連続無差別殺人事件簿

日本のスターリン

連続無差別殺人事件簿

 都内では連続殺人事件が勃発しており、犠牲者は56人にも上った。その手口は大きな石で後頭部を何度も強打するという残忍な犯行である。凶器はその辺から拾った石であるため、そこから犯人に繋がる手がかりを得る事は出来なかった。そのため捜査は難航した。被害者は東京に住んでいる日本人という事以外何も共通点なかった。そのため、無差別殺人だと思われた。得体も知れない連続無差別殺人に東京の人々は震えあがっていた。

 一方、警察署の捜査本部室では担当の刑事達が必死に事件の捜査をしていた。


「犯人に繋がる手がかりは全く掴めませんね」


 ノンキャリアのベテラン刑事、茶島次郎さとうじろうはこの事件にお手上げ状態だった。その茶島の上司の灰穴はいあな辺等美べらみは捜査本部室に響き渡るような大きなため息を付いた。


「はぁ…。目撃情報を地道に集めるしか方法はありませんね」


 灰穴は身長より長い真っ赤な髪の毛を後ろに束ねて足元くらいまでの長さにまとめ上げた美女のキャリア組の若手警部補である。この2人を含めた捜査員たちは必死に事件の目撃情報を集めた。懸命な聞き込みの結果、現場近くでは、高い確率で身長180cmを越える長身の男と思われる黒いコートの人物が目撃されていることが判明した。その黒いコートは高級ブランド品である。捜査員たちはそこから洗い出す事にした。

 すると、そこには3人の容疑者が浮上した。その3人には無差別殺人を起こしそうな動機もあった。茶島が捜査本部室で容疑者をリストアップした。


「容疑者の1人は、身長185cmの山口やまぐち麺芭めんば。タッチの達也に似たスケベさから学生時代はたっちゃんというあだ名で呼ばれていたそうです。現在は、無職でひきこもり傾向があり、社会に恨みがある可能性があります」

「うんうん。怪しいですね」


 灰穴は相槌を打ちながら被害者の情報を聞き入った。茶島は本でも朗読するかのように、粛々と説明を続けた。


「もう1人の容疑者は、帆島ほじま瑠璃るり。身長176cmですが、いつも高いヒールの靴や厚底ブーツを好んで着用しており、普段の全長は180cm以上です。長身の為、犯人は男性だと思われていましたが、実は女性の可能性も十分あり得ます。友達からのあだ名はほじるりで親しまれています。ですが、実は反日を掲げる極左派であり、被害者は日本人なら誰でも良かった可能性があります」

「彼女もなんだか臭いですね」

「彼女は血筋は日本人ですが、反日国からの帰国子女で、国籍は日本じゃありません。長い事反日国に居た事が、彼女の極左思想・日本人嫌悪の思想に繋がったのかもしれません」


 灰穴は長い髪の毛を掻き揚げ、メモを取りながら茶島の話を傾聴した。茶島はメモを書き終える頃合いを見計らって話を続ける。


「最後の1人は、穂地ほじ隆太りゅうた。身長181cm。友達からのあだ名はほじりんです。大阪出身である事に誇りを持っており、東京の人間をいつも目の敵にしていたそうです。東京に来たのも、仕事の都合でいやいや長期出張させられたためです。東京の人間なら誰でもいいから襲った可能性もあります」

「ちょっと動機としては弱いかしら?」

「それがそうとは言えません。彼はローカルナショナリストで、大阪では観光客によそ者と因縁を付けてよく喧嘩を売っていたそうです。また、彼は大阪をこよなく愛していますが、大阪の犯罪率が高い事には強くコンプレックスを抱いていたようで、東京の治安を悪化させるために凶行に及んだ可能性もあり得ます」


 その情報を聞いて灰穴は頭を抱えた。誰しもかれしも怪しく見えてくる。誰が犯人でもおかしくない。茶島も犯人が誰なのかを苦慮しながら、さらに補足した。


「ちなみに今挙げた3人は全員、目撃証言の有名ブランドの黒いコートを最近購入しており、普段もよく着用しているようです」

「1人1人事情聴取して当たってみるしかなさそうですね…」


 灰穴がそう提案すると、捜査本部はさっそく容疑者3人に任意同行してもらった。最初に取調室に呼んだのは穂地隆太である。茶島は落ち着いて、穂地隆太からアリバイを確かめようとした。


