アンドロイドはマンドラゴラの夢を見るか?

 脳堀りブレインマイニングのプロセスは「侵入レイドイン」「解錠コードブレイク」「具現化ドールプレイ」「抜き取りピックアップ」「離脱スイムアウト」の五つからなる。早い話が、入り込んでカギを開けて脳内情報を読み取って記憶を盗んで逃げ出すだけなんだが、このうち「具現化ドールプレイ」が最も難しい。一般人(というか、こんな稼業に関わらずに済んだ恵まれた人々)がどんなふうに想像してるのかは知らないが、人間の頭の中の処理は百人百様だ。何も考えずに入り込んだところで意味不明な情報の奔流に飲まれて意識を落として廃人化するだけ。俺のような脳堀屋ブレインマイナーはそこからチマチマと手がかりを探し、解釈のための暗号解読表コードブックをいちいち作って、何とか理解できる表象ビジュアルを作り上げる。とは言っても必要最低限な情報を再現するだけだから、人形遊びドールプレイのようにお粗末なもんだが。おっと、こいつに触れると俺が焼け死ぬ……こっちには自動発火装置か。一体どんな大層なものを仕舞おうと思ったらこれほど脳内に罠を仕掛けたくなるんだか。

 そんでまあ、意識時間で二時間ほど。フォックスの脳内で具現化ドールプレイを行うのは正直言って骨が折れた。なにせ焼け跡から元の家を建築するようなもんだ。どんな家が建ってたのかわかりゃしないが、そこは腕の見せ所。死にかけた人間の脳内情報流ブレインストームはもはや暴れる龍のようなもんだが、そいつも何とか避けながら記憶の再現を試みる。

 マンドラゴラ。

 そんな単語が再生された。おそらくこいつがキーワード。これを暗号解読の端緒として連鎖的に掘り下げていくと、徐々に像が浮かび上がってくる。

「これは……畑……?」

 具現化ドールプレイで再現される映像はモザイクよりマシって程度の解像度だが、それでもその映像は畑のように見えた。ご丁寧に、土の表面から飛び出したなにかの作物の葉っぱまで見えてくる。年老いた男女が畑の回りで何か農作業を行っている。

 ——いや、これは。フェイクか。

 死にかけてなお罠を仕掛けるとは称賛に値するぜ。見せたくない情報を隠蔽カバーアップするための概念偽装スプライス。レモンを想像すると唾液が出てくるのと同様、人間意識の読み込みとしての具現化ドールプレイは実物と概念の区別がつきづらい。

 もう一段、精度を上げる。

 すると出てきたのは、4枚の画像だった。

 「マンドラゴラ農家のお気持ち表明」と書いてある。

 少し前に、流行った画像。

 早速、デコード。

 大当たりジャックポット


「つーわけだよジジイ、今回はマジで肝が冷えた」

 屋台キッチンカーでトンコツラーメンをすすりながら仲介屋ジョッキーに怒りをぶつける。汁にたっぷり浸かったノリマキが美味い。

「なるほどのう。まさかバズった画像に電子ドラッグの製法をコーディングしていたとは。関係を隠すために奥底に潜ませていたんじゃな」

 仲介屋ジョッキーはヒゲを揺らしながらのんびりと返す。口調は年寄りだが見た目は猫だ。街のあちこちに入り込んでは仕事を拾ってくる。

 電子ドラッグ “マンドラゴラ”。とある巨大なジャパニーズ・コーポレートの研究開発部門で生み出されたそれは、裏で取引のあるヤクザの手に渡り、彼らのシノギになっていた。強烈な快楽をもたらすものの、地獄のような中毒性を伴う魔法のお薬。しかしある日を境に急に売れなくなり、原因を探っていたところでフォックスが製法を盗み出したことを知った。捕まえて痛めつけて吐かせようとしたら脳を自ら焼き切ってしまった……そこで目をつけられたのが哀れな我らがルーベン様、というわけだ。フォックスが画像にマンドラゴラの製法を仕込んでいたことを伝えると、今度は画像が出回った先を虱潰しにすると意気込んでいたが、どうなることやら。拡散に加担した人のところに黒い服のサイバネティック・チンピラがやってこないことを祈るばかりだ。

 あとで調べたところによれば、マンドラゴラの生みの親はフォックスの祖父母であり、その知的財産権を不法に独占しているヤクザが許せなかったらしい。「祖父母が悲しんでいる」と繰り返していたとか、いないとか。なるほど、マンドラゴラ農家のお気持ち表明だ。しかしマンドラゴラってのは古い時代の伝説に残る植物の名前らしいが、聞いちまったら死ぬほどの悲鳴ってやつの被害に遭ったのは一体誰だったんだろうな? 俺か? フォックスか? それとも拡散したあんたか?

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サイバーパンク・マンドラゴラ 綾繁 忍 @Ayashige_X

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