仏陀降臨

おどぅ~ん

仏陀降臨

「さて、これは一体どういう会合なのか。ナーガ、説明してもらおうか?我ら銀河の諸王をことごとく一堂に会させるとは?」

 諸王の王、デーヴァがまず最初にそう口を切った。

 だが、「会合」といってもその場の全員がホログラムだった。そこは各銀河文明の交流拠点、中立宙域に浮かぶキンナラ・ステーション。直径で一恒星系規模にも達するこの巨大なステーションは、どの勢力からも独立した人工知能によって運航されており、それ自体が「諸王」の一人と目されている。デーヴァに続き、そのキンナラも流暢だが冷たい電子音声でこう促した。

《ナーガ、面会ご要望の諸王にはすべて回線が繋がっております。会談を開始してください》

「よろしい、」主催者であるナーガは答えた。

「銀河の諸王よ。前置き無しで報告する。昨日、仏陀降臨のエネルギー反応が観測された。当銀河系にそのエネルギーが到達するのは、約3億5千万年後。我々は対策をとらねばならない」

「仏陀だと!!」「何を馬鹿な!!」

 その言葉を聞いて、それまで姿はそれぞれながら共に傲岸不遜な顔つきでお互いを睥睨しあっていた諸王たちが一転、騒然となった。

【仏陀】。宇宙始原のエネルギー。56億7千万年に一度、それは活動を起こし、それまでの宇宙を悉く灰燼と帰すという……

「諸王よ、まずは落ち着きたまえ」

 知の女王ナーガ。彼女の治める星域は、銀河最高峰の科学技術をもって知られる。全銀河世界の高度な科学力は、おおよそ彼女の領地と領民が祖であるといっても過言ではない。資源には恵まれていないが。

「残念ながら仏陀降臨は事実だ。我が星域の誇るアカデミーが総力を挙げて再三計測した結果である。そしてこの人工知性キンナラコアによる検算にも相違はなかった。間違いは無い……ただし、今言った通り時間は無いわけではない。3億5千万年、充分とは言い難いが、我ら諸王が一致協力すれば打開の道はあるかも知れない」

 一致協力。その言葉を口にする時、落ち着き払ったナーガの声にやや躊躇と戸惑いの響きが乗った。

 そして聞いた諸王の顔色に浮かぶのは、憤慨と侮蔑。

「なるほど」デーヴァがまたもや最初に口を切った。

 デーヴァ、諸王の王。その領地は最大を誇り、諸王のなかでも図抜けた経済力と軍事力を所有する。しかし当然プライドも同様。

「ナーガよ、言いたいことはわかった。確かに由々しき事態と言えるな。だが。そのようなことなら我ら全員を集めるには及ぶまい。私の権と貴女の謀を持って他に号令すればよい事だ。それをかくもいたずらに大事にするなど、貴女にも似合わぬな」

 居並ぶ諸王を鼻にもかけぬ、その傍若無人。すかさず大声を上げる者がいた。

「ふざけるな、この気取り屋が!!おのれ、映像でなかったらその首この場でねじ切ってやれるというのに!!くそっ!!」

 暴王アスラ。デーヴァに次ぐ勢力の持ち主。彼の領地は文明の発達においてはデーヴァのそれより数段劣る。だが保有資源と食料生産力にかけてはまさしく銀河随一。人口も膨大だ。彼の領地からの、労働力を含む資源供給がなければ、他のいかなる星域もその活動を保持することは出来ない。されば本来なら彼アスラが全銀河の盟主となってもおかしくはないはずなのだが……

 彼には絶望的に知性が、戦略が足りなかった。その致命的な欠点を突かれ、度々他の星域の諸王に煮え湯を飲まされているのだ。

 ただし例えばデーヴァですら。無論のことアスラの領地の切り崩しや植民地化を度々仕掛けるものの、アスラの持つ「人海戦術による単純な暴力」は制し切ることが出来ない。

(この原始人めが)と。デーヴァはアスラに対しては普段からその侮蔑を隠そうともしていないし、となればアスラにしても腹の虫が治まるはずもなく。過去幾度となく小競り合いを繰り返してきた、これを要するに銀河の両巨頭は水と油のようなもの。

(わかってはいたことだが……この期に及んでなんと愚かな……)

 銀河の知性を持って己を任ずるナーガは、その様子を苦々しく眺める。そしてまた、彼女も秘めた傲慢は実は同じ。

(お前たちが私に素直に協力するしか、道は無いというのに!)