「東京で連続無差別殺人が連日起こっているのは知っていますね?」

「うん」

「捜査本部はあなたをその犯人と疑っているんですよ」

「な、なんやて!」


 穂地は顎が外れたように口を大きく開けて驚愕した。茶島は穂地を諭す様にゆっくり話かけた。


「僕はあなたの潔白を証明したいんですよ。その為にはアリバイが必要です。このメモに箇条書きにされている時間のアリバイを証明して欲しいんです」


 茶島は穂地に全ての事件の犯行時刻が書かれているメモ帳を見せつけた。穂地は頭を描きながら困っている。


「せな事言うてもなあ…いきなりアリバイを教えろやなんて…」

「どれか1つだけでも良いんです。犯行時刻の1つだけでもアリバイが証明されればあなたの潔白は確実になります」

「せやな…」


 穂地は上を向いて目を瞑り、必死にアリバイを思いだそうとした。数分黙り込んだのちふと口を開いた。


「そういや、この33番目の日付なら、朝の10時に北海道の辺恵香べえかホテルにチェックインしとりますよ!1泊しただけですが」

「ありがとうございます。すぐに裏を取ります」


 33番目の日付。つまり33人目の被害者の犯行日に北海道のホテルに宿泊していたというのだ。犯行時刻はチェックインの約30分後。話が本当ならアリバイ成立である。ひとまず、穂地には帰って貰った。

 次に取調室に読んだのは帆島瑠璃である。


「東京で連続無差別殺人が連日起こっているのは知っていますね?」

「ええ…」

「捜査本部はあなたをその犯人と疑っているんですよ」

「な、なんですって!?」


 帆島は目を皿のように丸くして驚いた。茶島は帆島を嗜める様に優しく語りかけた。


「僕はあなたの潔白を証明したいんです。その為にはアリバイが必要なんですよ。このメモに箇条書きにされている時間のアリバイを証明して欲しいんです」


 茶島は穂地に見せたメモと同じメモ帳を帆島に差し出した。帆島はメモを見ながら悩んでいた。


「そんなこと急に言われても…アリバイだなんて…」

「どれか1つだけでも良いんです。犯行時刻の内1つでもアリバイが証明されればあなたの潔白は確実になります」

 

 帆島は苦悩な表情を見せて、頭を抱えた。しかし、すぐにふと思い出したように口を開いた。


「そうだわ!この40番目の日時のこの時刻、ちょうど「朝スマ」って言うテレビの生放送を見学に行ってました!犯行時刻含めて3時間はずっと観客席に映ってるはずですよ!司会者の後ろの席だったんですもの!」


 40番目の日時。つまり40人目の被害者の犯行時刻、朝の10時。しかし、その番組は朝の9時から12時まで生放送されている番組だ。その番組は出演者のすぐ後ろに観覧席があり、観覧席に座っている人間も背景として常にカメラに写っているのだ。


「分かりました。さっそく調べておきます」


 その放送局は、犯行現場から30km以上も離れており、CMの合間などにも抜け出してもすぐには戻ってこられない。その話が確かならアリバイ成立である。ひとまず、帆島には帰って貰った。

 最後に取調室に読んだのは山口麺芭である。


「東京で連続無差別殺人が連日起こっているのは知っていますね?」

「…はい」

「捜査本部はあなたをその犯人と疑っているんですよ」

「!!!」


 山口はハトが豆鉄砲を喰らったような顔をした。茶島は山口を宥める様に落ち着いた口調で喋り出した。茶島のお得意のパターンである。


「僕はあなたの潔白を証明したいと思っています。その為にはアリバイが必要なんです。ですので、このメモに箇条書きにされている時間のアリバイを証明して欲しいんです」

 

