5 花純は臼田と結婚を前提にした交際をし、初めての経験をする
花純と臼田の関係はより深まったが、校内では一線を画していた。二人はわざとらしく話をしなくなって、その振舞いが返って二人の関係を露わにしていた。冬休みには、花純の一人暮らしの部屋に彼が来るようになっていた。
「花純を抱きたい!まだ駄目なのかな?」と臼田はキスをしながら告げていた。
「前にも言ったけど、私は結婚するまではしたくないの!それに、そんな事をして、生徒の前でどういう顔をしたら良いか分からないですよ。」
一緒に食事をした後、彼が花純の身体を触る事だけは許されていた。彼女も触らせる事で、彼の我慢に応えていた。
男に身を委ねる自分が信じられない花純は、一方で彼の欲求にも応えねばならず、どうすれば良いのか迷っていた。そこで、兄と結婚して義理の姉になった真莉愛に、友達として相談していた。
「花純もそういう相手ができたんだね。安心したよ。その人のこと、好きなんでしょ。だったら、ためらってないで自分から飛び込みなよ。その人だって、我慢できずに浮気するかもよ。」
真莉愛は真から喜んで、彼女らしいアドバイスをして、用心深い花純を気遣って、忠告も忘れていなかった。
「その人は、30歳になるんだよね。女性関係はどうなの、前の彼女とか、まさか不倫じゃないと思うけど、過去の恋愛について話した事はあるの?」
「ないよ!何か訊きづらいし、訊いても答えてくれなさそうだし。」
恋愛に対して奥手であるがゆえ、彼の恋愛にも関心を持たず、花純は臼田の事を知らないままだった。自分達が交際している事は隠していたため、周りの先生たちからも話を聞く事もなく、噂も耳には届いていなかった。
春休みになり、臼田が転任する事が分かった。その前の2月には彼の元に転任の打診があり、その時に彼は花純に結婚を申し込んでいた。花純も兄と真莉愛の結婚生活を羨ましく思っていて、「自分もそろそろ」と考えていた。そんなタイミングでのプロポーズに心が動き、しかも転任していなくなる彼を慕う気持ちが強くなっていた。
「プロポーズの返事だけど、OKならば一緒に旅行しない?3月は忙しいけど、4月の学校が始まる前に1泊、二人の良い思い出を作ろうよ!」
彼のロマンチックな言葉にほだされた花純は、1泊の旅行を承諾していた。結婚前の事ではあるが、結婚を前提とした旅行であり、生徒ともしばらく会わないと思い、花純は覚悟をしていた。
二人は河口湖へと、彼の運転する車で向かった。途中、富士五湖を巡り、ロープウェイや美術館に立ち寄ってホテルに入った。レストランで夕食を食べながら、花純は気になっていて今まで聞けなかった事を訊いた。
「一史さんは今までに付き合った女性は、何人ぐらいいるの?」
「今日の今夜、それを訊くの?まあいいや、花純らしいよ!大学時代からだと、4人、5人かな。過去は忘れて、今は花純だけだよ。」
「信じて良いんだよね。その人たちとは、みんな男女関係があったの?」
「それは、恋愛関係にあれば、そういう事はするよね。花純は?」
30歳にもなる彼が未経験であるはずがなく、訊き過ぎたと後悔した。しかも、自分に矛先が向いてくるとは思っていなかった。
「私は、男友だちならいたけど、恋人と呼べるような人はいなかったかな。」
「それ本当?じゃあまだ、経験してないんだ。嬉しいな!大事にするよ!」
部屋に戻った二人は、一史の優しい手解きで初夜を迎えた。花純は思っていたほどの感激はなく、彼を受け入れていた。
新学期の忙しさが一段落したが、臼田からは結婚の具体的な話はなかった。それどころか、花純は同僚から嫌な事を聞かされた。臼田一史はバツイチで、離婚の原因は卒業した教え子と不倫をしていたという噂だった。
それを聞いた花純は、目の前が真っ暗になって卒倒しそうだった。たとえ噂でも、彼の甘い言葉に騙された自分が惨めだった。そういえば、彼はそうした話を避けていたし、自分も周りの情報に疎かった事に思い至った。「もう少し早く耳に入れてくれれば、過ちを犯さなくて済んだのに」と周りを恨むと同時に、悔やんでも悔やみ切れなかった。
臼田を呼び出した花純は、噂の真相を確かめ、恨み辛みを述べた所で仕方がないと思いながら別れを告げた。彼は悪い事をしたという風でなく、あっさりと花純の申し出を承諾した。
少女たちの春[第2部] 秋夕紀 @Axas-0077
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