世界の中心でマンドラゴラを叫んだけもの

 目を覚ますと、牢屋のような場所だった。ぼやけた視界には古ぼけたコンクリートの灰色だけが写っている。顔を上げると鉄格子の嵌った重そうなドアが一つ。見上げると頼りない蛍光灯。隣には——息をしてるのが奇跡に思えるくらいに痛めつけられた、知らない男。死体袋ボディバッグ行き一歩手前といった風情。

 ……あー。俺もここまでか。腕利き脳堀屋ブレインマイナールーベン様、トーキョーに散る! しかし不可解なことにその死体未満の男の首から伸びているケーブルが、俺の首元のコネクタにつなげられている。一体どういうわけなのか。

 と、そこへ。

「起きたか。仕事だ」

 重たいドアが開いたと思ったら挨拶もなしに野太い声が飛んできた。ブラックスーツの巨漢。筋骨隆々の肉体はしかし、どこまでが身体改造なのかもよくわからないくらいに自然だった。無改造ナチュラルでなけりゃ相当に金がかかっている。ヘイボス、俺はあんたの犬だ。こんなリードをつけられちゃあな。

 巨漢は俺の前に無造作にパイプ椅子を持ってくると、意外にも音もなく腰掛けた。

「マンドラゴラを知っているか」

「知らねえよ。知ってたらよかったのに! そうなら今すぐ全部ゲロってる。正直この状況はマジで無理。なあボス、見逃してくれ。俺はあんたみたいなご立派なやつとタフな交渉ができるような器じゃねえ。見ての通りケチな盗人だよ」

「黙れ。うちのフレイムウォールをあんな短時間で崩して情報を全て抜いた時点で、お前はもうそこらのチンピラと同じ扱いにはしてやれない」

 がっくしと俺は項垂れる。

「一度だけ生きるチャンスをやろう。おそらくお前にしかできないことだ。そこの男から記憶を抜け。名前はフォックス——それ以上の情報はわかっていない。うちの最重要機密を抜き取った後、自分の脳を焼き切る寸前までショートさせやがった。多分中身ニューロンは迷路みたいになっているが、お前なら機密までたどり着けるだろう。まあ失敗したら記憶の迷路に落ちて廃人になるだろうが」

 何を言っているのかわからないぜ、ボス。そんな生きながらに狂死する覚悟で自身の脳を焼き切った伊達男から、一体何を抜き取れっていうんだ?

「抜き取るのは、マンドラゴラだ。マンドラゴラを抜け」

 いよいよ意味がわからない。そんな文字列、生まれてこの方見たこともない。

「いいか、マンドラゴラを抜くんだ。お前に伝えられるのはこの言葉だけだ」

 そういうと、巨漢はパイプ椅子を脇にどけて部屋を出ていった。こんな殺風景な部屋に今にも死にそうな男(フォックスといったか?)と二人。意味のわからない単語と、つなげられたケーブル。

 これより悪い状況なんてこの世にあるか?

「マンドラゴラ!!」

 せめてもの祈りを込めて俺は叫び、フォックスの頭脳にダイブした。

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