「自分はあなたの味方です」と思いこませて相手を安心させるのが、茶島のお決まりの手口なのである。

茶島は穂地と帆島に見せたメモと同じメモ帳を山口に手渡した。山口は目を泳がせるようにメモを読んだ。


「僕はひきこもりだから。アリバイを証明する人なんて…」

「この中に示されている犯行時刻の中から、1つだけでも良いのでよく思い出してみてください。1つでもアリバイがある事が証明されればあなたの身の潔白は確実です」


 山口は汗だくになり、必死にアリバイを思いだそうとしているようだった。しかし、いくら考えても山口はアリバイを思いつかなかった。山口はずっと無言である。


「…分かりました。今日の所はこれくらいで良いでしょう」


 とりあえず山口を帰すしかなかった。その後も捜査員をあざ笑うかのように連続殺人事件は続いた。

そして、10日後、穂地と帆島のアリバイの裏付け調査が終了した。茶島は捜査本部室で、調査結果を灰穴に報告した。


「穂地の話は本当でした。33番目の被害者の犯行時刻の約30分前に北海道の辺恵香ホテルにチェックインし、翌日の朝10時にチェックアウトしていた事が分かりました。しかし、そのホテルは真田舎の古いホテルで防犯カメラは1台もなく、従業員にはアイパッドで穂地を確認させて、証言を得ました」

「そう。ご苦労様です」

「帆島の話も事実でした。朝の9時から12時の間、帆島はずっと司会者の背景でカメラに写っていました。勿論フレームアウトも何度もしていますが、長くてもほんの10分強程度です。途中で抜け出して犯行現場から往復するのは不可能です」

「そう。よく分かりました」

「これで犯人はほぼ決まりましたね」

「限りなく真っ黒に近いオフブラックね」

「後は捜査員たちを総動員して山口をマークし、犯行現場を押さえるだけですね」


 しかし、そこに異議を唱えるものが現れた。新米刑事の支部田区しぶたく東穀春ひがしこくはるである。


「待ってください!山口にもアリバイが確認されました!」

「どういう事なの?支部田区くん!」


 灰穴が長い赤髪を掻き揚げ、支部田区に訊ねた。支部田区はアイパッドでとある動画を見せた。そこには山口が映っていた。


「1週間前も連続無差別殺人事件が起きましたよね?その犯行時刻に、山口が動画サイトで生配信をしているのが判明しました」


 タイムシフトで視聴したその動画にはリアルタイムのコメントが流れていた。配信時刻は夜の1時から3時までで、その2時間の間一度もフレームアウトすることなく生配信の動画に映っていたのだ。犯行時刻はその日の夜の2時だった。


「山口は1週間前の夜の1時から3時までの間ずっと生配信していました。勿論犯行時刻の夜の2時の間もです!」


 山口は、事情聴取以前の犯行にはアリバイが無かったが、それ以降に新たに行われた犯行にアリバイある事が証明されてしまったのだ。捜査は振出しに戻ってしまった。

 灰穴は長い髪の毛を振り乱し、落胆した様子だった。


「また、1から洗い直す必要がありそうね」

「しかし、容疑者はこの3人の他に居ません!」


 茶島は台を叩きつけるように、力強く反論した。しかし、灰穴は冷静に反論し返してきた。


「それは、これまでの捜査が間違ってたって言うだけですよ。捜査方針を完全に見直して、また0から捜査するしかないわ」

「そんなはずはありません!これまで行ってきた捜査には絶対の自信があります!これまでの捜査が間違っていたなんてあるはずがないのです!」

「捜査に先入観は禁物よ。絶対どこかにスコトーマがあるはずです」

「先入観なんかじゃありません!全て客観的な事実です!」

「じゃあ、3人のアリバイはどう説明するっていうんですか?」

「きっと何かトリックを使ったに違いありません」


 その言葉を聞いて灰穴も態度を変えた。アリバイトリック。それこそがスコトーマなのかもしれない。そう思い直したのだ。

 灰穴と茶島は容疑者3人のアリバイにトリックがないかを考え始めた。灰穴はさっそく推理を始めた。



「穂地のアリバイだけれど、替え玉を使った事は考えられない?第三者に穂地の変装をさせて、ホテルにチェックインさせるの!」

「それは考えられません。従業員には穂地の動画を見せて本人確認させました。声も間違いなく穂地の声だったと証言しています。チェックアウトだけなら無言でもできますが、チェックインとなると喋らずにする事は不可能です」