「そうだなナーガ、」傍らから言ったのはヤクシャ。

「気には食わんが、デーヴァの言葉には一理ある。ナーガ、知恵袋のあんたがデーヴァとアスラをまとめてくれれば……諸王の一人と言ったって、所詮俺のような木っ端には訊く意見もあるまい?仏陀だかなんだか知らないが、仰せには従ってやるさ。任せるから勝手にやってくれ」

 ヤクシャ。ならず者の王。紛争を繰り返す銀河の諸勢力、どの領地にも「はみ出し者」はいる。その地の権力によってあるいは当然、あるいは不当にも、様々な理由で国を追われた者たちの中には、本来は高い能力を持っている者も多い。銀河の辺境を治めるヤクシャは、それら亡命者達を幅広く受け入れ重用しているのだ。

 表向きは他の強大な諸王に従いながら、亡命者から諸王の知られたくない腹の内の情報をかき集め謀略に使う。これが弱小の王である彼の戦術。

(貴様ら、そんなに支配者ヅラがしたいなら勝手にしろ。応分の仕事はしてやってもいい。だが俺にそれ以上の面倒事を押し付けるな)

 聡明なナーガには、ヤクシャのその腹も当然読める。いや、ヤクシャはそもそも隠してもいないのだ。その不貞腐れたような態度にナーガも苛立ちを隠せない。

「それは僕も同じだなぁ」その場に似合わぬのんきで軽薄な声。

「僕なんて、ヤクシャよりもっと小物じゃないですか?領地も無い、所詮ただの運び屋ですよ、僕の本業なんて?」

 交易王ガンダルヴァ。銀河最大規模の宇宙船団を率いる大商人。彼の存在なくして、いかなる物資も人間も運ぶことは出来ない。常にすべての諸王に諂いつつ、誰にも味方しない。可愛いのは自分だけ。

 だが奇妙なことに。彼の貿易船団を攻撃した者は悉く返り討ちに遭う。軍事力最強のデーヴァの宇宙戦艦ですら、ただの貿易船の群れであるはずのガンダルヴァの艦には傷一つつけられない……

「僕はサービス第一の商売人です。偉い皆さんに従います……きちんと見返りは請求させていただきますけど!

 ……ねぇカルラ、あなただってそうでしょう?僕は貿易あなたは娯楽、提供するものが違うだけ、ね?」

 言われた女はニヤリと笑うとやおら立ち上がって、アスラの背後からその肩にもたれて今度は一転、露骨に媚を売り始めた。

「いやだわ、いやだわ仏陀なんて!なんて怖いこと。ねぇアスラ様、どうか私を守って下さいましな」

 と口でそう言いつつ、顔は物欲しそうな流し目でデーヴァを見つめる。

 娼婦女帝カルラ。宇宙の一角を色欲で支配するしたたか者。酒池肉林、ドラッグに賭博、強盗そして暗殺。彼女の領地は銀河のあらゆる煩悩と悪徳の展覧会場だ。

 今この時も。彼女は蛮性そのままのアスラの伸びた鼻の下をくすぐりながら、デーヴァをそっと誘惑することも忘れない。デーヴァはそれ程色欲に甘い男ではないが、その代わりアスラに対しては対抗意識が強い。何事に於いても負けたくはない、という顔。アスラが自分の面前で救世主として頼られているという図は、例えカルラの腹の内は読めても彼のプライドが許さない。もちろん彼女はそうやって銀河の両巨頭を手玉に取って喜んでいるのだ。

(この期に及んで!これは遊び事ではないというのに!!)

