ウサギの恩返し

弱腰ペンギン

ウサギの恩返し

「あのー」

 ジビエ料理の専門店を開業してしばらくたったある日。開店前の店に尋る声が響いた。

 おかしい。扉は締まっている。裏口もカギがかかってる。人が入ってくるはずがない。

 泥棒か? いや、ジビエ料理店に大金が眠ってるとか思わねえだろ。むしろ宝石店とかだろ。

 止まっていた仕込みの手を再開し、全身で集中する。いや意味わかんねえけどとにかく神経を研ぎ澄ませ——。

「もし!」

「ヒィエッ!」

 近くから聞こえた声にビビり、危うく包丁を落としそうになった。

 ゆっくりと首を回して後ろを振り向くと。

「どうかわたしを食べてください」

「いや出来ねえよ!」

 ウサギがしゃべった。

「いやウサギがしゃべってる!」

 驚きのあまり包丁を手放してしまった。

 危うく足元に落下するところだったが、猪肉に刺さったままプランプランしてる。

 慌てて包丁の上に手を置こうとして気づく。あぶねぇ。

「呼吸を整え柄をもってまな板の上に置く」

 自分の動作を口にしなきゃ正気を保ってられなかった。

「どうか、お願いします」

「ヒィァ……」

 なんでウサギがしゃべってるのぉー。つぶらな瞳でこっちをみてるのぉー。

 そりゃぁジビエだもの、調理したことくらいあるけどその恨みなのぉー。

「あ、申し遅れました。私ウサギです」

「見ればわかるよ!」

 ちょこんと座るなよ!

「あの、ドアとか閉まってたので換気口から入ってきたんですけど……ご迷惑でしたか?」

「そうね……開店前だから」

 開店してても困るんだけどこんな状況。

「ごめんなさい。どうしてもお願いしたいことがあって!」

 ウサギはテーブルの端まで寄ると、つぶらな瞳で言う。

「私を食べて欲しいのです!」

「なぁんで!?」

 ちょっ、っとぉ。落ち着け俺。ゆっくり呼吸するんだ。まずは話を聞こう。しゃべってるとかそういうのは後回しだ!

「どうして、急に?」

「はい。この間、森で罠にかかってるところをあなたに助けてもらったのですが」

 あぁ、猟をしたときに網にかかったウサギを助けたことがあったな。

 罠とかじゃなく、そこらへんに放置されたモノだったから網を切って解放した。その日は十分な量の獲物が獲れたから、これ以上必要なかったし。

 罠になるからと放置しておいた奴がいるのかもしれないけど、獲りもしないのに罠をかけて動物を苦しめるってのは主義に反するし、開放して網を回収したな。

「それで?」

「はい!」

 いや、何がハイなのかわからないんだけど。

「俺に食べろって?」

「はい!」

「いや無理だから」

「どうしてですか?」

 どうしてって。しゃべるウサギを食べろってのは無理があるだろ。こう、なんか無理だろ。

 それに今後、ウサギを獲るのも無理になりそうなレベルの出来事なんですけどコレ。

「ともかく、せっかく助かったなら生きればいいじゃないか。子孫を残すとか」

「孫がこの間子供を産んだので、私ならもう大丈夫です!」

「あ、そう」

 なんだこのリア獣。捌いてやろうか。

「で、どうして俺に?」

 この間の猟師仲間は何人かいたはずだし、ここは猟をした場所とだいぶ離れてる。

「ほかの方のところに行ったところ、ここで食べてもらえといわれまして!」

 あいつら……連絡くらいよこせよ!

 いや、なんだ。こんなことがあったと連絡されたら病院行けって言うわな。

「それに、専門家だそうですので、やさしく捌いていただけるかと」

 そういうとウサギがピョンとテーブルを飛び越え、まな板の上に寝そべる。

 隣のイノシシ肉を枕にして仰向けに。

「お願い、します」

「いやいやいやいやいやいやいやいやいやいや」

 なんだコレなんだ。

「あ、体汚かったですね。ごめんなさい。今すぐ洗いますから」

 そう言ってシンクの蛇口を跳ね上げると、水を浴びだした。

「いやいやいやいやいや」

 そうじゃないんだって。

 ウサギを捕まえタオルで拭くとテーブルに戻す。

「どうして……」

 まな板の上じゃないのかと聞いているのだろう。出来るか!

「君を食べようとは思わないからさ」

「貴方は、やさしい人なのですね」

 いや、やさしい人は猟なんてしないと思うよ。モラルとか信念とかそういう感じのアレやコレでしないって言ってるだけだよ。

「わかりました。でもせめてお手伝いをさせてください!」

「え、猪捌くの?」

「いいえ。私に包丁を持つことはできませんから。その代わり——」


 俺、絶対無理だと思ったの。でもしゃべるウサギにこう言われたらさ。恐怖じゃん。なんかたたられるって思うじゃん。

 詳しく話を聞くとどうやらウサギに恩がある神様だか仏様だかがいるらしく、ウサギの願いを聞いていたく感動したらしいんだわ。で、しゃべれるようにして俺の元まで導いたと。

 俺疲れてるのかなぁーって。働きすぎたのかなぁーって思ったね。最初は。

 そんでさ。やけくそ気味に案内係というか受付させたんだよね。

 絶対化け物がいるって噂になって潰れると思ったよ。

 もうどうせ売上なんてそんな無いんだし畳むかなって思ってたしさ。

 そしたら「カワイー」とか受けてやがんの。どういうことよ。怖くねえの?

 俺、猪とかが『食べてつかぁさい』とか言ったらその日眠れねえよ。実際ウサギだけでも眠れなかったよ。

 おかげさまで今では看板娘だよ。あのウサギ。

 あぁ、そうだよ。メスだったんだよ。愛嬌があるんだよ。かわいいんだよ。

 俺、ウサギだけは獲るのやめたね。さすがにね。

 ちなみに一応飲食店だからな。獣医に見せてなんなら去勢とかすっかって話になったんだけど、断られたよ。怖いって。

 うん。よくわかるよ。その時ばかりは先生と手を取り合って感動を分かち合ったね。

 感動じゃないけどね。

 あぁそうだ。うちで写真撮影や取材はNGだから。口コミとか店の外観とかはいいんだけどね。

 なぜって?

 某国の秘密組織がうちの看板娘をさらってく夢を見ちゃってね。おかげで完全予約制にしたよ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ウサギの恩返し 弱腰ペンギン @kuwentorow

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る