 茶島は他の可能性を考え込みながらも、灰穴の推理をあっさり否定した。茶島はさらに考え込んだ。灰穴もまた考えだした。そして、暫く考えた後、灰穴がまた推理を始めた。


「山口のアリバイだけれど、あらかじめ撮影しておいた動画をあたかもリアルタイムで撮ってるかのように流したんじゃないかしら?それならアリバイは崩れます!」

「それも考えられません。山口の動画には匿名のコメントが沢山ついていますが、いくつものコメントにリアルタイムでコメント返ししています。コメントと会話するなんてリアルタイムでしかできません。2時間の間ほぼ途切れることなくコメントと会話しています」


 茶島は他の可能性を探りながら、またも灰穴の推理をバッサリと否定した。茶島はさらに深く考え込んだ。灰穴ももう一度考え直してみた。そして、暫く考えた後、灰穴がまたまた推理を始めた。


「じゃあ!帆島のアリバイだけれど、誰か替え玉を使ったんじゃない?帆島は顔は映っているけれど声は入ってないし」

「それもあり得ませんよ。ほんの一瞬の間、その場しのぎで誤魔化せば良いだけのホテルのチェックインとは訳が違います。映像にはっきりと残っているのですから、全くの別人の変装なら何度も見直している捜査員がとっくに気が付いていますよ」

「じゃあ、帆島には実は生き別れの双子の姉妹が居たとか?」

「真面目に考えて下さい!」

「そんなこと言ったって!冗談でも言わないとやってられませんよ!」


 灰穴はやはり3人の中には犯人は居ないんじゃないかとうすうす思い始めていた。しかし、茶島は諦めて居なかった。なにかカラクリがあるはずだ。必死に考え込んだ。しかし、何も思いつかない。

 すると突然スマフォを弄っていた支部田区が声を上げた。


「し、しまったあああ!!!!」

「ど!どうしたの?支部田区くん!」


 灰穴が驚いたように支部田区に訊ねた。支部田区は、バツの悪そうな表情で申し訳なさそうに答える。


「い、いえ。ブラウザを間違えてしまって…」

「ブラウザ?」

「はい。捜査が行き詰った気分転換にちょっとネット掲示板を覗いていて…。ネット掲示板に投稿したんですが、その時、投稿する時に使うブラウザを間違えてしまって…」

「ちょっと!支部田区くん!真面目に捜査しなさいよ!」

「す、すみません!」

「ブラウザを間違えたって、自演する気だったんだろ?」


 茶島は支部田区に鋭いツッコミを入れた。支部田区はドキっとしてスマフォを落としてしまった。まるで心臓でも掴まれたかのようである。

 茶島はさらに追い打ちをかけるように問いただした。


「ネット掲示板って君がいつも使っているOhcだろ?Ochのワッチョイを変える為にブラウザを変えようとしたんだろ?」

「ワッチョイ?」


 灰穴が長い髪の毛を撫で下ろしながら、茶島に訊ねた。茶島は関係のない話なので、無気力ながらも簡潔に説明した。


「匿名掲示板で使われる強制コテハン機能ですよ。コテハンと言うのは固定ハンドルネームの略です。投稿者のIPやブラウザから強制的に固定のハンドルネームを付けさせる機能の総称が『ワッチョイ』です」


 灰穴は長い髪の毛を右肩から前に垂らしたり、左肩から前に垂らしたりを交互に繰り返しながら聞き入っている。茶島の説明に加え、支部田区も恐る恐る説明を始めた。


「そうです。警察署ここのワイファイを使って自作自演しようとしたんです。家のワイファイからの書き込みと別人を装うために普段使っているのとは違うブラウザから書き込もうとしたんです。IPとブラウザの両方を変えるとワッチョイは完全に変わるので…」

「もう~自作自演なんて姑息な真似をどうしてするのよ!」


 灰穴は夏休みの宿題を最後の日まで全くやらない悪ガキを見るような目で呆れていた。支部田区は必死に弁明した。


「皆やっている事ですよ!自作自演すれば自分の意見に箔をつける事ができるんです!これに踊らされる人も結構居るんですよ!自作自演を見抜けないバカな人たちが悪いんです!」


 「まぁ開き直るの?」とは灰穴ますます呆れてしまった。しかし、今までのやり取りで、茶島は何かを閃いた。


「そうか!そういう事だったのか!」

「どうしたんですか?茶島さん?」


 灰穴が自慢の長い髪の毛をいじくりまわしながら訊ねた。茶島はどっかの独裁者が先導するように答えた。


「アリバイトリックの謎が解けたんですよ!すぐに僕の推理の裏付け捜査をして下さい!」


 そういうと、茶島は推理ショーを披露した。その推理に納得が行った灰穴はすぐにその裏付け捜査を開始した。

 数日後、茶島はある人物を警察署に呼び出していた。その人物とは―――。





 その人物はなんと、山口!山口ははたしてどんなトリックを使ったというのだろうか?茶島は山口の尋問を始めた。


「山口さん。以前アリバイをお聞きした後も連続無差別殺人は起こり続けていました。以前お伺いした以後に起きた事件のアリバイをお聞きしたいのですが…」


 そう言うと茶島は山口に犯行時刻がかかれたメモを突きつけた。山口はメモをちらっと見ると、すぐに身の潔白を訴えた。


「57番目の時刻。その時刻なら僕は自宅で生配信をしていたよ」


 57番目の時刻。つまり57人目の被害者の犯行時刻である。その時間、山口は動画サイトで生配信をしていたのだ。

 茶島はいつもとは打って変わって厳しい語調で山口を問いただした。


「その配信。あらかじめ撮影しておいたものを流したんじゃないですか?」

「バカ言わないでよ!僕はリアルタイムでコメント返ししていましたよ!嘘だと思うなら、タイムシフトで視聴して下さい!放送時のコメント付きで見られますから!コメントとの会話がリアルタイムで成立していますから!」

「ええ。確かにコメント返しはできていましたよ。しかし、数多くある全てのコメントにコメント返ししていたわけじゃない!」

「!」


 山口は何かを悟ったように青ざめた。アリバイトリックが見抜かれた事を本能的に感じ取ったのだ。

外では強風が吹いていて、取調室の窓をガタガタと揺らす。茶島はさらに推理ショーを進めた。


「調べたらすぐに分かりましたよ。あなたがコメント返ししていたのは、全て同一人物からのコメントだけだって。タイムシフトで視聴した時は気が付きませんでしたよ。コメントは全て匿名でしたからね。しかし、運営に問い合わせれば一目瞭然でした」


 山口は完全に諦めムードだった。さじを投げたような表情が山口に漂っている。茶島は最後の大詰をする。


「そう。あなたがコメント返ししていた人物。それはあなた自身だったのです!」

「っ!!」

「あなたと会話していたコメントは、全てあなたのスマフォから投稿されたコメントでした。つまり、あなたの手口はこうです。まず、2時間の動画を撮影する。その後その録画した動画を生配信し、犯行現場に向かう。後は、あらかじめ撮影しておいた動画の台詞に合うようにタイミングを見計らってコメントするだけ。そうすれば、あたかもリアルタイムでコメント返ししているかのように見せかける事ができます。そう!全てはあなたの自作自演だったのです!」


 山口は完全に打ちひしがれていた。口をぽかりと開けたまま天を仰いでいた。天井では強風の振動が伝わってきて照明がみしみしと揺れている。茶島はさらに茶島を問い詰める。


「あなたが一連の殺人事件を起こした犯人だったんですね?」


 山口はじっと黙り込んだ。暗い表情で黙り込んで完全黙秘を貫いた。しかし、ふと何かを思いついたように、シケた表情から一転し、自信に満ちた表情になった。


「ふはははははは!確かに僕のアリバイは崩れた!しかし、それイコール僕が犯人という事にはならないんじゃないか?」

「苦しい言い訳ですね。あなたが犯人じゃないなら、わざわざアリバイ工作する必要がりません。アリバイ工作をしてしまった事が逆にあなたが犯人である事を裏付けてしまっているんですよ」

「ふはははは!確かにアリバイ工作はしたぜ!しかし、それは別の罪を犯していたからだ。別の罪を隠すためのアリバイ工作だったのだ。それがたまたま殺人事件の犯行時刻とも被ったから、アリバイに利用させてもらったのさ」

「別の罪?」

「勿論それは内緒だ!何の罪か分からなければ、逮捕はできないだろう?別の罪を隠すためのアリバイ工作!僕のアリバイ工作が殺人事件を隠蔽するための物だったという証拠でもあるのか?」


 山口は居直り強盗のように強気である。盗人と猛々しいとはこの事だ。罪は認めたが、それが殺人だとは認めなかったのだ。ずっと推理ショーを黙って聴いていた灰穴は、苦し紛れの言い逃れに大いに焦っていた。苦し紛れだが、一応筋は通っている。これでは逮捕できない。

 しかし、茶島は冷静だった。機械のように冷静沈着である。まるで推理マシンのようであった。


「僕の犯した罪が何であるかが分からなければ、逮捕はできまい!」

「しかし、あなたが何らかの罪を犯した事が確定したので、あなたの家の強制捜査の令状を取ることはできます」

「なに!?」

「あなたの家を家宅捜索すれば何やらいろいろ出てくるんじゃないですか?警察を甘く見ない方がいいですよ」


 茶島のトドメの一言に山口は白目をひん剥いた。山口は、もう完全に燃え尽きたように真っ白になっていた。


「そうだよ。僕が、一連の殺人事件の真犯人だよ…」


 山口は、ようやく自らの犯行を自供した。茶島は強い口調で山口を問い詰めた。


「ようやく観念したか!では、無差別殺人の動機は一体なんだね?やはり社会に対する恨みか?」

「無差別殺人?僕が無差別に人を襲うように見えますか?僕が本当に無差別に殺人を犯していたと思いますか?」

「思います。見えます」

「…!とんだ偏見ですね!僕はきちんと取捨選択して殺す人を選別していましたよ!」

「無差別殺人じゃなかったのか?社会に対する復讐・社会への不満のはけ口にするために人を殺していたんじゃないのか?」

「違うね!僕が殺していた人物は…。僕が殺人を犯した動機は―――」

「動機とは?」

「鼻くそをほじっていたから」


 思わず「え?」という声が茶島から漏れた。外の強風は止み、辺りは完全に静まり返っていた。しかし、その静寂を吹っ切る様に山口は話を進めた。


「僕が狙っていた人物は全員指で鼻をほじった人間だよ。鼻をほじるなんて不潔でありえない!鼻をほじった手で公共物を触るなんて汚すぎる!」


 茶島は正論であると思った。しかし、だからと言ってそんな理由で人を殺すのは許せない。だが、山口は怒りに任せて持論を展開する。


「鼻をほじるならティッシュでほじれ!9999垓歩譲って指でほじるとしても、トイレの個室で人目の付かない様にほじって、ほじったらちゃんと手を洗え!ほじった手で公共物をべたべた触るな!不潔だ!」

「確かに鼻をほじる人間は最低だ。鼻をほじる人間はマナー違反だ。鼻をほじるなんてデリカシーが無さすぎる。しかし、だからと言ってそんな理由で人を殺すのは言語道断だ!」

「鼻をほじるような日本人が多いから、海外からは『日本人は鼻をほじる下品な国民性だ』と思われるんだ!鼻をほじる行為は国辱行為だ!僕の殺人は日本のためになったんだ!」

「反省の弁はないんだな…」

「午後4時59分。山口麺芭、殺人容疑で逮捕します」


 灰穴は山口に手錠をかけ、緊急逮捕した。こうして60人もの犠牲を出した連続殺人事件は幕を閉じた。

 捜査本部室で、灰穴と茶島は2人で事件解決を称え合っていた。


「ご苦労様でした!茶島さん!」

「はい。しかし、このような事件が2度と起きないように、鼻をほじるような人間が少しでも居なくなってくれると良いですね」

「そうね。この事件を機に人々の意識が変わると良いですわね」


 事件の動機はマスコミにも公表され、日本人のマナー意識の革命を巻き起こすのであっった―――。

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