(フン、あいかわらず気に食わない女だわ……あのお高くとまった目!!)

 かたや、知性と秩序の護り手。かたや、享楽と混沌の支配者。水と油は、この場の二人の女王たちも同じだった。苦り切ったナーガの顔は、カルラには高慢ちきとしか映らない。

「デーヴァ、アスラ、ナーガ、そういうわけですからどうかよろしく……おっと!」

 ガンダルヴァがまたしても呑気に、しかし思わせぶりに。

「そうだった、もう一人意見を聞かなきゃいけない人はいたっけ。

 もっともあの人も『我関せず』派だろうけど。ねぇキンナラ?回線の用意は出来てるんだろう?」

 その場の静かなる仲介者である人工知能に、彼はそう語り掛けた。

《準備は整っています。これより暗黒星団に回線を繋ぎます》

 キンナラの冷たい機械声に、ガンダルヴァ以外の全員が耳を奪われた。「暗黒星団」というその言葉の奇妙な圧力。と、それまで誰もいなかったはずの仮想ミーティングルームの隅に、一人の老人の姿が現れた。

「ナーガ、気を悪くなさらないように。この会合の情報は、僕はヤクシャから事前に聞いていたんですよ。『仏陀降臨』、確かに大ごとだ。これはどうしてもこの方も呼んでおかないとね。そう思ったものですから。キンナラに頼んで準備してもらったんです」

「待て」ナーガが柳眉を逆立てた。「ヤクシャから?どういうことだ?」

「知恵にもいろいろあるということだ」受けて立ったヤクシャの顔色は、しかし意外にも真面目なものだった。先ほどの自棄的な態度が消えている。

「なるほど科学技術も知恵だろうが、人の気持ちはそれだけじゃ見抜けない。事実が絶対のはずの科学の、学者の世界にも、それが人間の営みである限りはだな……人の妬みや恨みのせいで言われも無く冷や飯を食わされてるヤツはいる。お前のおひざ元でも、だ!俺はそういう連中からお前の情報を集めてるんだ。気が付かなかっただろう?

 俺はな、かじ取り役としてはお前に期待してるんだ。だから今後のためにちょっと頭を冷やしてやることにしたのさ。しっかりやってもらわないと困るんだ、さっき言った通り!俺のような木っ端には何も出来んからな……

 ガンダルヴァ、それにお客さん、話の腰を折って済まなかったな」

 屈辱に唇を噛むナーガを後目に、ヤクシャはさらりと先を促した。

「では!ご紹介しますよ皆さん。引っ込み思案な方だから、引っ張り出すのに苦労しましたよ……ようこそ、マホーラガ!」

「ふむ……わしは暗黒星団の王、マホーラガ。初めてお目にかかる。もっともこれが最後じゃろうがな」

「暗黒星団の王……だと……?!バカな!!」

 暗黒星団。銀河の凡そ八分の一を占める、未知の大星雲。諸王の誰のものでもない未踏の宙域だ。いや。いち早く食って掛かったデーヴァにしろ、強欲では誰にも劣らないアスラにせよ、未知という概念を忌み嫌うナーガにせよ、当然かつてそこに調査隊という名目の征服部隊を送り込んだことはあった。

 だが、どの星域の艦隊も、そこから戻ってくることはなかった。かくていつしか相互不可侵宙域として放置されていた暗黒星団。

 その暗黒星団の「王」!!諸王にとってはその存在自体が脅威。

「いい加減なことをぬかすなガンダルヴァ!!」今度はアスラが吠えた。「そのじじいが王だと?何を証拠に?!」

「まぁ皆さんそう来ると思ってましたよ。そりゃあねぇ……マホーラガ、あなたが家にこもってばかりだからこうなるんですよ。『証拠』ですか……仕方ない、だったらバラしますけど、アスラ?デーヴァ?昔はよく僕の艦隊にちょっかいをしてくれたものですが、最近はどうなさいました?ちっとも手を出してきませんね?どうしてですか?」

 ガンダルヴァの軽薄な口調が、次第に陰険なものに変わっていく。

「ねぇそれと、思い出してください。あなた方が暗黒星団に送り込んだ『調査』艦隊。一体どうなりましたその後?」

「まさか……」ナーガの額に浮かぶ冷たい汗。「ガンダルヴァ、お前の艦のあの『力場防壁』は、その男からの技術供与……?」

「流石ですねナーガ、察しがお早い。暗黒星団にだけ残されていた、前回の『仏陀降臨』以前の超技術ですよ」

「いいかよく聞け!」

 驚愕で二の句も告げない諸王たちの中で、もう一人平静を保っている者がいた。ヤクシャは立ち上がると熱い調子で檄し始めた。

「俺もガンダルヴァからこの話を聞いた時驚いた。だが、これはチャンスだ!『仏陀降臨』を乗り越える技術、それがあったんだ、ここに!!そうとなったら、くだらない小競り合いをしている暇などないぞ?そうだろう?目を覚ませ!!」

「いや、買いかぶられても困るな」マホーラガだった。

「確かに、お主らの知らぬ『力場防壁』の技術はわしの手元にある。だがそれは超古代の文明の残渣、残り物を『使う』ことが辛うじてできたにすぎん。そしてわしも何度も試みたが、それ以上の原理解明も応用発展も出来なかった。今この男……ヤクシャと申すか?こやつは『仏陀降臨を乗り越えた技術』と言ったが、それは違う。乗り越えたのなら、何故以前の文明は姿を消したのだ?

 ……おそらくわしが今持っている技術をもってしても、仏陀降臨のエネルギーを完全に阻むことは出来なかったのだ」

「しかし!我々にはまだ時間はある。3億5千万年の時間が。マホーラガ、あんたのその技術をナーガに提供してやってくれ。アカデミーの総力とキンナラの解析能力があれば……デーヴァ!アスラ!ナーガに協力して必要な物資を……輸送や情報交換はガンダルヴァと俺が……カルラ、あんたも顔は広い!悪さをちょっとだけ我慢して皆を仲介してくれれば……」

 そこまで言って、ヤクシャはその場の異様な雰囲気に気が付いた。

 互いを見つめあう瞳にギタギタと光る、疑心暗鬼の色。

 暗黒星団の「力場防壁」。これまでの銀河のパワーバランスを完全に覆す技術、それが目の前にぶら下がっている……

「お若いの、だから言ったのだ。『買いかぶるな』とな」

 言葉を失ったヤクシャに、マホーラガが語り掛けて来た。

「わしが何故辺境に隠れ住んでいたか。外の世界の様子はな、ガンダルヴァを通じて耳に入っておった。今超古代の遺産の存在を明かしても、それを使うべき資格がお主ら『諸王』にあるのかどうか?話にきくだに疑わしかったものだが……見ればやはりこの通り。おそらくかつての銀河の支配者も同じだっだのじゃろうよ。

 わしは『仏陀』を、滅びを受け入れる。輪廻転生こそがこの世の倣いなのだ。言った通り、わしの手元にある技術ではわし自身も仏陀を阻むことは叶わぬ。じゃが、わしから奪おうとしても、それは無理というもの。何度でも返り討ちにしてみせる、『調査船』とかお主らが呼んでいた無礼な武力の乗り物同様にな。

 皆共に滅びて来世に参れ……!!」

「……!」絶句したヤクシャが、それでも何か言い返そうとしたその時。

《緊急事態発生。緊急事態発生。『仏陀降臨』のエネルギー反応、急速に上昇。当銀河到達まであと3時間》

「ふむ……時が早まったか。確かに」その場の諸王たちの凍り付いたような顔色を見渡して、マホーラガが静かに言った。

「丁度良い頃合いかも知れぬな」

《反応さらに上昇。エネルギー到達まであと3秒、2、1……》


 天上天下唯我独尊

 色即是空、空即是色

 諸行無常、諸法無我、一切皆苦……


 涅槃寂静(完)

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仏陀降臨 おどぅ~ん @Odwuun

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