプして組み替え!」
せっ!
「次はうつ伏せになって大きく息を吐いてお腹を思い切り凹ませる!」
く、くぅー・・・
ふ、腹筋がぁ・・・・
「今度は手を組んで真上に伸ばして思〜いっ切り背伸び!」
んー!
気持ちいい・・・
漫画研究部のひとたちはキセくんのコンテで絵を描くスピードに驚いてた。
わたしが静止してる時間はほんの数秒で、その間にキセくんはコンテを、スイっ、て動かすだけでわたしのカラダが出来上がってたみたい。
「次は真っ直ぐに立って、それでさっきみたいに息を大きく吐いてお腹を凹ませて・・・」
す、すぅーーー・・・
肺もしぼんでる感じ・・・・
「じゃあ最後・・・ファイティングポーズ取って、怒って!」
こう・・・かな・・・
「もっと怒って!キィーッ!て感じ!」
「キ、キィーッ!」
・・・・・・これがアートなのかな?
できあがった絵をキセくんはわたしに観せてくれた。
「・・・・・モヤちゃん、よく観て・・・」
え・・・・・・
えっ!?
「どう?分かった?」
「う、うん・・・・」
わかった、けど。
どうしよう。
「じゃあ、皆さんに観てもらうね」
「は・・・・い」
キセくんが描いたのは6つのポーズを取るわたし。
6枚のコンテを使った超スピードで描いた絵。
その、スケッチブックの6枚に描かれたわたし。
キセくんがみんなにスケッチブックの正面を、まるで紙芝居みたいにして向ける。
「じゃあ、いきます」
一枚目をめくると、みんなざわめいた。
そこに描かれているのは、わたしの横顔。
「キ」
二枚目。
「セ」
三枚目。
「ク」
四枚目。
「ン」
五枚目。
「ス」
六枚目。
「キ」
・・・・・・・六枚全部わたしの横顔で、わたしは唇の形にあわせて発音した。
みんなが解読する。
キセクンスキ
「キセくん好き!?」
わあああー!と女子たち。
ほぉぉおおー!と男子だち。
スケッチブックをずらしてわたしの生の横顔を晒すキセくん。
最後は実写の彼がわたしに向かって唇を動かし、声を発した。
「僕も好き。モヤちゃん」
わたしのこと嫌い? naka-motoo @naka-motoo
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます